16.欺瞞と予兆
登場人物
『ディヴァインリーパー』ミネルバ代表
ジェシカ グラフ アンディ アリス アルス
ホーリーエンブレム
ティレ・レ・フィセル
ギルマスの息子
クロード
出雲の国
長 長の娘
梟 凛
ジェシカの一振り──
その軌跡が残した淡い光とともに、群がっていた屍人は音もなく崩れ落ちた。
遅れて、灰が舞う。
フィセルの周囲に残っていた影さえ、静かに形を失っていく。
静寂。
「あぶねーな……! 咄嗟にコイツらを盾にしなきゃ終わってたぜ」
「危うく死ぬところだったじゃねーかよ……!!」
吐き捨てる声。
怒りを隠そうともせず、フィセルは鋭くリーパーを睨む。
──その瞬間。
空気が裂けた。
「今度はこっちから行くぞ!」
踏み込んだのはアンディ。
一瞬で間合いを奪い、深く沈めた腰から爆ぜるように力を解き放つ。
槍が、閃光になる。
連続する突きが空間を貫き、火花と金属音が連なった。
フィセルは二本の短剣でそれを受け流す。
「ははっ……この程度かよ!!」
余裕の笑み。
──だが次の瞬間。
アンディの横薙ぎが、空間そのものを断ち切った。
回避はしない。
逆手の短剣を交差させ、真正面から受け止める。
衝突。
重い衝撃が響き、
フィセルの身体が後方へ弾き飛ばされた。
その軌道の先──
待っていた影がある。
上空から落ちてきたグラフが、両手斧を旋回させていた。
唸りを上げる刃。
逃げ場は、ない。
振り下ろされる。
砂煙が舞い上がり、
やがて晴れた先に現れたのは──
「……ぐ、クソ……が……テメーら……」
頭部に斧を突き立てられ、血を滴らせるフィセルの姿。
グラフは無言のまま胸ぐらを掴み、
その身体を天高く放り投げた。
「アンディ!!」
「ああ、分かってる!」
上昇する無防備な身体へ、槍が投げ放たれる。
右肩を貫通。
次の瞬間、アンディ自身が跳び、空中で槍を掴み取りさらに跳躍。
到達点。
無防備のフィセル。
──無数の突きが降り注ぐ。
血が散る。
肉が裂ける。
それでも、止まらない。
やがて重力が勝ち、
アンディは腹部に槍を突き立てたまま急落下、
槍先が闇を孕む。
「ブラックレイン」
直下で待つグラフ。
完璧な間合い。
放たれる連撃。
続く横薙ぎ。
血飛沫が、空を染めた。
────────────
静寂が戻る。
「……はあ……はぁ……やったか……」
「……だろうな」
頭は潰れ、身体は穿たれている。
生きているはずがない。
二人は背を向け、屋敷へ歩き出す。
「アンディ! グラフ!」
ジェシカの声。
足を止め、顔を見合わせる。わずかな笑み。
終わった──
そう思った、その時。
「……あはは」
声。
「……あははははっ!!」
背筋が凍る。
三人は反射的に空を見上げた。
──そこにいたのは、無傷のフィセル。
傷は癒えたのではない。
最初から存在しなかったかのように、消えている。
空気が、重い。
呼吸すら拒まれるような圧迫感。
「悪いな。満足してるところ」
「俺……この通りだぜ?」
高笑いが降り注いだ。
沈黙。
「……やるぞ、グラフ」
「ああ」
「ねえ……もう血、使いすぎてるよね……」
心配するジェシカ。
それでもグラフは、短く答える。
「……大丈夫だ」
踏み込みは、先ほどより重い。
「あははは!
さっきまでと動きが全然違うじゃねえか!!」
「お前らが呑気に術に気を取られてる間、準備は終わってんだよ」
「……何……?」
その瞬間。
地面が、蠢いた。
割れ目から屍人が這い出す。
さらに──見覚えのある死者たち。
海岸の方角から、無数の影が迫ってくる。
アンディが振り向いた。
「船を出せ!! アルス!!」
呼応するように船が動き出す。
「ジェシカ。俺は船を守る」
「屋敷にいる梟と凛を──頼む」
「……うん」
走り去る背中。
残るのは、濃密な死の気配。
────────────
グラフは限界に近かった。
致命傷は避けている。
だが、このままでは削り切られる。
守るべき者は、すぐ後ろにいる。
極限の緊張。
その時──
ジェシカの視界が、揺れた。
音が遠のく。
色が薄れる。
世界が、どこか別の場所へ沈んでいく。
膝が崩れる。
「なに……これ……」
「やめて……入って……こないで……」
響く声。
意識の奥。
遠い記憶の底から──
マリア。




