20.彼女が眠るまで世界は紅い
登場人物
『ディヴァインリーパー』ミネルバ代表
ジェシカ グラフ アンディ アリス アルス
古代マリア
リーン・ホーク・マリア
ホーリーエンブレム
ティレ・レ・フィセル
ギルマスの息子
クロード
出雲の国
長 長の娘
梟 凛
血の刃が、ジェシカの喉元へ届く──
その寸前で、止まった。
白い右手が刀身を掴み、
殺到していたはずの勢いを、音もなく奪い取っていた。
「……は?」
フィセルの喉が、ひきつる。
「なんだよ……その力……」
引き抜こうと力を込める。
だが刃は、石に根を張ったように動かない。
静寂。
銀の髪の奥で、
紅い瞳がゆっくりと焦点を結び、フィセルを、まっすぐ射抜いた。
「──ッ!」
反射的に手を離し、後退る。
その瞬間。
【アハハ……良き判断よ】
背後でも足音でもない。
気づけばそこに、マリアが立っていた。
奪い取った血の刀を、無造作に宙へ放る。
そして落下してきた刃を──
そのまま、喰らう。
「……お前、何を……」
口元から滴る血。
歪んだ笑みが、ゆっくりと形を持つ。
【クックク……ジェシカ】
【“身体解放”とは──こういうものだ!!】
紅い瞳の瞳孔が、針のように細まる。
同時に、銀髪が逆巻いた。
更に……失った左手が再生する。
次の瞬間──
青白い光が、嵐のように噴き上がる。
右手の出雲刀は、悲鳴めいた震えを残し、灰へ崩壊し、残滓を握りしめ、マリアは低く告げる。
【スカーレット・ローズ】
砂塵が舞う。
世界が、紅に染まる。
花弁のように散る真紅の血。
背に広がる真紅の翼。
蒼白のオーラに包まれた、古代マリア。
ただ一振り。
雲は裂け、
満月だけが、静かに戦場を照らした。
【……来い】
挑発でも威圧でもない。
ただの、事実の提示。
「──舐めるなァッ!!」
絶叫と共に、フィセルが踏み込む。
肉薄、抱え上げ、叩きつける。
拳を、何度も、何度も振り下ろす。
鈍い音。
砕ける地面。
荒れ狂う呼吸。
「はぁ……はぁ……」
拳を止め、笑みが滲む。
「……終わりだ」
砂煙が、風にほどける──そこに誰の姿もない。
静寂。
「はは……あははははッ!!」
勝利を確信したフィセルは高笑う。だがその刹那。
【ハハ!! アハハハ!!】
一拍
【終わりダ】
フィセルの耳元にマリアの囁き。
理解が追いつくより速く──
フィセルの視界は世界が、二つに断たれた。
一閃。
世界が、わずかに遅れる。
袈裟。
逆袈裟。
一文字。
瞬きの間に、三度。
──いや。
斬撃は三度。
だが“終わり”は、最初の一振りで決していた。
音が遅れて追いつく。
肉体は理解するより先に崩れ、
存在だけが、静かに削ぎ落とされていく。
噴き上がった血が、
融合アルカナにより、空中で結晶へと変わり、マリアの左手へ吸い寄せられていく。
声は出ない。
指一本動かす事すら不可。
フィセルという“輪郭”が、ゆっくりと消えていく。
マリアはフィセルの髪を無造作に握り上空へと勢いよく投げる。
【……雑魚の割には、楽しめたぞ】
静かな宣告。
フィセルの血の結晶はスカーレットローズに包まれ、小さな塊へと変わり。
高く掲げたフィセルの肉塊に向け、マリアの人差し指がフィセルを狙い撃ちする。
【スカーレット・レイ】
閃光。
次の瞬間、
肉塊は音もなく穿たれ──満月を背に、遅れて破裂、崩壊し絶命した。
【ハハッ!!最後まで醜いものよのぉ】
…………。
少し離れた場所で、グラフは立ち尽くしていた。
理解も言葉も追いつかない。
ただ、現実だけが重くのしかかる。
そんなグラフの眼前に──マリアが、現れる。
【此奴を……頼む……】
力が抜け、
倒れ込んできた身体を、思わず受け止める。
見下ろした先。
静かな寝息。
さきほどまで世界を裂いていた力が、嘘のように消えている。
満月だけが、何も知らぬ顔で戦場を照らしていた。




