魔王チンパンジー誕生
よくある中世風の舞台の魔法の存在する世界。
魔王城でそれは起こった。
……魔王が倒された。
しかし魔王を倒したのは勇者ではなかった。
それどころか人間ですらなかった。
黒い毛皮をまとったその者は中世の人間たちの間では、
「人間に非常によく似た奇妙な極めて珍しい、しかし非常に獰猛で攻撃的な猿」と認識されていた生き物だった。
なお魔族の間では存在こそ知られていたものの、おそらくことが起こるまでは遠い遠い地方のジャングルに生息するただの獣だとしか思われていなかったのだろう。
(異世界の現代人はこの生き物をこう呼ぶ。『チンパンジー』と。)
魔王の配下たちは動揺した。
ぽっと出の猿にしか見えない生き物にまさか魔王が殺されるとは思っていなかったから無理もない。
配下たちはこう思っていた。「きっと我々が殺されるのは次の番だ……。」
「魔王を倒した者よ……、我々は絶対服従します。どうか命だけは奪わないでくださいませ。」
しかしそのチンパンジーは振り返ると、魔王の首を手刀で切り落としたばかりで、まだ魔王の血が付着しぽたぽた滴る右腕を見せつけ、犬歯をむき出しにした恐ろしい形相で配下たちを一瞥するとこういった。
「はあ?」
「……」
「お前らの命なんぞに興味はない……」
「しかし、我に従うというのなら……」
「われの望みはただ一つ」
配下たちは身構えた。今までの歴代の魔王とは全く違う何か恐ろしい目的を述べようとしているに違いないと思ったからだ。しかしその答えは意外なものだった。
「……人間」
「憎い……憎い……人間」
「われのいた世界では……われわれの群れの仲間の命を奪い崩壊させ……われわれの種族を絶滅危惧種にまで追い詰めた……このままでは絶滅するのも時間の問題だ。」
「われも抵抗したが人間に殺された……ああ……なんたる屈辱……」
「憎き……憎き人間をこの世から一人残らず抹殺すること。」
「……人間を一匹残らず絶滅させることだ!!」
そう言ってチンパンジーは咆哮の雄叫びをあげた。
そして一息つくと、次の言葉を述べた。
「さすればわれの暮らした自然の森は守られ、われの種族は未来でも繁栄したままだろうからな……。」
「……どうだ?歴代の魔王は元々人間と敵対していたそうではないか?」
「悪い話でもあるまい?特に異論はないだろう?」
配下たちは違う意味で動揺した。
歴代の魔王の目的は世界を侵略し、征服し、制圧することであって、
色々な意味でまだ利用価値がそれなりにある人間を根絶することはおそらく考えていなかったからだ。
むしろ人間と敵対した状態をなるべく維持していたほうが都合がよいとまで考えていたくらいだからだ。
それはこの世界の魔物ならではの事情がある。
しかし魔王を倒したばかりのその恐ろしいチンパンジーに面と向かって反論できる者は一人もいなかった。
「はっ、そのように。」
「ところで、あらたな魔王様、、何とお呼びすればよいのでしょうか?」
チンパンジーはしばらく虚を突かれたような顔をしてしばらく考えたのちこういった。
「名か……我の群れでは名前というような明確な個体を識別するはっきりした発声パターンはなかったな……」
「とりえあず、魔王チンパンジーとでも呼んでおくがよい……。人間どもが勝手にわれわれの種族につけた名前を拝借するのは少々癪だが……分かりやすいだろう?」
「なあ?」
チンパンジーはそういうと再び咆哮の雄叫びをあげた。
その声は魔王城全体に響いた。
「はっ……承知いたしました。魔王チンパンジー。」
こうして新たな魔王の時代が幕を開けた。人間の絶滅をめざして。




