18.救いは血に沈む
登場人物
『ディヴァインリーパー』ミネルバ代表
ジェシカ グラフ アンディ アリス アルス
古代マリア
リーン・ホーク・マリア
ホーリーエンブレム
ティレ・レ・フィセル
ギルマスの息子
クロード
出雲の国
長 長の娘
梟 凛
先ほどまで、グラフの視界には死者と屍人の群れが渦巻いていた。
だが今──
そこに立っているのは、フィセルただ一人。
あまりに急激な静寂。
思考も、呼吸も、指先の感覚さえ途切れていた。
世界から、音が消える。
その沈黙を、怒号が裂いた。
「“アレ”は何だよ!!
俺様の仕掛けが……!」
「クソッタレが!!」
叩き起こされるように、意識が戻る。
グラフは両手斧を握りフィセルへ向き直した。
──その瞬間。
背後に、理解を拒む“気配”が立つ。
振り向いた視界の、すぐそこ。
目を見開き、歪んだ笑みを浮かべる女がいた。
近すぎる距離で、ただこちらを見つめている。
【キサマ……我のオモチャに、何をする……】
意味は分からない。
それでも、本能だけが理解していた。
──触れてはならない存在。
喉の奥から、かすれた声が零れる。
「……ジェシカ、なのか……」
【ほう】
マリアは静かに瞼を閉じた。
遠い記憶を探るような、わずかな沈黙。
そして口をゆっくりと開く。
【……大人しくしておけ】
【……我の楽しみを奪うことは……誰だと許さぬ】
それだけで、空気が沈む。
マリアはゆっくりと、フィセルへ歩み寄った。
「ふざけんな!!
俺様の計画を──」
言葉は、最後まで届かない。
一閃。
音さえ、生まれなかった。
ただ静かに、世界だけが止まる。
やがて──遅れて現実が追いついた。
フィセルの身体が、力を失い崩れ落ちる。
「……な……」
グラフの喉が震える。
自分とアンディ、二人がかりで追い詰めるのが限界だった相手。
それを、たった一太刀で終わらせた。
【……つまらぬ】
【もっと、我を楽しませよ……】
月光が銀髪を照らす。
紅い瞳の奥には──
触れれば壊れてしまいそうな、
言葉にならない孤独だけが宿っていた。
やがてマリアは刀を収める。
【……もうよい】
一拍。
【グラフよ】
「…………。」
【ジェシカに伝えよ】
【さらなる血を求めよ。
それだけが──救いなのだと……】
声が途切れ、意識が沈む。
次の瞬間。
そこにいたのは──
「……ジェシカなのか……?」
「……うん。私だよ……グラフ」
張り詰めていた何かが、ほどけかける。
──その時。
「あははははは!!」
哄笑が夜を切り裂いた。
倒れたはずのフィセルが、立っている。
「危なかったぜ……
さすがの俺様も焦ったよ……
でもな――!!」
掲げられた十指。
足元から、屍人が溢れ出す。
それらは引き寄せられ、絡み合い、
ひとつの巨大な塊へと圧縮されて宙に浮いた。
「なぁ知ってるか!?」
「命ってのはな──潰して初めて、美しく咲くんだよ!!」
「見てろよ……!」
フィセルは片膝をつき、塊に両手を当て叫ぶ。
「──ファントッシュ・ネトル!!」
空気が、軋む。
次の瞬間。
鋭い風が、グラフをかすめた。
視界が揺れる。
膝をつき、崩れるグラフ。力が、腕に入らない。
「グラフ!!」
ジェシカの声が遠い。
「くっ……
まだ、あんな力を……」
震える手で、ジェシカは結晶をグラフ口元へ押し当てた。
「お願い。離脱して」
ジェシカの手が、わずかに震えていた。
それを見た瞬間──グラフは、すべてを悟る。
「ああ……分かっている……
俺には、分不相応だ……」
グラフはブラッディローズを使い、その場から姿を消した。
──────────
夜は、さらに深くなる。
残されたのは、ジェシカとフィセル。
そして──
血の底から、影が立ち上がる。
守人に似た姿。
手には、血の刀。
フィセルの顔が歓喜に歪む。
「あははは!!
受けてみろよ。
俺様の──最高傑作をな!!」
影が、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、怒りも、憎しみも、救いもない。
ただ──何も残っていなかった。
──静かに。
本当の戦いが、今始まる。




