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紅月のクロスリーパー 〈血を武器に変える少女と世界の真実〉  作者: ルーツ
第三章 未開の地、出雲の国

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11.嘘と虚無

登場人物

『ディヴァインリーパー』ミネルバ代表

ジェシカ グラフ アンディ アリス アルス


ホーリーエンブレム

ティレ・レ・フィセル


ギルマスの息子

クロード


出雲の国

長  長の娘

梟  凛

ジェシカの言葉に、クロードは反応できず、呼吸だけが荒れている。

焦点の定まらない目で、ただ彼女を見ている。


「……私の声、聞こえてる?」


「…………あ……ああ……」


何が起きたのか。

なぜ自分が“眷属”になったのか。

理解はまったく追いついていなかった。


その前に、グラフが立つ。

見下ろす影が、静かにクロードへ落ちた。


「……おい」


低い声。


クロードは足元から、ゆっくりと視線を上げる。


「……はい……」


「──“ジェシカの寵愛”。

 それがどういう意味を持つか……お前は何も分かっていない」


「────だが」


「その話は……この件が片付いた後だ。

 いいか。

 これから先──お前の命は、ジェシカのためにあると思え」


「……分かったな」


「……はい……」


受け入れてはいない。

それでも、否定もできない。


その事実を、リーパーの四人だけが知る。


少し離れた場所で、

ジェシカは無言のままクロードを見つめている。


その肩に、そっと手を置くアンディ。

眼差しはどこか、静かに優しかった。


──その時。


奥の部屋の引き戸が開き、

一人の女性と、年配の男が姿を現す。


「クロ……!!」


女性は駆け寄り、クロードのそばで涙をこぼした。


「……無事で……よかった……」


やがて顔を上げ、四人へ向き直る。


そして──口元に手を当て、息を呑んだ。


「……あ、貴方は……」


「………」


グラフ、アルス、ジェシカ──

三人の視線が、一斉にアンディへ向く。


「な、何だよ……」


「……なんか、アンディのこと見てるよね」


ジェシカが、少し含みを持たせて言う。


その最中、女性は静かに語り出した。


「……このような時に、

 再びお会いすることになるとは……思っておりませんでした」


独特の言葉遣い。

その声に、アンディの記憶がよみがえる。


「……あの時の……」


惨劇とは対照的な、静かな空気が流れた。


──────


「……それで。

 なぜ、こちらにいらっしゃるのですか?」


問いに答えたのは、ジェシカだった。

ミネルバ王国からの正式な招待状を差し出す。


女性はそれを受け取り、丁寧に畳んで(たもと)へ収める。


そして、真剣な眼差しで名乗った。


「失礼いたしました。

 私は出雲国の長、“梟”の娘──

 凛と申します」


深い一礼。


その後、アルスが口を開く。


「単刀直入に聞く。

 俺たちが来た時、この国は何者かに襲われていた。

 事情を聞かせてほしい。

 それと……俺たちの目的も、聞いてほしい」


凛は隣の年配の男へ視線を送る。


「……ワシが話そう」


男は静かに名乗った。


「ワシが、この出雲の長──梟だ」


グラフが一歩前へ出る。


「アルス。

 ここからは俺たちの話だ。いいな?」


アルスは黙って頷き、下がった。


「……それで。

 これは一体、どういう事なんだ」


梟は眉を寄せ、息を吐く。


「……何から話すべきかの……。

 まずは、座りなされ」


畳に腰を下ろす一同。

梟は腰の出雲刀を鞘ごと外し、脇へ置いた。


そして語り始める。


「ワシらは長く、この出雲を守ってきた。

 外敵の侵入を防ぎ続けてきたのだ」


「だが三つの季節が巡る頃──

 対岸の大陸から、多くの狂人どもが渡ってきた」


守人たちは応戦した。

そしてそれが、長く続いていた……


「だが……ある日。

 一人の男が、この屋敷の真上に現れ──こう告げた」


『我、クロスリーパー。

 この出雲、我が手に落ち──骸となれ』


その言葉に、アンディの指がわずかに動く。

だが、黙って聞き続けた。


「それからだ……。

 “屍人”(しびと)が民や集落を襲い始めたのは」


「寒き季節から、暖かい今の季節に至るまで──

 突如として姿を現し、これまで何度も繰り返され民は殺された」


梟は拳を強く握り、震えた。


「すべて……

 あのクロスリーパーと名乗った男の仕業だと、

 ワシらは考えている」


「…………」


重い空気の中、グラフが口を開こうとした──その瞬間。


アンディが手を伸ばし、制した。


「……俺が話す」


「……ふっ。そうかよ」


グラフは帽子を深くかぶり直す。


アンディは、まっすぐ梟を見据えた。


「……梟。

 まず──お前たちの認識を、正す必要がある」


「何だと?」


アンディは静かに名を告げる。


「こいつはグラフ。

 アルス。

 そして、ジェシカ。

 最後に、俺はアンディだ」


アンディは一拍置き、ゆっくりと口を開いた。


「──俺たちは。

 さっきお前が口にした

 “クロスリーパー”だ」


「な……に……!?」


梟の手が、反射的に動き


脇に置いた出雲刀を掴み、鞘が鳴る。

一瞬で抜刀──


切っ先が、アンディの喉元へ迫る。


──だが。


その刃を、素手で掴み止めた者がいた。


ジェシカだ。


遅れて、拳から血が伝い──

畳へ、一滴落ちる。


その瞬間。


 先程まで自分の現実を知り、落ちていたクロードが、本能のまま血へ引き寄せられた。


滴を舐め、

さらに──ジェシカの拳へ。


止まらない。


 それを見たジェシカは、静かに、自らの首筋をさらした。


紅く光るクロードの瞳。

視線が、首元へ吸い寄せられる。


そして──


衝動のまま、牙を突き立てた。


異様な姿のクロードに

梟の刃先が、わずかに震え、

凛の袂が静かに降りた。


─────────────


梟と凛の二人は、変わり果てたクロードの姿を前に何もできず、ただその光景を見つめることしかできなかった。


──だが。


そんな状況の中で、ジェシカだけは違った。


「うん、そんなに焦らなくて大丈夫……大丈夫だから……」


まるで子どもをあやすように、優しく声をかける。


その首元に牙を立て、鮮血を啜っているのはクロードだった。


────────


しばらくして、クロードは徐々に落ち着きを取り戻す。

紅く光っていた瞳は、元の青へと戻っていった。


そして、自分が置かれている状況に気づき、困惑の色を浮かべる。


ジェシカの首元からゆっくりと牙を抜く。

その瞬間、すぐ近くから女の優しく温かな声が聞こえた。


「……もう、大丈夫?」


声の方へ目を向けると、そこには微笑むジェシカの姿。


思わずクロードは距離を取った。


「うわっ! な、何だよ……なんで……」


一連の出来事を黙って見ていたグラフが、ゆっくりとクロードへ歩み寄り、目の前で立ち止まる。


「おい」


視界を覆う大きな影。

クロードが目線を上げると──


そこには、今にも怒りを爆発させそうなグラフが、鋭い眼差しで睨みつけていた。


次の瞬間、胸ぐらを掴まれ、そのまま自分と同じ高さまで持ち上げられる。


「お前……何をしたか分かっているのか……」


「な、何って……俺が何したって言うんだよ!」


「お前……ジェシカの血を……

 それだけは……させないと……思っていた……

 にも関わらず……」


グラフはクロードを睨むが目が泳いでる事に気づく。


「ちっ……この件が終わったら、色々教えてやる。覚悟しておけ」


そう言い捨てると、クロードを畳へ投げ落とし、ジェシカの方へ向き直る。


─────────


グラフはジェシカのもとへ歩み寄り、膝をつく。


「ジェシカ、大丈夫か?」


「あ、うん。でも結構……吸われたかな……あはは」


「結晶はあるか?」


「……あるけど、少し横になれば平気だと思う」


「分かった。少し待ってろ」


グラフは梟の方へ向き、声をかけた。


「すまないが、ジェシカを少し休ませたい」


その言葉に凛が応じた。


「では、私がお部屋へご案内いたします。

 こちらへどうぞ」


「ああ、助かる」


血を吸われ、ぐったりしたジェシカを抱き上げようとしたグラフを、アンディが制した。


「俺がやる」


アンディの目が真剣だ……だが、目尻が光って見えた。


「……ふっ、そうかよ」


グラフは帽子の鍔を指で摘み、深くかぶる。


アンディはジェシカを静かに抱き上げ、凛の後に続いて歩き出した。


「グラフ、話を進めてくれ。頼む」


「ああ……ジェシカのこと、任せた」


二人は無言で視線を交わし、頷く。

そしてアンディは、居間を後にした。




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