11.嘘と虚無
登場人物
『ディヴァインリーパー』ミネルバ代表
ジェシカ グラフ アンディ アリス アルス
ホーリーエンブレム
ティレ・レ・フィセル
ギルマスの息子
クロード
出雲の国
長 長の娘
梟 凛
ジェシカの言葉に、クロードは反応できず、呼吸だけが荒れている。
焦点の定まらない目で、ただ彼女を見ている。
「……私の声、聞こえてる?」
「…………あ……ああ……」
何が起きたのか。
なぜ自分が“眷属”になったのか。
理解はまったく追いついていなかった。
その前に、グラフが立つ。
見下ろす影が、静かにクロードへ落ちた。
「……おい」
低い声。
クロードは足元から、ゆっくりと視線を上げる。
「……はい……」
「──“ジェシカの寵愛”。
それがどういう意味を持つか……お前は何も分かっていない」
「────だが」
「その話は……この件が片付いた後だ。
いいか。
これから先──お前の命は、ジェシカのためにあると思え」
「……分かったな」
「……はい……」
受け入れてはいない。
それでも、否定もできない。
その事実を、リーパーの四人だけが知る。
少し離れた場所で、
ジェシカは無言のままクロードを見つめている。
その肩に、そっと手を置くアンディ。
眼差しはどこか、静かに優しかった。
──その時。
奥の部屋の引き戸が開き、
一人の女性と、年配の男が姿を現す。
「クロ……!!」
女性は駆け寄り、クロードのそばで涙をこぼした。
「……無事で……よかった……」
やがて顔を上げ、四人へ向き直る。
そして──口元に手を当て、息を呑んだ。
「……あ、貴方は……」
「………」
グラフ、アルス、ジェシカ──
三人の視線が、一斉にアンディへ向く。
「な、何だよ……」
「……なんか、アンディのこと見てるよね」
ジェシカが、少し含みを持たせて言う。
その最中、女性は静かに語り出した。
「……このような時に、
再びお会いすることになるとは……思っておりませんでした」
独特の言葉遣い。
その声に、アンディの記憶がよみがえる。
「……あの時の……」
惨劇とは対照的な、静かな空気が流れた。
──────
「……それで。
なぜ、こちらにいらっしゃるのですか?」
問いに答えたのは、ジェシカだった。
ミネルバ王国からの正式な招待状を差し出す。
女性はそれを受け取り、丁寧に畳んで袂へ収める。
そして、真剣な眼差しで名乗った。
「失礼いたしました。
私は出雲国の長、“梟”の娘──
凛と申します」
深い一礼。
その後、アルスが口を開く。
「単刀直入に聞く。
俺たちが来た時、この国は何者かに襲われていた。
事情を聞かせてほしい。
それと……俺たちの目的も、聞いてほしい」
凛は隣の年配の男へ視線を送る。
「……ワシが話そう」
男は静かに名乗った。
「ワシが、この出雲の長──梟だ」
グラフが一歩前へ出る。
「アルス。
ここからは俺たちの話だ。いいな?」
アルスは黙って頷き、下がった。
「……それで。
これは一体、どういう事なんだ」
梟は眉を寄せ、息を吐く。
「……何から話すべきかの……。
まずは、座りなされ」
畳に腰を下ろす一同。
梟は腰の出雲刀を鞘ごと外し、脇へ置いた。
そして語り始める。
「ワシらは長く、この出雲を守ってきた。
外敵の侵入を防ぎ続けてきたのだ」
「だが三つの季節が巡る頃──
対岸の大陸から、多くの狂人どもが渡ってきた」
守人たちは応戦した。
そしてそれが、長く続いていた……
「だが……ある日。
一人の男が、この屋敷の真上に現れ──こう告げた」
『我、クロスリーパー。
この出雲、我が手に落ち──骸となれ』
その言葉に、アンディの指がわずかに動く。
だが、黙って聞き続けた。
「それからだ……。
“屍人”(しびと)が民や集落を襲い始めたのは」
「寒き季節から、暖かい今の季節に至るまで──
突如として姿を現し、これまで何度も繰り返され民は殺された」
梟は拳を強く握り、震えた。
「すべて……
あのクロスリーパーと名乗った男の仕業だと、
ワシらは考えている」
「…………」
重い空気の中、グラフが口を開こうとした──その瞬間。
アンディが手を伸ばし、制した。
「……俺が話す」
「……ふっ。そうかよ」
グラフは帽子を深くかぶり直す。
アンディは、まっすぐ梟を見据えた。
「……梟。
まず──お前たちの認識を、正す必要がある」
「何だと?」
アンディは静かに名を告げる。
「こいつはグラフ。
アルス。
そして、ジェシカ。
最後に、俺はアンディだ」
アンディは一拍置き、ゆっくりと口を開いた。
「──俺たちは。
さっきお前が口にした
“クロスリーパー”だ」
「な……に……!?」
梟の手が、反射的に動き
脇に置いた出雲刀を掴み、鞘が鳴る。
一瞬で抜刀──
切っ先が、アンディの喉元へ迫る。
──だが。
その刃を、素手で掴み止めた者がいた。
ジェシカだ。
遅れて、拳から血が伝い──
畳へ、一滴落ちる。
その瞬間。
先程まで自分の現実を知り、落ちていたクロードが、本能のまま血へ引き寄せられた。
滴を舐め、
さらに──ジェシカの拳へ。
止まらない。
それを見たジェシカは、静かに、自らの首筋をさらした。
紅く光るクロードの瞳。
視線が、首元へ吸い寄せられる。
そして──
衝動のまま、牙を突き立てた。
異様な姿のクロードに
梟の刃先が、わずかに震え、
凛の袂が静かに降りた。
─────────────
梟と凛の二人は、変わり果てたクロードの姿を前に何もできず、ただその光景を見つめることしかできなかった。
──だが。
そんな状況の中で、ジェシカだけは違った。
「うん、そんなに焦らなくて大丈夫……大丈夫だから……」
まるで子どもをあやすように、優しく声をかける。
その首元に牙を立て、鮮血を啜っているのはクロードだった。
────────
しばらくして、クロードは徐々に落ち着きを取り戻す。
紅く光っていた瞳は、元の青へと戻っていった。
そして、自分が置かれている状況に気づき、困惑の色を浮かべる。
ジェシカの首元からゆっくりと牙を抜く。
その瞬間、すぐ近くから女の優しく温かな声が聞こえた。
「……もう、大丈夫?」
声の方へ目を向けると、そこには微笑むジェシカの姿。
思わずクロードは距離を取った。
「うわっ! な、何だよ……なんで……」
一連の出来事を黙って見ていたグラフが、ゆっくりとクロードへ歩み寄り、目の前で立ち止まる。
「おい」
視界を覆う大きな影。
クロードが目線を上げると──
そこには、今にも怒りを爆発させそうなグラフが、鋭い眼差しで睨みつけていた。
次の瞬間、胸ぐらを掴まれ、そのまま自分と同じ高さまで持ち上げられる。
「お前……何をしたか分かっているのか……」
「な、何って……俺が何したって言うんだよ!」
「お前……ジェシカの血を……
それだけは……させないと……思っていた……
にも関わらず……」
グラフはクロードを睨むが目が泳いでる事に気づく。
「ちっ……この件が終わったら、色々教えてやる。覚悟しておけ」
そう言い捨てると、クロードを畳へ投げ落とし、ジェシカの方へ向き直る。
─────────
グラフはジェシカのもとへ歩み寄り、膝をつく。
「ジェシカ、大丈夫か?」
「あ、うん。でも結構……吸われたかな……あはは」
「結晶はあるか?」
「……あるけど、少し横になれば平気だと思う」
「分かった。少し待ってろ」
グラフは梟の方へ向き、声をかけた。
「すまないが、ジェシカを少し休ませたい」
その言葉に凛が応じた。
「では、私がお部屋へご案内いたします。
こちらへどうぞ」
「ああ、助かる」
血を吸われ、ぐったりしたジェシカを抱き上げようとしたグラフを、アンディが制した。
「俺がやる」
アンディの目が真剣だ……だが、目尻が光って見えた。
「……ふっ、そうかよ」
グラフは帽子の鍔を指で摘み、深くかぶる。
アンディはジェシカを静かに抱き上げ、凛の後に続いて歩き出した。
「グラフ、話を進めてくれ。頼む」
「ああ……ジェシカのこと、任せた」
二人は無言で視線を交わし、頷く。
そしてアンディは、居間を後にした。




