19.決着。
登場人物
ディヴァインリーパー
ジェシカ グラフ アンディ アリス
ミネルバ王国
第二王女ソフィア 第一王女フェミル(現国王)
覚醒死者
魅惑のアリュール
割れた地面の奥から、赤黒い気配を纏いながらアリュールが姿を現した。
瓦礫を踏みしめ、ジェシカの前までゆっくりと歩み寄り、一定の距離で足を止める。
「ほぉ……お前達、なかなかやるな。四人とも息絶えさせるとは……」
肩を小刻みに震わせ、喉の奥で笑う。
「くっくっ……それで、次は私という訳か。実に──面白い」
アリュールは顔を上げ、ジェシカと目を合わせた。
「──っ!」
全身が強張る。
「くっ……な、何で!? 身体が……動かない……!」
「ほお……耐え凌ぐか」
愉しげに目を細めるアリュール。
「私と目を合わせれば、普通は即座に傀儡になる。だが、お前は耐えた……」
「それが何を意味するか、分かるか?」
一歩、また一歩と距離を詰める。
「……くっくっ。実に、実に面白い奴だ」
ジェシカは必死に身体を動かそうとするが、意識とは裏腹に指一本動かない。
アリュールはすぐ目の前まで来ると、指先でジェシカの顎に触れ、無理矢理顔を上げさせた。
(まずい……これ以上、目を見たら……!)
隠していた切り札。
だが、使わなければ──死ぬ。
「……っ!」
ジェシカは歯を食いしばり、身体解放を発動。
拘束を強引に振りほどき、後方へ跳躍して距離を取った。
「……やはり、そうか」
アリュールは満足そうに頷く。
「お前、クロスリーパーだな。くっくっ……懐かしい」
「随分と久しぶりに見る」
次の瞬間──
アリュール自身も、身体解放を行った。
「……え?」
赤いオーラが全身を包み込み、髪が意思を持つかのように揺れる。
その姿を見た瞬間、ジェシカの脳裏にアンディの言葉が蘇った。
(血の使い過ぎ……身体解放を過剰に行えば、悪魔に変貌する……)
「まさか……自ら、なの……?」
「くっくく……そういう事だ」
アリュールは恍惚とした表情を浮かべる。
「お前も分かるだろう? 身体解放をすると、感情が昂る」
「“抱かれる事よりも”気持ち良く、何とも言えない感覚に包まれる……」
ジェシカの背筋に寒気が走る。
「私は、ある時気付いたのだよ」
「解放を抑える事ではない……解放し続ける事こそが、最高なのだと!!」
「……何を言っているの」
ジェシカは吐き捨てるように言った。
「理解できない。お前は……何を言っているの……!」
「くっくく……」
アリュールは首を傾げ、哀れむような視線を向ける。
「人に愛される事の意味を知る……それが憎しみへと……」
「まだ未熟なお前には、私の境地など分かるまい」
「まぁいい……」
赤いオーラが一段と濃くなる。
「お前は此処で死ぬ運命だ」
「──ブラッディローズ」
アリュールがそう口にした瞬間。
血の花弁は舞わなかった。
血が滲み、咲き、形を成すはずの過程もない。
ただ──シュッと乾いた音と共に、右手に赤黒い剣が現れただけだった。
(……?)
ジェシカの胸に、微かな引っ掛かりが走る。
(……違う)
無意識に、言葉が零れ落ちた。
「……偽物」
その一言で、空気が凍りついた。
「……何、だと?」
アリュールの表情が、明らかに歪む。
「今……何と言った……?」
ジェシカは視線を逸らさない。
アリュールの“目”を真正面から射抜き、はっきりと言い切った。
「お前のそれは──偽物だ」
次の瞬間。
地面が爆ぜるように崩れ、アリュールが一気に距離を詰めてきた。
殺意を剥き出しにした斬撃が、一直線に振り下ろされる。
……だが。
身体解放状態のジェシカの目には、すべてが“見えていた”。
背から二振りのロングソードを引き抜き、紙一重で回避。
剣閃が空を裂く。
「──ッ!! お前ぇぇ!!」
先程までの余裕は消え失せ、
アリュールの顔には、剥き出しの敵意が張り付いていた。
距離を取り、剣先を下げる。
円を描くように刃を回した瞬間──
虚空から、無数の剣が現れた。
「……!」
ジェシカは身構える。
次の瞬間、
アリュールが剣を振り上げると同時に、複数の剣が一斉に襲いかかってきた。
一本、また一本。
息をつく間もなく続く連撃。
捌き、避け、凌ぐ──
だが、数が違う。圧が違う。
(……このままじゃ、捌き切れない)
ジェシカは一瞬で判断した。
背のロングソードを納め、静かに──しかし確かに、口を開く。
「……ブラッディローズ」
次の瞬間。
血の薔薇が、ふわりと舞った。
甘美で、残酷で、圧倒的な存在感。
血の花弁が空間を支配し、ジェシカの手には──真紅の剣が握られていた。
迫り来る剣を、たった一閃。
すべてが斬り払われ、灰と化して消える。
「──これが」
ジェシカは剣を構え、静かに告げる。
「ブラッディローズだよ」
血の花弁が舞い、
真紅の剣を携えたジェシカが、そこに立っていた。
美しく──そして、圧倒的に“本物”。
それを見た瞬間、
アリュールの顔は、敵意と嫉妬が混ざり合った醜い表情へと歪んだ。
言葉にならない叫びを上げ、獣のように突進する。
さすがは、四代厄災の一人。
一撃一撃の威力は、これまでとは桁が違う。
──だが。
ジェシカは、すべてを受け止め、押し返していた。
力でも、技でも、意志でも。完全に──圧倒していた。
「クソ虫がぁぁぁぁあああ!!」
血走った目。
裂けた口。
逆立つ髪。
怒髪天を突くアリュールは、咆哮と共に空高く跳び上がり──
夜空に、浮かび上がった。
────。
「はぁ……はぁ……これで……終わりだ……!」
雲一つない星空。
凍るように澄んだ夜気。
三日月を背負い、アリュールは両腕を天へ掲げる。
次の瞬間。
両手から、赤黒い血が滝のように溢れ出し、
空中でうねり、絡まり、圧縮され──
巨大な血の大剣へと姿を変えた。
常識外れの質量。
禍々しい圧。
──だが。
その瞬間こそが、最大の隙だった。
ジェシカの瞳が鋭く光る。
アリスから教わった“融合アルカナ”。
「ブラッディストライク!!」
血の斬撃が、空を裂いた。
飛翔する血の刃。
見たこともない軌道、理解不能な威力。
アリュールは一瞬、怯んだ。
その一瞬で、十分だった。
ズン、と鈍い音。
左腕が、宙を舞った。
「──ッ!?」
切断された腕から、血が噴き上がる。
だが、既に遅い。
アリュールの右手には、完成した血の大剣。
この一撃で、すべてを終わらせる覚悟。
「くっ……くっくっ……」
理性は消え失せ、残っているのは歪んだ執念だけ。
「これで……お前は終わりだよ……」
「死ねぇぇぇぇ!!」
絶叫と共に、血の大剣を振り下ろそうとする──
その時。
ジェシカは、剣を構えなかった。
ただ、静かに── 目を、閉じた。
「スカーレットローズ」
───
音が消え、世界が、止まった。
次の瞬間。
アリュールの身体は──真っ二つに裂けた。
右腕は粉砕され、
血の大剣は形を保てず、ただの血液へと崩れ落ちる。
引き裂かれた二つの身体は、
夜空から──無力に、地へ落下していった。
その瞬間──
アリュールの瞳に映ったのは……
黄金に輝く鎌を手に。
青白く揺れる髪。
紅く輝く瞳。
背に広がる、真紅の羽根。
あまりにも美しく、
あまりにも残酷で、
あまりにも──神に近い存在。
初代マリアを彷彿とさせる、
“死を司る者”の姿をしたジェシカだった。
「……そ、そう言う……事だったのか……」
その言葉を最後に。
魅惑のアリュールは──
静かに、息絶えた。
夜風だけが、静かに吹いていた。
戦いの痕跡は、もうどこにもない。
ただ一人、三日月を背にジェシカは空を舞っていた……。
「……ふぅ」
静かに息を吐き、ジェシカは肩の力を抜いた。
「久しぶりのスカーレットローズに、全力解放……」
「ちょっと、無茶しすぎたかな……でも」
足元には、完全に息絶えた
魅惑のアリュールの亡骸。
その禍々しさはもう失われ、ただの屍として横たわっていた。
「……グラフのおかげ、だよね」
そう呟きながら、ジェシカは膝をつき、アリュールの血に手をかざす。
分解アルカナ。
血はその場で形を失い、
濁った闇を孕んだ雫へと変質していく。
"四代厄災のダークマター"(悪魔の雫)。
強大な存在が完全に滅びた証。
「……よし」
掌の中で揺れるそれを見つめ、ジェシカは小さく笑った。
「これをアルスさんに渡せば……」
「また、進化してくれるんだよね」
剣の未来。
そして、自分自身の未来。
それらを静かに思い描きながら、ジェシカは立ち上がった。
こうして──
ミネルバ王国より下された討伐依頼
**『魅惑のアリュール討伐』**は、
完全勝利という形で、幕を閉した。




