13.師と眷属
登場人物
『ディヴァインリーパー』ミネルバ代表
ジェシカ グラフ アンディ アリス アルス
ホーリーエンブレム
ティレ・レ・フィセル
ギルマスの息子
クロード
出雲の国
出雲の守人 梟の娘
梟 凛
凛に導かれ、グラフは静かにジェシカのもとへ歩みを進めた。
その横顔を、凛は何度もためらうように盗み見る。
「……どうした。俺の顔に何かついているか」
「あ、いえ……申し訳ありません」
凛は小さく頭を下げ、視線を落としたまま口を閉ざす。
やがて二人は、ジェシカの眠る部屋の前に辿り着いた。
障子に手を掛け、グラフが静かに引き開ける。
室内には、上体を起こしたジェシカの姿があった。
「グラフ……」
「ああ。体調はもういいのか」
「うん……でも、少し身体が重いかな……」
その言葉を聞き、グラフはわずかに目を細める。
「……本来なら、今は休ませるべきだろう。
だが──言わねばならん」
「なに……?」
帽子の鍔を指で挟み、短い沈黙が落ちた。
「今日から梟を師とし、出雲刀を学べ。
そして今回の件は──俺たちクロスリーパーで解決する」
「前にも言ったはずだ。お前の力は、不可欠だ」
ジェシカは黙ってその言葉を受け止める。
「……そっか。分かった。
でも、まだ私──」
言い終える前に、グラフは彼女の傍らへ腰を下ろした。
そして迷いなく、自らの頸を晒す。
「今度は、お前が吸え」
「……大丈夫。必要ないよ」
「そんなはずがあるか。
眷属にして、どれだけ血を失ったと思っている」
「だって……あんな状況で……
助けられる命を、見捨てるなんてできないよ!!」
「……だろうな。だが!」
言葉が強まりかけた、そのときだった。
二人のやり取りを見ていた凛が、静かに前へ進み出る。
そしてジェシカの前に座り、着物の襟をそっと開いた。
白く、細い首筋が露わになる。
「ジェシカさん。
クロを助けてくださって、ありがとうございました」
瞳に浮かんだ涙が、静かに頬を伝う。
「詳しいことは分かりません。
でも……あなたの優しさだけは、伝わってきました」
凛はそっとジェシカを抱き寄せる。
「今度は──
私が、あなたを救う番です」
その声は震えていた。
それでも、確かな覚悟が宿っていた。
ジェシカは静かに目を閉じる。
そして導かれるように、凛の首元へ顔を寄せ──牙を立てた。
柔らかな皮膚を越え、脈打つ命へ触れる。
温かな血が、舌を満たす。
甘い。
それは罪の味にも似て、
同時に──凍えていた身体の奥まで、確かに満たしていった。
【……くく……よい。実によいぞ、ジェシカ】
【もはやお前は、この選択から逃れられぬ】
頭の奥で、マリアの声が囁く。
やがてジェシカは牙を抜き、凛を見つめた。
「……ありがとう、凛」
「ええ……。
あなたの力が、出雲の国を救うのなら……
これくらいしか、私にはできませんから……」
そう言いながら、凛の身体は小刻みに震えていた。
血の気を失った顔を、ジェシカは慌てて支える。
「もういい、休んで」
布団へと横たえながら、胸の奥が強く締めつけられる。
「……ごめんね」
「大丈夫……です……」
かすかな微笑みを残し、凛は目を閉じた。
──だが。
ジェシカの内側には、
先ほどまでとはまるで違う力の奔流が満ちていた。
それを見たグラフは、低く鼻を鳴らす。
部屋の空気が、わずかに張り詰める。
「……行くぞ」
梟のもとへ向かうため、踵を返した。
──────────────
同時刻──船内。
アンディ、アルス、そしてクロードは、
装飾の施された通路を抜け、奥の個室へ入る。
向かい合う形で腰を下ろす三人。
沈黙を破ったのは、クロードだった。
「……俺、もう……人間じゃないんですよね。
それに……どうして、生かされたんですか……」
答えようとしたアルスを、
アンディが無言で制する。
「今回、俺はお前の父──
ミネルバ王国のギルドマスターから依頼を受けている」
「息子を、連れ戻してほしい……とな」
「……は……?」
乾いた声が漏れる。
アンディは煙草に火を灯し、ゆっくりと煙を吐いた。
「理解できんだろうな。
だが──お前の事情は関係ない」
そして静かに続ける。
「それだけじゃない。
ミネルバの国王からも、同じ言葉を受けている」
クロードの瞳が揺れる。
「……国は、変わった。
お前が逃げ出した“あの頃”とは違う」
沈黙。
俯いたまま、クロードは何も言えない。
「……この件が終われば、
グラフから直接聞け」
「……はい」
その返事は、かすかに震えていた。
──────────────
──居間。
グラフとジェシカは、梟と向かい合って座る。
「待たせたな」
「構わぬ。
この娘に剣を伝えればよいのだな」
「ああ。頼む」
「承知した」
梟は目を細め、ジェシカを見る。
しばらくしてゆっくりと立ち上がる。
「来なさい。
道場で示してやろう」
ジェシカは無言で頷き、グラフを見る。
「……行ってくるね、グラフ」
「ああ。
余計なことは考えるな。
お前は──真髄だけを考えておけばいい」
力強く頷き、ジェシカは歩き出す。
その背中が見えなくなるまで、グラフは黙って立ち尽くしていた。
やがて、歩き出した。




