1.選ばれし者の覚悟
登場人物
<ディヴァインリーパー>
ジェシカ
グラフ
アンディ
アリス
アルス
クロード
「見えてきたぞ」
雲の切れ間から、出雲の国が姿を現した。
かつて豊かな国だった大地は、今や無残な傷跡をさらしている。
つい先日までこの地では、ヘレティックの刺客──ティレ・レ・フィセルとジェシカの戦いが繰り広げられていた。
戦いは民をも巻き込み、国の存亡すら揺るがした。
上空から見下ろす大地には、崩れた街並みと焼け焦げた跡が広がっている。
「ひどい……」
クロードの声は、わずかに震えていた。
「……そうだな」
グラフは短く答える。
だがその視線は、すでに次の目的地を見据えていた。
刀山。
空を突き刺すようにそびえるその山へ、二人は降下していく。
──────────────
──刀山麓、鳥居前。
「ここでいいのか、クロード」
「はい。ここから山頂付近まで歩いて、玉鋼の素材になる出雲の砂鉄を集めます」
「分かった。行くぞ」
二人は鳥居をくぐり、山へ足を踏み入れた。
しばらく無言のまま歩く。
風が木々を揺らす音だけが響いていた。
やがてクロードが口を開く。
「あの……聞きたいことがあるんですけど」
「………」
グラフは答えない。
「ダメですか……」
「……はぁ」
重いため息が落ちた。
「何だ」
「あ、はい。えっと……改めて確認なんですけど。この牙って……」
その瞬間。
グラフの足が止まった。
ゆっくりと振り返る。
鋭い視線がクロードを射抜いた。
「……お前にとっては大した問題ではない」
低い声。
「だが、ジェシカにとっては違う」
空気が張り詰める。
「そして俺たちクロスリーパーにとってもだ。
お前をどう扱うべきか──まだ誰にも分からん」
「え……それって……」
「そこに座れ」
岩を指さす。
クロードは黙って腰を下ろした。
グラフはしばらく黙ったまま、言葉を選ぶように空を見上げる。
やがて口を開いた。
「いい機会だ。よく聞け」
一拍の沈黙。
「お前は、この世代でマリアの名を継ぐことになるジェシカの──寵愛を受けた唯一の存在だ」
クロードの喉が鳴る。
「まず、それを受け入れろ」
重い視線が落ちる。
「そしてお前は、すでに俺たちと同じクロスリーパーだ」
クロードは言葉を失った。
胸の奥がざわつく。
だが、グラフの表情はそれ以上に険しい。
「いいか……ジェシカに見そめられたお前は……」
「はい……」
「ジェシカに子を宿らせる唯一の者とされている」
「──!!」
頭の中が真っ白になった。
ジェシカの顔が、脳裏に浮かぶ。
「え……なんですか、それ……」
「我らクロスリーパーの掟だ」
淡々とグラフは言う。
「だが、眷属契約が先に結ばれるなど前代未聞だ」
一歩、近づく。
「そしてお前は──」
グラフの視線が鋭くなる。
「ジェシカと同等の力を得たはずだ」
「そ、そんな……俺が……」
グラフはゆっくり立ち上がった。
そしてクロードを見下ろす。
「どうする」
その手には、いつの間にか赤黒い両手斧が握られていた。
刃が、クロードの首元に触れる。
冷たい鉄の感触。
「受け入れるか……否か」
声に感情はない。
「安心しろ。まだお前は芽吹いてすらいない」
「今なら俺でも葬れる」
クロードは地面を見つめたまま動かない。
心臓の鼓動だけが大きく響く。
逃げるか。
それとも──
やがて、クロードはゆっくりと顔を上げた。
「俺、強くなります」
震える声だった。
それでも、目だけは逸らさなかった。
グラフの眉がわずかに動く。
クロードは立ち上がった。
震える拳を握る。
「ジェシカだけじゃない」
「グラフさん、アンディさん、アリスさんにも認めてもらえるように……」
「必ず、強くなります」
沈黙。
やがて。
「……くっ」
グラフが小さく笑った。
斧は、いつの間にか消えていた。
「まぁいいだろう」
そしてクロードを見る。
「だが、ジェシカに認められたとしても……今のお前にジェシカを求める度胸などあるまい」
「……どういう事ですか?」
グラフは歩き出す。
「俺たち男のクロスリーパーは、より強い子孫を残すため強者との戦いに身を投じる」
「アルスのように、武力ではなく権力を誇示する者もいる」
「そして女たちは──そうした力に惹かれる」
「な、なんですかそれ……」
「そのままの意味だ」
グラフは肩をすくめた。
「詳しくはアンディに聞け」
「は、はい」
「話は終わりだ。行くぞ」
「はい!」
─────────────
山頂付近。
二人は砂鉄を集めていた。
グラフは磁石を転がし砂鉄を集める。
クロードはそれを篩にかけ、純度の高いものを選別していく。
その時だった。
グラフの足が、何かを踏んだ。
「……?」
靴を退ける。
そこにあったのは──
赤い結晶。
血を固めたような、禍々しい輝き。
グラフの瞳がわずかに細まる。
──スカーレット・レイ
あの赤い閃光が、脳裏を過ぎる。
「……フィセルなのか……」
指先に、かすかな熱が伝わった。
「……とりあえず持ち帰るか」
グラフは胸ポケットに結晶をしまう。
そして何事もなかったかのように、砂鉄集めを再開した。




