5.進化の仮説
登場人物
<ディヴァインリーパー>
ジェシカ
グラフ
アンディ
アリス
アルス
クロード
<ミネルバ王国>
国王 ミネルバ・ソフィア・マニフィック
<出雲の国>
出雲の長 梟
梟の娘、巫女 凛
──次の日。
まだ朝の冷たい空気が廊下に残っている。
グラフはアンディとアリスの部屋の前に立ち、静かにノックした。
コン、コン。
すぐにドアノブが回り、扉が開く。
「あら、どうしたのかしら?」
姿を現したアリスは、相変わらず妖艶な服装だった。
その姿に一瞬だけ視線を逸らし、グラフは帽子を深く被り直す。
「……お前たちと話がある」
短く言う。
「リビングで待つ。来てくれ」
アリスは小さく笑った。
「うふふ、分かったわ」
──────
リビングでは、グラフとクロードがソファに座っていた。
クロードはまだ眠そうに目をこすっている。
しかしグラフの表情が普段より固いことに気づき、背筋を伸ばした。
やがてアンディとアリスが現れ、向かいのソファに腰を下ろす。
アンディが腕を組む。
「それで、話とはなんだ」
グラフはゆっくりと口を開いた。
「昨日、クロードの身に起きた事だ」
その言葉で空気がわずかに引き締まる。
グラフは語った。
クロードが見せた力。
そして──出雲刀とブラッディローズが一つになった現象。
話を聞き終えたアンディは低く唸る。
「そんな事……ありえるのか。
聞いた事もない」
「ああ」
グラフは頷いた。
「俺も、この目で見るまでは偶然だと思っていた。
フィセルの足を斬ったのも、ただの偶然だと」
一拍。
「……だが違った」
グラフの声が低くなる。
「昨日、俺は自分の考えが間違っていたと知った」
アンディはゆっくりとクロードへ視線を向ける。
「……おい、クロード」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれ、クロードは慌てて姿勢を正す。
「お前の中にはジェシカの血……」
アンディは言葉を選びながら続けた。
「──つまり、古代マリア様の血が流れている可能性がある」
クロードの表情が凍りつく。
「それが影響していると俺は見ている」
沈黙。
アンディは顎で示した。
「グラフの話が本当なら……今ここでも再現できるはずだ。
やってみろ」
「え……?」
クロードは困惑した。
「すみません……何をどうすればいいのか……」
その様子を見て、グラフが小さく笑う。
「ふっ……」
アンディが眉をひそめる。
「何がおかしい」
「クロードは確かにクロスリーパーとして芽吹いた」
グラフは言う。
「だがまだ──ブラッディローズすら理解していない」
「な、何だと!?」
アンディが思わず声を荒げる。
「なら何故、俺たちですら知らない事をこいつが出来る!」
グラフはゆっくりとアンディを見る。
「アンディ」
短く呼ぶ。
「“こいつ”じゃない」
空気が静まる。
「クロードだ」
グラフの声は静かだった。
「そして俺たちクロスリーパーの一人だ」
グラフの言葉にアンディは目を閉じ、深く息を吐いた。
「……分かった。すまん」
「ああ」
グラフは短く頷く。
そして視線をアリスへ向ける。
「依頼の件だが……」
アリスは足を組み直し、微笑む。
「ええ、聞きましょう」
「クロスリーパーの進化についてだ。
クロードの血も一緒に調べてほしい。
そして……」
グラフは胸のポケットから赤い結晶を出しテーブルに置いた。
その結晶を見たアンディが反応する。
「お、おい、それ…ホーリーエンブレムのなのか……」
「……だと、いいんだがな」
二人のやりとりにアリスが割って入る。
「なにかあるのかしら?」
「マナとの関係性とこの結晶を調べて、ジェシカとの関係性を確かめてくれ」
アリスは少し考えた後、頷いた。
「それは構わないわ」
だが次の瞬間、真剣な目でグラフを見る。
「でも……
どうしてそこまで強さを求めるの?」
グラフは鼻で笑う。
「ふっ……簡単な話だ」
静かな間。
「俺は、自分の死に場所を見つけている」
その言葉に三人が黙る。
「元々、俺は既にこの世にいない存在になっていた。
だが俺はまだここにいる」
グラフの声は静かだった。
「そして俺はジェシカ……」
グラフは一瞬だけ言葉を止めた。
「いや──現マリア様に命を捧げている」
誰も口を挟まない。
「これから戦いはさらに激しくなる」
グラフの目がわずかに鋭くなる。
「なら俺は、一人の戦士として、ジェシカと共に戦いの災禍へ赴く」
アリスが静かに息を吐いた。
「そう……貴方は戦いを避けないのね」
「ああ」
グラフは言う。
「“奴”をこの世から消せるなら──」
グラフの目が、わずかに暗くなる。
「どんな賭けでも乗る」
アリスはしばらく黙り、やがて頷いた。
「分かったわ。
ただし、結果が出るまで時間はかかるわよ」
「分かっている」
グラフは言った。
「だが頼む」
アリスは立ち上がる。
「クロード、少し血をもらうわね」
「は、はい」
クロードは腕を差し出した。
研究のため、彼の血が採取される。
針が刺さる。
細い管を通って、クロードの血がゆっくり流れていく。
その赤い血を見つめながら、クロードはふと思った。
(俺の中に……ジェシカと同じ……血?)
──────
それを見ながらアンディが言う。
「クロード」
「はい」
「今後お前はジェシカのために生きる事になる」
クロードは黙って頷いた。
「だがその前にやる事がある」
アンディは指を立てる。
「砂鉄にダークマターを混ぜ、玉鋼を作る。
それが最優先だ」
「分かりました」
その時──
リビングの扉が勢いよく開いた。
「よう、待たせたかな!」
入ってきたのはアルスだった。
「──早速始めるか!」
軽い声に、重かった空気が一気に弾ける。
アンディが立ち上がる。
「行くぞ」
三人は工房へ向かって歩き出した。
新しい力を生み出すために。
それがやがて
大国同士の戦乱を終わらせる刃になるとは
この時、まだ誰も知らなかった。




