15.火事場と狼煙
登場人物
『ディヴァインリーパー』ミネルバ代表
ジェシカ グラフ アンディ アリス アルス
ホーリーエンブレム
ティレ・レ・フィセル
ギルマスの息子
クロード
出雲の国
長 長の娘
梟 凛
ミネルバ王国から派遣された船医たちの尽力により、出雲の負傷者たちは次々と治療を受けていた。
血の生臭さと薬品の匂いが混じる空間で、凛もまた袖を汚しながら救護にあたっている。
──その時だった。
船内から現れた四人の姿が、凛の視界に入る。
彼女に気づいた一行の中で、アルスだけが一歩前へ出た。
迷いのない足取りで、凛の前に立つ。
「手伝えず、すまなかった。
だが……今から言うことを聞いてほしい」
白を基調とした着物は血に染まり、足元には乾いた土がこびりついている。
凛は静かに足を止め、アルスと視線を重ねた。
「はい。どのようなお話でしょうか」
「これから出雲は、確実に戦火に沈む。
その時、民に再び被害が及ぶ……それだけは阻止しなければならない」
言葉の重さを、凛は一瞬で理解した。
「……はい」
「そこで提案がある。
しばらくの間、出雲の民を俺たちの国、ミネルバで保護しようと思う」
空気がわずかに張りつめる。
「凛。そして梟には、これからソフィア国王と今後について話してほしい。
幸い船はある。判断は早い方がいい」
「承知しました。
ですが……私一人の判断では決められません。
必ず梟にも確認を取ります」
「ああ、そうしてくれ」
「では、早速行ってまいります」
凛は深く一礼し、踵を返した。
その背は人波に紛れ、やがて見えなくなる。
「……ふっ。そう来たか」
グラフが小さく笑う。
「これなら、お前たちも動きやすいだろ?」
「ああ。だが……本当に一人の判断でいいのか?」
「構わない。
ミネルバと出雲が国交を結べば、双方にとって得になる。
いずれ文化交流へと発展すれば……未来は悪くない」
「……そうか」
「なら、その覚悟。ありがたく使わせてもらう」
────────────
この日を境に、出雲の民はミネルバ王国へ渡る準備を始めた。
アルスを中心に計画は滞りなく進み、
移送完了まで、あとわずかとなった──五日後。
その夜。
ジェシカと梟が稽古場として使っていた屋敷の上空に、
“それ”は現れた。
異変を最初に察知したのはアンディだった。
「……来たぞ、グラフ!」
「ああ、分かっている」
赤黒いフードを纏い、宙に浮かぶ影。
歪んだ笑みを浮かべる男──ホーリーエンブレムの一人、フィセル。
「あはは!
何か企んでるとは思ってたけどさぁ……
まさか人をこの地から消すとはねぇ!!」
狂った笑い声が夜空に反響する。
「ありがとうよ。余計な手間が省けた。
──それじゃあさ……早速、死んでくれよ!」
次の瞬間。
屋敷を中心に、無数の屍人が音もなく現れた。
「気づくの遅すぎるでしょ!!」
「グラフ……」
「ああ……やるぞ!」
アンディの槍が唸り、
グラフの両手斧が夜を裂く。
だが、斬撃は虚空を切った。
「……ちっ」
「気を抜くな。
奴は腐ってもホーリーエンブレムだ」
屍人の群れが二人を包囲する。
貫き、砕き、倒しても──減らない。
持久戦は不利。
だが、打開策が見えない。
その時。
フィセルの視線が別の場所へ向いた。
避難する民。
そして、その前に立つクロードとアルス。
フィセルの指が少し動く。
すると屍人達がアルス達へ一斉に襲いかかってきた。
だが、出雲の民にして負傷した守人がアルス達の前に立つ。
「我が命。クロに託す」
どこか聞いた事のある声。
懐かしい響きだった。
伸ばした手は──届かない。
言葉を残し、振り返る事なく、負傷した守人は屍人の群れへと向かって行った。
クロードの手には出雲刀。
──だが、群れの勢いは止まる事を知らずアルス、クロード、出雲の民へと襲いかかる。
「うわぁぁぁぁ!た……助けて……!!」
絶望の声。
間に合わない、誰もがそう思った瞬間。
──!!
──静寂。
クロードを囲んでいた屍人の動きが、ぴたりと止まる。
次いで、音もなく風が吹き屍人は灰へと崩れ落ちた。
灰の中心に立つ影。
紅く染まった瞳。
黒く長い髪。
その手には、真紅に輝く出雲刀。
「クロード!!
そのまま奴を斬れ!!」
アンディの叫びに反射的に反応し、振るわれた一閃。
フィセルへ風が、抜ける。
次の瞬間。
浮かんでいたフィセルの両足が切断され、足だけが地へ叩きつけられた。
「……は?」
歪む笑み。だが目だけが震える。
「あは……ははっ。いいねぇ。
命が必死に未来へ逃げる瞬間ってさぁ──
いちばん綺麗なんだよねぇ!!」
狂気が、夜を満たした。
怒りに歪む顔。
血走る瞳。
「くっ…クソ共がっ!!
もう計画なんてどうでもいい!!
お前たちを……殺す!!」
屍人すべてが解き放たれる。
四人は民を庇い迎撃するが──数が多すぎる。
「くっ……厳しいな」
「何かないのか、グラフ!!」
沈黙。
限界が迫る。
その時──。
澄んだ音が、夜に響いた。
チーン……。
鐘のような澄音が、夜を断ち切った。
動きを止めた屍人が、次々と灰になり屋敷の方から、一閃。
青白いオーラ。
紅の瞳。
抜刀の余韻を残す姿。
ジェシカだった。
「遅くなってごめん、大丈夫だった!?」
その声に、アンディとグラフは笑う。
「……くくっ、アンディ。やるぞ」
「ああ。今度は俺たちの番だ」
二人は武器を構え、反撃の狼煙を上げた。
その夜は──まだ始まったばかりだった。




