8.魂を継ぐ舞
登場人物
<ディヴァインリーパー>
ジェシカ
グラフ
アンディ
アリス
アルス
クロード
<ミネルバ王国>
国王 ミネルバ・ソフィア・マニフィック
<出雲の国>
出雲の長 梟
梟の娘、巫女 凛
──昨日の出来事から日を跨ぎ、翌朝。
ジェシカは屋敷の道場に立っていた。
手には木刀。
静まり返った空間の中で、目を閉じている。
遠くで鳥が囀り、夏の朝の風が汗ばむ肌を静かに撫でていく。
やがてゆっくりと目を開き、木刀を正面に構えた。
静かに息を吸う。
そして──
そこにいるはずのない相手を思い描く。
ホーリーエンブレムの一人、フィセル。
ジェシカは架空の敵を前に、静かに構え型を取る。
その様子を、道場の入り口で梟が黙って見ていた。
───────
「はぁ……はぁ……」
木刀を握ったまま、ジェシカは激しく息を切らしていた。
額から汗が流れ落ちる。
腰を曲げ、両手を膝に置いて身体を支える。
架空のフィセルとの戦い。
それはマリアの導きではなく、ジェシカ自身の意思だった。
「もうよいのか、ジェシカよ」
静かな声が道場に響く。
梟が足音をほとんど立てずに近づいてきた。
その手には一枚のタオルをジェシカへ差し出す。
「あ……ありがとう」
受け取り、汗を拭う。
差し込む朝日がジェシカの汗をきらりと光らせた。
梟はその姿を優しく見つめていた。
「呵っ呵っ呵……よいよい」
梟は満足そうに笑う。
「それでよいのじゃよ、ジェシカ」
そう言い残すと、背を向けて道場を後にした。
ジェシカはその背が見えなくなるまで立っていた。
やがて木刀を置き、静かに道場を後にする。
──────────
屋敷の外へ出ようとしたその時。
背後から声が届いた。
「……ジェシカ」
聞き覚えのある声だった。
振り返ると、ジェシカの顔に笑顔が浮かぶ。
「約束通り戻ってきたんだね、グラフ」
「ああ」
グラフは軽く頷いた。
「だがクロードは俺が連れ回してしまってな……今回は俺だけだ」
「えへへ、グラフが来てくれただけで嬉しいよ」
「……そうか」
少し視線を逸らしながら続ける。
「それで、今日儀式が行われるんだろう」
「うん。たぶん日が落ちる頃だと思う」
ジェシカは思い出すように言った。
「神様は夜にしか降りて来ないみたいで、明るいうちは姿を見せないんだって」
グラフは静かに耳を傾ける。
「……そうか。それなら待つしかないな」
「だよね!」
少し間を置き、続けた。
「それならその前に、向こうで何があったかジェシカにも話しておく」
「あ、うん。大丈夫だよ」
二人は梟に声をかけ、別室へと移動した。
──────────
部屋に入ると畳に腰を落とし、グラフが口を開いた。
「先に結果を言う」
低い声だった。
「ヴェインのダークマターと玉鋼の錬成は成功した」
ジェシカの目が見開かれる。
「今はアンディの手元に、新しい金属として完成している」
「……流石だね!」
グラフは続けた。
「次は<真打>建御雷神へアリュールのダークマターを錬成しなければならない」
そしてグラフは、事前にクロードから聞いた武器の構造を説明する。
「柄には、ヴェインのダークマターを練り込んだ玉鋼。
刃には、建御雷神とアリュールのダークマター。
そしてその接合箇所には、トラペゾを使い。
三つの力を一つに束ねるそうだ」
ジェシカはしばらく言葉を失っていた。
「……なんか、話が大きすぎるね」
グラフは小さく笑った。
「……前代未聞の偉業だからな」
そして静かに言う。
「……その第二歩目が、今から始まる」
ジェシカは頷いた。
「うん……そうだね」
グラフは更に続ける。
「……そしてジェシカ」
視線を向ける。
「お前は免罪符の依頼も果たさなければならない」
「うん、分かってるよ」
ジェシカは迷いなく答えた。
二人の会話はそこで終わり、日が暮れるまで静かに時間を過ごした。
──────────
──刀山麓。舞台。
日が山へ沈み、空は夜に染まる。
無数の星が瞬いていた。
二日かけて作られた舞台。
四隅の火籠には炎が灯り、ゆらゆらと揺れている。
ジェシカとグラフは舞台の前に立っていた。
やがて──
凛が姿を現す。
巫女服の上に、透明な羽衣。
腰には出雲刀。
どこか儚げな表情を浮かべ、ゆっくりと舞台へ上がる。
中心へと歩き。
ジェシカへ向かって深く一礼。
そして祠へ向き直る。
国宝──
<真打>建御雷神。
再び深く礼をする。
目を閉じ、一呼吸。
そして口上を述べた。
「出雲の国。そして我ら出雲の民」
静かな声が夜に響く……
「命を救いし恩人への敬愛を此処に」
凛は腰の出雲刀へ手をかける。
「いざ──我ら国宝、建御雷神」
静かに刀を抜く。
「我と踊りて、魂の継承を行う」
──舞が始まる。
最初は静かだった。
身体をゆらりと揺らす。
だが次の瞬間、動きが変わる。
──鋭く。
──激しく。
まるで何者かが宿ったかのようだった。
凛は舞台を大きく使い舞う。
──荒く。
──狂い。
──そして儚い。
四隅の火籠の炎が、青白く揺れ始める。
音楽はない。
聞こえるのは……
刀の風切り音。
巫女服の擦れる音。
そして凛の荒い呼吸。
それらが重なり、まるで一つの旋律のようになっていく。
そして──ピタリと動きが止まった。
静寂。
凛の激しい呼吸だけが夜に響く……
誰も動かない。
ジェシカも。
グラフも。
そして、出雲の民も。
呼吸する事すら忘れたように、その舞に魅了されていた。
────────
やがて凛はジェシカの前まで歩み寄る。
両膝をつき、刀を献上する。
月明かりと炎が刀身を照らす。
「国宝──」
凛の声が夜に響く。
「<真打>建御雷神」
そして静かに告げる。
「ジェシカ様へ……」
その瞬間。
出雲の民すべての視線がジェシカへ向けられた。
ジェシカは一歩前へ出る。
そしてしっかりと両手で受け取る。
「……有り難く受け取らせてもらいます」
その言葉に。
梟は静かに頷いた。
出雲の民は一斉に両手を膝に添え、深く頭を下げる。
炎が静かに揺れる。
刀身は炎を映し、まるで生きているかのように赤く揺らめいていた。
こうして──
国宝
<真打>建御雷神はジェシカへと託されたのだった。




