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紅月のクロスリーパー   作者: ルーツ
第二章 新たなる旅立ち

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39/125

19.決着。

登場人物


ディヴァインリーパー

ジェシカ グラフ アンディ アリス


ミネルバ王国         

第二王女ソフィア  第一王女フェミル(現国王)


覚醒死者      

魅惑のアリュール  

割れた地面の奥から、赤黒い気配を纏いながらアリュールが姿を現した。

瓦礫を踏みしめながら、ゆっくりとジェシカの前まで歩み寄る。

一定の距離で足を止めると、アリュールは周囲を見渡した。


「ほぉ……お前達、なかなかやるな」


足元に転がる死体を見下ろし、喉の奥で笑う。


「四人とも息絶えさせるとは……くっくっ」


肩を震わせながら、愉快そうに目を細めた。


「それで、次は私という訳か。実に──面白い」


アリュールはゆっくりと顔を上げ、ジェシカと視線を合わせる。


「──っ!」


ジェシカの全身が凍りついた。


「くっ……な、何で!? 身体が……動かない……!」


指先一つ動かせない。

全身を見えない糸で拘束されたような感覚。


「ほぉ……耐え凌ぐか」


アリュールは感心したように笑う。


「私と目を合わせれば、普通は即座に傀儡になる」


一歩。


ゆっくりと距離を詰める。


「だが、お前は耐えた……それが何を意味するか、分かるか?」


また一歩。


ジェシカの額に汗が滲む。


「……くっくっ。実に、実に面白い奴だ」


身体が動かない。

意識では必死に抗っているのに、指一本すら反応しない。

アリュールはすぐ目の前まで来ると、指先でジェシカの顎を持ち上げ、無理矢理視線を合わせようとした。


(まずい……これ以上、目を見たら……!)

「や、やるしかない……!」


ジェシカは歯を食いしばる。


次の瞬間──身体解放。


溢れ出した力が邪視を強引に振りほどき、ジェシカは後方へ跳躍して距離を取った。


「……やはり、そうか」


アリュールは満足そうにニヤつく。


「お前たち、クロスリーパーだな」


どこか懐かしむように目を細めた。


「くっくっ……随分と久しぶりに見る」


その笑みが消えた瞬間。

アリュール自身も、身体解放を行った。


「……え?」


赤いオーラが全身を包み込み、髪が意思を持つかのように揺れ始める。

その姿を見た瞬間、ジェシカの脳裏にアンディの言葉が蘇った。


(血の使い過ぎ……身体解放を過剰に行えば、死者に変貌する……)


「まさか……自ら、なの……?」

「くっくく……そういう事だ」


アリュールは恍惚とした笑みを浮かべる。

だが、その瞳はどこか濁っていた。

歓喜しているはずなのに、壊れかけた人形のような不気味さがある。


「最初は恐れていたさ。死者に変貌する事をな」


アリュールは、自らの掌を見つめながら続ける。


「だが……身体解放を重ねる度、私は知ったのだよ」


赤黒いオーラが脈打つ。


「感情が昂り、全身が満たされる……男に抱かれる事よりも甘美で、何にも代え難い高揚感……!」


ジェシカの背筋に寒気が走る。


「私は気付いたのだ。解放を抑える事ではない……むしろ、解放し続ける事こそが最高なのだと!!」


言葉と同時に、赤いオーラが一気に膨れ上がる。

周囲の瓦礫が砕け、地面に亀裂が走った。


「……何を言っているの」


ジェシカは吐き捨てるように呟く。


「理解できない。お前は……壊れてる」

「くっくく……」


アリュールは首を傾げ、哀れむような視線を向ける。


「愛される事の意味を知れば、やがて憎しみに変わる」


赤黒い血が右腕へ集束していく。


「まだ未熟なお前には、私の境地など分かるまい。まぁいい……」


血が蠢く。


「お前は此処で死ぬ運命だ──ブラッディローズ」


だが、血の花びらは舞わなかった。


血が滲み、咲き、形を成す。

本来あるはずの“過程”が存在しない。

ただ、乾いた音と共に赤黒い剣が右手に現れただけだった。


(……違う)


ジェシカの胸に、小さな違和感が走る。


(あれは……ブラッディローズなんかじゃない!)


──確信。


同時に無意識に、言葉が零れた。


「……偽物」


空気が止まる。

アリュールの笑みが、ぴたりと消えた。


「……何、だと?」


低く掠れた声。

ジェシカは視線を逸らさない。

アリュールの目を真正面から見据え、はっきりと言い切った。


「お前のそれは、本物じゃない」


沈黙。


アリュールの頬が、微かに引き攣る。


「……今、何と言った?」


一歩。


地面が軋んだ。


「ブラッディローズを真似ただけ。お前の剣には、“意思”がない」


その瞬間だった。──地面が爆ぜる。

アリュールが凄まじい速度で距離を詰め、殺意そのままに斬撃を振り下ろした。


……だが。


身体解放状態のジェシカの目には、その全てが見えていた。

背から二振りのロングソードを引き抜き、紙一重で回避する。


剣閃が空を裂く。


「──ッ!! お前ぇぇ!!」


先程までの余裕は消え失せ、アリュールの顔には剥き出しの敵意が張り付いていた。

距離を取ったアリュールは、剣を円を描くように振るう。


瞬く間に虚空から、無数の赤黒い剣が現れた。


ジェシカは反射的に身構える。


ニヤリと笑うアリュールが剣を振り下ろすと同時に、無数の剣が一斉に襲いかかった。


一本。


また一本。


休む間もなく迫る連撃。


捌き、避け、凌ぐ。


だが、数が違う。

圧が違う。


(くっ……このままじゃ、捌き切れない)


ジェシカは一瞬で判断する。

背のロングソードを静かに納め、口を開いた。


「──ブラッディローズ」


その言葉と同時に。


血の薔薇の花びらが、両手からふわりと舞った。


甘美で。


残酷で。


圧倒的な存在感。


血の花弁が空間を支配し、ジェシカの手には──真紅の剣が握られていた。


迫り来る赤黒い剣を、たった一閃。

すべてが斬り払われ、灰となって消滅する。


「──これがブラッディローズだよ」


ジェシカは静かに剣先をアリュールに向けた。


真紅の花弁が舞う。


その中心に立つジェシカの姿は、美しく──そして圧倒的に“本物”だった。


それを見た瞬間。

アリュールの顔が、嫉妬と敵意で醜く歪む。


「ァァァアアアア!!」


言葉にならない咆哮を上げ、獣のように突進した。


さすがは四代厄災の一人。

一撃一撃の威力は、これまでとは桁が違う。


──だが。

ジェシカは全てを受け止め、押し返していた。


力でも。


技でも。


意志でも。


完全に──圧倒していた。


「クソ虫がぁぁぁぁあああ!!」


血走った目。


裂けた口。


逆立つ髪。


怒髪天を突くアリュールは、咆哮と共に空高く跳び上がった。


「はぁ……はぁ……これで……終わりだ……!」


三日月を背負い、アリュールは両腕を天へ掲げる。

両手から赤黒い血が滝のように溢れ出し、空中で絡まり、圧縮されていく。


やがてそれは、巨大な血の大剣へと姿を変えた。


常識外れの質量。


禍々しい圧。


空そのものが沈み込むような威圧感。


だが──その瞬間こそが最大の隙だった。

ジェシカの瞳が鋭く光る。

アリスから教わった融合アルカナ。


「ブラッディストライク!!」


血の斬撃が空を裂いた。


飛翔する真紅の刃。


見たこともない軌道。

理解不能な威力。


アリュールは一瞬だけ怯む。


その一瞬で十分だった。


ズン、と鈍い音が響く。


左腕が宙を舞った。


「おのれ……──左腕くらい、捨ててやる」


切断面から血が噴き上がる。

だが、既に遅い。

アリュールの右手には、完成した血の大剣が握られていた。


「くっ……くっくっ……」


理性は消え失せている。


残っているのは、歪んだ執念だけ。


「これで……お前は終わりだよ……死ねぇぇぇぇ!!」


絶叫と共に、巨大な血の大剣を振り下ろそうとする。


夜空を覆うほどの質量。


禍々しい血の奔流が、ジェシカへ迫る。


勝った。


アリュールは確信していた。


──だが。


ジェシカは、剣を構えていなかった。


逃げもしない。


ただ静かに、その場で目を閉じていた。


「……何?」


アリュールの表情が僅かに歪む。


真紅の花弁が、一枚。


また一枚。


静かに夜空へ舞い始める。


空気が変わる。


いや、“世界”そのものが塗り替わっていく。


本能が警鐘を鳴らした。


まずい。


だが、もう止まれない。


──────────────


「スカーレットローズ」


──────────────


真紅の花弁が空間を埋め尽くす。


一振り。


鎌が、一度だけ振られた。


アリュールの視界は二つに裂け、身体もまた断ち切られる。


右腕は粉砕され、血の大剣は形を保てず崩壊した。


引き裂かれた身体が、夜空から無力に落下していく。


絶命する寸前。


アリュールの瞳に映ったのは──


青白いオーラを纏い。


黄金に輝く鎌を手に。


青白く揺れる髪。


紅く輝く瞳。


背に広がる真紅の羽根。


あまりにも美しく。


あまりにも残酷で。


あまりにも──神に近い存在。


初代マリアを彷彿とさせる、

“死を司る者”の姿をしたジェシカだった。


「……初代マリア……そ、そう言う……事だったのか……」


その言葉を最後に。


魅惑のアリュールは──静かに息絶えた。


          ◇◇◇


夜風だけが、静かに吹いていた。


崩れた瓦礫。

抉れた大地。

裂けた空気。


激戦の痕跡だけが、その場に残されている。


その中心で。


ジェシカは、三日月を背に静かに空を舞っていた。


真紅の羽根が夜風に揺れる。


「……ふぅ」


小さく息を吐く。


全身から力が抜けていく感覚。


「久しぶりのスカーレットローズに、全力解放……」


苦笑混じりに呟く。


「ちょっと、無茶しすぎたかな……」


身体の奥が焼けるように熱い。

長時間の身体解放。

そして、融合アルカナとの同時使用。

負荷は想像以上だった。


それでも──


「……でも」


ジェシカは静かに視線を落とす。

足元には、完全に息絶えたアリュールの亡骸。

先程まで放っていた禍々しさは、もうどこにもない。

そこにあるのは、ただの屍だった。


「……終わったんだ」


ぽつりと零す。


長かった戦い。


四代厄災という化け物。


一歩間違えれば、自分が死んでいた。


だが勝った。


仲間達が繋いでくれた命で、自分はここに立っている。


ジェシカはゆっくりと地面へ降り立つ。


着地と同時に、真紅の羽根が粒子となって消えていった。


スカーレットローズ解除。


遅れて、全身に重い疲労が押し寄せる。


「っ……ぁ……」


膝が揺れる。

それでも倒れず、アリュールの亡骸へ歩み寄った。


しゃがみ込み、そっと血へ手をかざす。


「……グラフのおかげ、だよね」


小さく笑う。


もし彼がいなければ。


もし皆が繋いでくれなければ。


自分はここまで辿り着けなかった。


「ありがとう……みんな」


静かな感謝。


そしてジェシカの掌から淡い光が溢れる。


「──分解アルカナ」


アリュールの血がゆっくりと形を失っていく。

赤黒い血液は、まるで意思を失ったように崩れ、濁った闇を孕んだ雫へと変質していった。


“四代厄災のダークマター”


強大な存在が完全に滅びた証。


禍々しいのに、不思議と静かな物質。


ジェシカはそれを掌へ収束させる。


「……よし」


小さく頷いた。


「これをアルスさんに渡せば……また、進化してくれるんだよね」


武器の未来。


自分達の未来。


そして、これから先に待つ戦い。


ジェシカは静かに夜空を見上げた。


三日月が、淡く輝いている。


「……帰ろう」


仲間達の待つ場所へ。


ジェシカは静かに歩き出す。


こうして──


ミネルバ王国より下された討伐依頼、


**『魅惑のアリュール討伐』**は、


完全勝利という形で幕を閉じた。

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