16.最期に残った言葉
登場人物
<ディヴァインリーパー>
ジェシカ
グラフ
アンディ
アリス
アルス
クロード
グラフの想い人
ルミナス・エフェメール
グラフは椅子に腰を落とし、両肘を膝に乗せ、前屈みのまま口を開いた。
「……いないはずのルミの声が、聞こえたんだ」
グラフの低く、掠れた声だった。
「咄嗟に振り向いた……そしたら──血だらけのルミの姿が視界に入った」
ジェシカの指先が、わずかに強く握られる。
「……あの惨劇の中で、ルミは……俺のところまで来た」
絞り出すような声。
「……だがな」
一拍。
「来た時にはもう──死者どもに囲まれて、どうすることもできなかった」
沈黙が落ちる。空気が重く沈む。
「その時だ。ルミは……静かに口を開いた」
かすかに震える声で、言葉をなぞる。
「“私の血を飲んで、そして生きて”」
ジェシカの喉が、小さく鳴る。
「分かるか……囲まれてるんだぞ。これから何をされるかも、全部分かってるはずなのに……」
グラフは目を閉じる。
「それでも……あいつは微笑んでいたよ」
長い沈黙。
「……俺はもう限界だった。渇きに蝕まれて、身体は傷だらけで……立つこともできなかった」
拳が、わずかに震える。
「それでもルミは……俺だけは逃がそうとした。限界を超える覚悟でな」
ジェシカが、小さく息を呑む。
「……気づいてたんだろうな。俺が、何を考えてるか」
苦く笑う。
「ルミは……俺の顔を、自分の首元に押しつけてきた」
一瞬の沈黙。
「……牙を立てれば、飲める。そう思った。あの時の俺は……衝動を止められなかった」
声が、わずかに揺れる。
「だがな……ルミは、そんな俺を抱きしめたんだ」
優しく。
「笑いながら、涙を流していたよ……」
静かに、言葉が落ちる。
「震える身体を堪えながら……ルミは俺を見つめて言った。“グラフ。愛してる”ってな」
その一言だけを残して──
長い沈黙。
「ルミは、ゆっくりと俺から離れて──そして、後戻りできないほどの力を解き放った」
空気が張り詰める。
「周りの死者どもは、一気に消えていった……その時、俺は思っちまったんだ」
かすかに笑う。
「……帰れるってな。二人で」
一瞬で、空気が冷える。
「──だが」
沈黙。
「それを、全部踏みにじるように……“あいつ”が来た」
「空から、黒い影が降ってきて──ルミの顔を踏みつけて、立っていた」
ジェシカの呼吸が止まる。
「さっきまでの勢いは……一瞬で消えた。限界を超えたルミの身体は……もう、死者と変わらない姿になっていた」
低く。
「それを見て、あいつは笑った」
「"あはは! 面白いなお前!"」
嫌悪が滲む。
「ルミは踏みつけられながらも……それでも抗っていた」
一拍。
「だが、フードを外した顔を見た瞬間、分かった」
「……あいつだ。さっきまで俺を“遊んでた”奴だってな」
空気が凍る。
「そいつは、ルミを片手で持ち上げた。骨が軋む音がして……ルミは苦しんでいた」
拳が強く握られる。
「……そのまま、腹に手を突っ込んで──貫いた」
短い沈黙。
「……引き抜いた」
「……内臓が地面に落ちる瞬間。
俺の目に映り、視界は赤に染まった」
グラフの拳に、さらに力がこもる。
「俺は、何もできなかった。ただ……“やめてくれ”としか言えなかった。
あの光景は未だ脳裏に焼き付いている」
歯を食いしばる。
「だが、あいつは笑ってた」
「あはは! 面白いのはこれからだよ!」
──狂気。
──絶望。
──畏怖。
「そいつは、自分の指を噛み千切り、血を垂らして……それを、ルミの身体に押し込んだ」
ジェシカが息を呑む。
「最初は……痛みで暴れていたルミも、途中から様子が変わった」
低く。
「……何かに“抗っている”」
一拍。
「あいつは、笑った」
「“無理無理。抵抗しても絶対無理だから”」
沈黙。
「……その直後だ。ルミは、ぴくりとも動かなくなった。
そして……ゆっくりと立ち上がり……あいつの隣に、当たり前のように立った」
その言葉が落ちた瞬間。
ジェシカの口から、かすかに漏れる。
「……眷属契約……」
グラフは帽子を深く被る。
「ああ……その通りだ」
低く。
「ルミは……あいつの“もの”になった」
沈黙。
「俺は……ただ、見てることしかできなかった」
そしてあいつは満足そうに笑って、言ったよ……」
「“今日は楽しませてもらったから、命は助けてあげるよ”ってな」
吐き捨てるように。
「そして……ルミを連れて去ろうとした。だが──」
わずかに顔を上げる。
「最後に、奴は振り返って……名乗った」
グラフの顔に、怒りが浮かぶ。
「“我が名はアブソリュート”ってな」
長い沈黙。
誰も、言葉を発しない。
気づけば、外はすっかり暗くなっていた。
昼だった空には、もう星が浮かんでいる。
その静けさだけが、二人の間に残っていた。




