22. 悲狂の起源
登場人物
<ディヴァインリーパー>
ジェシカ
グラフ
アンディ
アリス
アルス
クロード
魔法国家アルカナン
国王 ルーク・アルカナン
アリスの姉 クレア
四代厄災
悲狂のアン・フォリー
アリスはしばらく黙ったまま、ジェシカを見つめていた。
その視線はどこか遠くを見ているようで、今ここにいないようにも感じられる。
やがて、小さく息を吐く。
「……長くなる話だけど、いいかしら」
「もちろん、聞くよ」
即答するジェシカに、アリスはわずかに目を伏せる。
テーブルの上の紅茶に手を伸ばし、持ち上げかけて──やめた。そのまま、そっと置き直す。
陶器が触れ合う、かすかな音がやけに耳に残った。
「魔法国家アルカナン……あそこは元々、アンソルスラントという名前だったの。私たちサキュバスが住んでいた国よ」
部屋の空気が、わずかに重くなる。
「……元々、ってことは……」
ジェシカの声が、わずかに低くなる。
「ある日、城外で一人の男が見つかったの。瀕死の状態でね……名はルーク・アルカナン」
その名を口にした瞬間、アリスの指先が微かに震えた。
「それまで私たちは、男と関わることを禁じられていたのだけど……」
「禁じられてた……?」
ジェシカの眉がわずかに動き、アリスの言葉が途切れ、視線がほんのわずかに揺れる。
「……その日を境に、すべてが壊れたわ」
静かな断言だった。
ジェシカは何も言わない。ただ、視線を逸らさずに聞いている。
「男という存在は、私たちサキュバスにとって……抗えないものとなった瞬間だったわね」
アリスの唇が、わずかに歪む。
「理性なんて、簡単に崩れるくらいにね……そして一人の男を、国中で奪い合ったわ。
ふふ……笑えるでしょう?」
「……いや……笑えないよ、そんなの……」
ジェシカは小さく、絞り出すように言う。
しかしアリスの手が白くなる程に、無意識に強く握られる。
「でもね、サキュバスたちの欲望は外へと広がっていったの。男を求めて国を出る者もいたわ……でも」
「……帰ってきたんだよね?」
ほんのかすかな期待を含んだ声のジェシカ。
「いいえ、帰って来られた者は、ほとんどいなかったわ。死者に襲われた者、子を産むために捕らえられた者……」
「え……」
喉が詰まりアリスの言葉に、具体的な光景が浮かび上がり、ジェシカは思わず視線を落とした。
「そんな中、力を持った者がいた。名はアン・フォリー。そして、私の姉クレア」
アリスの声が、ほんの少し低くなる。
「サキュバスの中でもフォリーは、誰よりも魔術に長けていて、クレアは……誰よりも美しかった」
続けて、
「そして、誰よりも“執着”していたのよ」
その言葉だけが、やけに重く響く。
「……嫌な予感しかしないんだけど」
ジェシカが小さく呟く。
「ルークアルカナンに?」
ジェシカの問いに、アリスは静かに頷いた。
「ええ。愛していたのよ」
そこで、ほんの一瞬だけ言葉を区切る。
「……歪むほどにね……」
「そんなの……」
言葉が続かない。
「ルークはそれを上手いこと利用したの。クレアの心も、権力も、全部」
「そんなの……最低だよ」
吐き捨てるように、ジェシカが言う。
「ええ、そうね。だけど気づいた時には、国の名前は変わっていたわ。アンソルスラントは消えて、アルカナンにね」
アリスの瞳がわずかに細められる。
「ルークは王となり、クレアはその隣に立っていた。
そして……フォリーも……彼女もまた、ルークと関係を持っていたわ」
「……そんなの、正気じゃないよ」
ジェシカの低い声がアリスの耳に届くが、話を続ける。
「でも、それは……クレアが仕組んだ罠だったのよ」
「……罠?」
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「ええ……フォリーを壊すためのね」
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「え……何それ……」
息を呑む音。
「ある日、フォリーはルークに誘われて外に出たの。そして帰り道……日が沈んだ後、二人を乗せた馬車が襲われた」
その一言で、場面が切り替わるようだった。
「当然、ルークは無傷で、フォリーは……全身、血だらけだった。
その後、フォリーは地下牢に落とされ、手足を縛られて身動きが取れず、床に伏せていた……」
「……なんで……」
ジェシカは思わず言葉が漏れ、アリスは思い出したように目を伏せる。
「だけど……どんなに傷ついても、瞳だけは綺麗なままだったの……
近くにいたクレアは、笑いながらナイフを持って、フォリーの髪を掴んで」
アリスは目を閉じ、横に顔を向ける。
「……瞳にナイフを当てがい……掻っ切ったのよ」
「……ひどい……」
「……その時の悲鳴は、今でも覚えているわ……」
部屋中が、重く、無音になる。
「その日を境に、毎日が地獄のような日々を過ごすフォリーだったけど……ある日、彼女は姿を消したわ。
魔法に長けていたこともあってか、地下牢からいなくなったの」
アリスの声が、ほんのわずかに低くなる。
「でも、ある日の夜に事件が起こったの……私の周りにいた人たちが、急に頭を押さえ始めて、悲鳴を上げたの……何の前触れもなくね」
アリスの指先が、わずかに震える。
「すると、どこからか声は聞こえきたのよ。
──叫び。
──悲鳴。
ちがう、狂ったような叫び声が……まさに悲狂だった」
アリスの話にジェシカは下を向く。
「そして──音が、消えた」
思わずジェシカは両手で耳を閉ざす。しかしアリスは続ける。
「次の瞬間、一人、また一人と私の目の前で頭が破裂し倒れたわ」
ゆっくりと両手を耳から外し、膝に手を置く。
「肉片は床に散らばり、血は床を流れていたわ……でも、それはフォリーにとっては、ただの“遊び”だった」
「なによそれ……」
ジェシカのかすれた声。
アリスはゆっくりと顔を上げる。
「私は思わず外に出たわ。そして視線の先には三日月を背に、空に浮かぶ影があった。
──全身、包帯で覆われて
──目も見えないはずなのに……笑っていた」
アリスの言葉に、ジェシカはただ黙り込む。
「それが、“悲狂のアン・フォリー”よ。彼女はね、声だけで、心を壊すの」
言葉が、静かに落ちた。
長い沈黙のあと、ジェシカが口を開く。
「……なんでアリスはそんなに詳しいの?」
アリスはすぐには答えなかった。ほんの少しだけ、視線を逸らす。
「……見ていたからよ。全部、クレアの隣でね。それに私は、フォリーの元で魔術を教わっていたの。
そして、ルーク・アルカナンに魔法の基礎を教えたのは……私なのよ」
「……え?」
ジェシカは理解が追いつかない。アリスの衝撃的な告白に。
「……そんな……でも、アルカナンって歴史がある国じゃないの?」
「いいえ、まだ50年も経っていないわ。それに、フォリーが死者となり覚醒し、さらに厄災へとなったのも、この50年という短い期間なの……
それだけで、“悲狂のアン・フォリー”の恐ろしさが分かると思うわ……」
沈黙。
「……アリス」
ジェシカが、低く名を呼ぶ。
アリスの告白によって、悲狂のアン・フォリーの事とアルカナンの情勢は分かった。
しかし、アリス自身の過去、そして抱える問題など、様々なことが露呈したのだった。




