19.信じて待つ者、進み続ける者
登場人物
<ディヴァインリーパー>
ジェシカ
グラフ
アンディ
アリス
アルス
クロード
グラフの想い人
ルミナス・エフェメール
──ミネルバ王国・拠点
風呂から上がり、髪の水気を軽く拭きながら、ジェシカはリビングへと顔を出した。
部屋に入ると、そこにはアリスが一人。
ソファに腰掛け、本を読んでいる。
「あら、キレイになったわね」
「あ、うん……ただいま。グラフは?」
ジェシカの問いに、アリスは静かに本を閉じた。
「……グラフなら、少し前にここを出て行ったわ。何か思い立ったみたいにね」
「え……どうして……」
思わずこぼれた声。
アリスはテーブルのソーサーを手に取り、ゆっくりと紅茶を口に運ぶ。
「ねぇジェシカ。今は、自分のやるべきことに集中すべきよ」
静かに、しかしはっきりとした声音。
「貴女のために、三日三晩眠らずに武器を作っている三人がいるの。その気持ち、分かるでしょう?」
「でも……」
言葉が続かない。
胸の奥に、引っかかるものが残る。
そんなジェシカを見て、アリスはわずかに表情を和らげた。
「大丈夫よ。グラフは“完成するまでには戻る”と言っていたわ」
一拍。
「だから今は──信じて、待ちなさい」
その言葉に、ジェシカはゆっくりと息を吐いた。
「……分かった」
視線を落とし、小さく続ける。
「今は……待つね」
その声には、わずかな不安と、それでも受け入れる強さが滲んでいた。
「うふふ、それでいいのよ」
アリスはポットから紅茶を注ぎ、向かいの席へと置く。
「さあ、座りなさい。今日はゆっくり休むの」
「……ありがとう、アリス」
ジェシカは椅子に腰を下ろす。
湯気の立つ紅茶を見つめながら、ふと目を閉じた。
「これから貴女は、知らない土地へ向かうことになるわ」
アリスの声が、静かに響く。
「だから明日からは、私の知っていることを全部話してあげる」
「……うん、ありがとう」
「今日はもう何も考えなくていいわ。休みなさい」
その言葉に背中を押されるように、ジェシカは立ち上がる。
部屋を出る頃には、工房から響く鉄を打つ音が、どこか心地よく感じられた。
(……大丈夫)
胸の奥で、小さく呟く。
(みんな、いるから)
ベッドに身体を預けた瞬間、意識はすぐに沈んでいった。
深く、静かな眠りへ──。
──────────────
一方、グラフ。
夜の空を裂くように、ブラッディローズの力で空を駆ける。
眼下に広がるミネルバ王国の灯りが、次第に遠ざかっていく。
(……貴方の適性は斧ではない)
(……気持ちは分からないでもないわ)
アリスの言葉が、頭の中で何度も反芻される。
「……ふっ」
小さく笑う。
「全部、見透かされてるってか」
だがその表情に、迷いはなかった。
視線を前に向ける。
その先にあるのは──クロスリーパーの集落。
「……決めたことだ」
速度を上げる。
風が唸りを上げる。
「今度は、間違えねぇ」
その呟きは、夜の中へと溶けていった。
─────────
──クロスリーパーの集落
すでに夜だというのに、集落にはまだ灯りと人の気配が残っていた。
ざわめきを避けるように、グラフは影の中を進む。
向かう先は──鍛冶工房。
扉の前で、わずかに足を止める。
一呼吸。
そして、開けた。
「……邪魔するぜ」
中には、見慣れた男の姿。
「……あー、お前は確か……グラフだったな」
「ああ、そうだ。俺はグラフ」
短く答える。
「兄貴はいるか?」
フレデリックは顎で奥を示した。
「まだいるよ。それよりジェシカちゃんはどうした?」
一瞬、言葉が詰まる。
だが──
「……大丈夫だ」
それだけを言う。
「先に兄貴と話がしたい。悪いな」
フレデリックはそれ以上は聞かなかった。
「……そうか。分かった」
グラフは頷き、奥の扉へ向かう。
躊躇なく開けた。
「……また急に来て悪いな、兄貴」
部屋の中。
煙草の煙がゆらりと漂う。
椅子に腰掛けた男──グレンが、ゆっくりと顔を上げた。
「よう。やっと顔出したか」
煙を吐く。
「で?どうした。またわざわざ来たってことは、ただ事じゃないわけだろ?」
グラフは少しだけ視線を落とす。
そして──決めたように顔を上げた。
「……話がある」
短く、それだけ。
グレンは口元を歪めた。
「いいねぇ、その顔」
立ち上がる。
「ここじゃ味気ないな。酒でも飲みながら聞くか」
「ああ」
二人は部屋を出る。
「フレデリック、ちょっと出るぞ」
「おう、行ってこい」
軽いやり取り。
だがその背中には、確かな緊張があった。
外に出ると夜風が、二人の間を抜ける。
「行くぞ」
「ああ」
並んで歩き出す。
足音が、静かな夜に響く。
これから語られるものの重さを── まだ、誰もしらないまま。




