19.決着。
登場人物
ディヴァインリーパー
ジェシカ グラフ アンディ アリス
ミネルバ王国
第二王女ソフィア 第一王女フェミル(現国王)
覚醒死者
魅惑のアリュール
割れた地面の奥から、赤黒い気配を纏いながらアリュールが姿を現した。
瓦礫を踏みしめながら、ゆっくりとジェシカの前まで歩み寄る。
一定の距離で足を止めると、アリュールは周囲を見渡した。
「ほぉ……お前達、なかなかやるな」
足元に転がる死体を見下ろし、喉の奥で笑う。
「四人とも息絶えさせるとは……くっくっ」
肩を震わせながら、愉快そうに目を細めた。
「それで、次は私という訳か。実に──面白い」
アリュールはゆっくりと顔を上げ、ジェシカと視線を合わせる。
「──っ!」
ジェシカの全身が凍りついた。
「くっ……な、何で!? 身体が……動かない……!」
指先一つ動かせない。
全身を見えない糸で拘束されたような感覚。
「ほぉ……耐え凌ぐか」
アリュールは感心したように笑う。
「私と目を合わせれば、普通は即座に傀儡になる」
一歩。
ゆっくりと距離を詰める。
「だが、お前は耐えた……それが何を意味するか、分かるか?」
また一歩。
ジェシカの額に汗が滲む。
「……くっくっ。実に、実に面白い奴だ」
身体が動かない。
意識では必死に抗っているのに、指一本すら反応しない。
アリュールはすぐ目の前まで来ると、指先でジェシカの顎を持ち上げ、無理矢理視線を合わせようとした。
(まずい……これ以上、目を見たら……!)
「や、やるしかない……!」
ジェシカは歯を食いしばる。
次の瞬間──身体解放。
溢れ出した力が邪視を強引に振りほどき、ジェシカは後方へ跳躍して距離を取った。
「……やはり、そうか」
アリュールは満足そうにニヤつく。
「お前たち、クロスリーパーだな」
どこか懐かしむように目を細めた。
「くっくっ……随分と久しぶりに見る」
その笑みが消えた瞬間。
アリュール自身も、身体解放を行った。
「……え?」
赤いオーラが全身を包み込み、髪が意思を持つかのように揺れ始める。
その姿を見た瞬間、ジェシカの脳裏にアンディの言葉が蘇った。
(血の使い過ぎ……身体解放を過剰に行えば、死者に変貌する……)
「まさか……自ら、なの……?」
「くっくく……そういう事だ」
アリュールは恍惚とした笑みを浮かべる。
だが、その瞳はどこか濁っていた。
歓喜しているはずなのに、壊れかけた人形のような不気味さがある。
「最初は恐れていたさ。死者に変貌する事をな」
アリュールは、自らの掌を見つめながら続ける。
「だが……身体解放を重ねる度、私は知ったのだよ」
赤黒いオーラが脈打つ。
「感情が昂り、全身が満たされる……男に抱かれる事よりも甘美で、何にも代え難い高揚感……!」
ジェシカの背筋に寒気が走る。
「私は気付いたのだ。解放を抑える事ではない……むしろ、解放し続ける事こそが最高なのだと!!」
言葉と同時に、赤いオーラが一気に膨れ上がる。
周囲の瓦礫が砕け、地面に亀裂が走った。
「……何を言っているの」
ジェシカは吐き捨てるように呟く。
「理解できない。お前は……壊れてる」
「くっくく……」
アリュールは首を傾げ、哀れむような視線を向ける。
「愛される事の意味を知れば、やがて憎しみに変わる」
赤黒い血が右腕へ集束していく。
「まだ未熟なお前には、私の境地など分かるまい。まぁいい……」
血が蠢く。
「お前は此処で死ぬ運命だ──ブラッディローズ」
だが、血の花びらは舞わなかった。
血が滲み、咲き、形を成す。
本来あるはずの“過程”が存在しない。
ただ、乾いた音と共に赤黒い剣が右手に現れただけだった。
(……違う)
ジェシカの胸に、小さな違和感が走る。
(あれは……ブラッディローズなんかじゃない!)
──確信。
同時に無意識に、言葉が零れた。
「……偽物」
空気が止まる。
アリュールの笑みが、ぴたりと消えた。
「……何、だと?」
低く掠れた声。
ジェシカは視線を逸らさない。
アリュールの目を真正面から見据え、はっきりと言い切った。
「お前のそれは、本物じゃない」
沈黙。
アリュールの頬が、微かに引き攣る。
「……今、何と言った?」
一歩。
地面が軋んだ。
「ブラッディローズを真似ただけ。お前の剣には、“意思”がない」
その瞬間だった。──地面が爆ぜる。
アリュールが凄まじい速度で距離を詰め、殺意そのままに斬撃を振り下ろした。
……だが。
身体解放状態のジェシカの目には、その全てが見えていた。
背から二振りのロングソードを引き抜き、紙一重で回避する。
剣閃が空を裂く。
「──ッ!! お前ぇぇ!!」
先程までの余裕は消え失せ、アリュールの顔には剥き出しの敵意が張り付いていた。
距離を取ったアリュールは、剣を円を描くように振るう。
瞬く間に虚空から、無数の赤黒い剣が現れた。
ジェシカは反射的に身構える。
ニヤリと笑うアリュールが剣を振り下ろすと同時に、無数の剣が一斉に襲いかかった。
一本。
また一本。
休む間もなく迫る連撃。
捌き、避け、凌ぐ。
だが、数が違う。
圧が違う。
(くっ……このままじゃ、捌き切れない)
ジェシカは一瞬で判断する。
背のロングソードを静かに納め、口を開いた。
「──ブラッディローズ」
その言葉と同時に。
血の薔薇の花びらが、両手からふわりと舞った。
甘美で。
残酷で。
圧倒的な存在感。
血の花弁が空間を支配し、ジェシカの手には──真紅の剣が握られていた。
迫り来る赤黒い剣を、たった一閃。
すべてが斬り払われ、灰となって消滅する。
「──これがブラッディローズだよ」
ジェシカは静かに剣先をアリュールに向けた。
真紅の花弁が舞う。
その中心に立つジェシカの姿は、美しく──そして圧倒的に“本物”だった。
それを見た瞬間。
アリュールの顔が、嫉妬と敵意で醜く歪む。
「ァァァアアアア!!」
言葉にならない咆哮を上げ、獣のように突進した。
さすがは四代厄災の一人。
一撃一撃の威力は、これまでとは桁が違う。
──だが。
ジェシカは全てを受け止め、押し返していた。
力でも。
技でも。
意志でも。
完全に──圧倒していた。
「クソ虫がぁぁぁぁあああ!!」
血走った目。
裂けた口。
逆立つ髪。
怒髪天を突くアリュールは、咆哮と共に空高く跳び上がった。
「はぁ……はぁ……これで……終わりだ……!」
三日月を背負い、アリュールは両腕を天へ掲げる。
両手から赤黒い血が滝のように溢れ出し、空中で絡まり、圧縮されていく。
やがてそれは、巨大な血の大剣へと姿を変えた。
常識外れの質量。
禍々しい圧。
空そのものが沈み込むような威圧感。
だが──その瞬間こそが最大の隙だった。
ジェシカの瞳が鋭く光る。
アリスから教わった融合アルカナ。
「ブラッディストライク!!」
血の斬撃が空を裂いた。
飛翔する真紅の刃。
見たこともない軌道。
理解不能な威力。
アリュールは一瞬だけ怯む。
その一瞬で十分だった。
ズン、と鈍い音が響く。
左腕が宙を舞った。
「おのれ……──左腕くらい、捨ててやる」
切断面から血が噴き上がる。
だが、既に遅い。
アリュールの右手には、完成した血の大剣が握られていた。
「くっ……くっくっ……」
理性は消え失せている。
残っているのは、歪んだ執念だけ。
「これで……お前は終わりだよ……死ねぇぇぇぇ!!」
絶叫と共に、巨大な血の大剣を振り下ろそうとする。
夜空を覆うほどの質量。
禍々しい血の奔流が、ジェシカへ迫る。
勝った。
アリュールは確信していた。
──だが。
ジェシカは、剣を構えていなかった。
逃げもしない。
ただ静かに、その場で目を閉じていた。
「……何?」
アリュールの表情が僅かに歪む。
真紅の花弁が、一枚。
また一枚。
静かに夜空へ舞い始める。
空気が変わる。
いや、“世界”そのものが塗り替わっていく。
本能が警鐘を鳴らした。
まずい。
だが、もう止まれない。
──────────────
「スカーレットローズ」
──────────────
真紅の花弁が空間を埋め尽くす。
一振り。
鎌が、一度だけ振られた。
アリュールの視界は二つに裂け、身体もまた断ち切られる。
右腕は粉砕され、血の大剣は形を保てず崩壊した。
引き裂かれた身体が、夜空から無力に落下していく。
絶命する寸前。
アリュールの瞳に映ったのは──
青白いオーラを纏い。
黄金に輝く鎌を手に。
青白く揺れる髪。
紅く輝く瞳。
背に広がる真紅の羽根。
あまりにも美しく。
あまりにも残酷で。
あまりにも──神に近い存在。
初代マリアを彷彿とさせる、
“死を司る者”の姿をしたジェシカだった。
「……初代マリア……そ、そう言う……事だったのか……」
その言葉を最後に。
魅惑のアリュールは──静かに息絶えた。
◇◇◇
夜風だけが、静かに吹いていた。
崩れた瓦礫。
抉れた大地。
裂けた空気。
激戦の痕跡だけが、その場に残されている。
その中心で。
ジェシカは、三日月を背に静かに空を舞っていた。
真紅の羽根が夜風に揺れる。
「……ふぅ」
小さく息を吐く。
全身から力が抜けていく感覚。
「久しぶりのスカーレットローズに、全力解放……」
苦笑混じりに呟く。
「ちょっと、無茶しすぎたかな……」
身体の奥が焼けるように熱い。
長時間の身体解放。
そして、融合アルカナとの同時使用。
負荷は想像以上だった。
それでも──
「……でも」
ジェシカは静かに視線を落とす。
足元には、完全に息絶えたアリュールの亡骸。
先程まで放っていた禍々しさは、もうどこにもない。
そこにあるのは、ただの屍だった。
「……終わったんだ」
ぽつりと零す。
長かった戦い。
四代厄災という化け物。
一歩間違えれば、自分が死んでいた。
だが勝った。
仲間達が繋いでくれた命で、自分はここに立っている。
ジェシカはゆっくりと地面へ降り立つ。
着地と同時に、真紅の羽根が粒子となって消えていった。
スカーレットローズ解除。
遅れて、全身に重い疲労が押し寄せる。
「っ……ぁ……」
膝が揺れる。
それでも倒れず、アリュールの亡骸へ歩み寄った。
しゃがみ込み、そっと血へ手をかざす。
「……グラフのおかげ、だよね」
小さく笑う。
もし彼がいなければ。
もし皆が繋いでくれなければ。
自分はここまで辿り着けなかった。
「ありがとう……みんな」
静かな感謝。
そしてジェシカの掌から淡い光が溢れる。
「──分解アルカナ」
アリュールの血がゆっくりと形を失っていく。
赤黒い血液は、まるで意思を失ったように崩れ、濁った闇を孕んだ雫へと変質していった。
“四代厄災のダークマター”
強大な存在が完全に滅びた証。
禍々しいのに、不思議と静かな物質。
ジェシカはそれを掌へ収束させる。
「……よし」
小さく頷いた。
「これをアルスさんに渡せば……また、進化してくれるんだよね」
武器の未来。
自分達の未来。
そして、これから先に待つ戦い。
ジェシカは静かに夜空を見上げた。
三日月が、淡く輝いている。
「……帰ろう」
仲間達の待つ場所へ。
ジェシカは静かに歩き出す。
こうして──
ミネルバ王国より下された討伐依頼、
**『魅惑のアリュール討伐』**は、
完全勝利という形で幕を閉じた。




