18.マナと進化
登場人物
ディヴァインリーパー
ジェシカ グラフ アンディ アリス
ミネルバ王国
第二王女ソフィア 第一王女フェミル(現国王)
覚醒死者
魅惑のアリュール
ジェシカは、目の前に立つ魅惑のアリュールと対峙していた。
──少し前。
グラフは、ジェシカと会話していたもう一匹の覚醒者をアリュールから引き離すため、単独行動に出ていた。
「勢いよく離れたのはいいが……」
周囲を警戒しつつ、グラフはアリュールのいる方向へと歩を進める。
どうやら“あちら側”も、二手に分かれたことを察知したらしい。
もう一匹の覚醒者が、真っ直ぐこちらへ向かって来ていた。
「……ふっ、ありがたい」
グラフは足を止め、相手が来るのを待った。
その瞬間──遠方で、一瞬の閃光が走った。
「──なっ!?」
鋭い何かが、グラフ目掛けて放たれる。
咄嗟に身を捻り回避したものの、完全には避けきれず、頬が裂けた。
「……今のは……」
いつ次が来るか分からない。
緊迫した空気の中、グラフは周囲へ視線を巡らせる。
そして、壁に突き刺さった“それ”を見つけた。
血で形作られた矢──。
「なるほどな……弓使い、か。
厄介だぜ」
頼れるのは、わずかな物音と心音のみ。
下手に距離を詰めれば、射抜かれるのは自分だ。
グラフは足元の石をいくつか拾い上げ、「位置は分かっている」と示すように、物陰へ向けて投げつけた。
「ははっ、何だ。バレてたか。
やっぱり襲うなら、最初の一撃で仕留めなきゃ意味ないよね」
声と共に、物陰から一人の女が姿を現す。
手には弓、そして右手には血で作られた矢。
「それで?
私と殺り合うつもりかい、アンタ」
「ふっ……よく喋る覚醒者だな。
ああ、そうだ。ここで──お前をぶっ殺す」
「はっ! 面白い!
やれるもんなら、やってみな!」
グラフは帽子を深く被り、右手に力を込めた。
「ブラッディローズ」
血が形を成し、両手斧となる。
グラフはそれを握り締め、一気に距離を詰めにかかった。
だが、遠距離戦に特化した弓使いは、決して間合いを許さない。
矢を放ちつつ、常に優位な距離を保ち続ける。
「ほらほら、全然来れないね!
どうする? 考えないと!」
「……つくづく、よく喋る奴だ」
グラフは斧を構えたまま、再び踏み込む。
しかしその度に矢が飛び、距離は詰まらない。
膠着状態が続いた、その時。
グラフは、斧を覚醒者へ向けて全力で投げ放った。
「──っ!」
弓使いは体勢を崩すことなく跳躍し、宙で回避。
そのまま弓を引き絞り、迫るグラフの胸へ狙いを定める。
放たれた矢は、心臓のすぐ傍を射抜き、壁へ深く突き刺さった。
同時に、グラフは膝をつく。
口から血を吐き、傷口から溢れる血が床を染め、瞬く間に血の海が広がった。
「あはは!
だから言ったじゃないか。安易な真似をすると、足元を掬われるってさ!」
勝利を確信した弓使いは、身動きの取れないグラフへ歩み寄る。
腰から短剣を抜き、止めを刺そうと腕を振り上げた。
その瞬間。
グラフの左手が、彼女の腕を掴み、動きを止めた。
「なっ!?ば、馬鹿な……!?は、離せ!!」
さきほどまで瀕死だったはずの男は、立ち上がっていた。
傷は塞がり、瞳には確かな力が宿っている。
血に濡れたグラフは、静かに彼女を見据えていた。
足元に溢れた大量の血が蠢き、瞬く間に形を成す。
グラフはそれを掴み取り、右手に両手斧を作り上げた。
左手で掴んでいる覚醒者を強引に引き寄せ、その勢いのまま……
両手斧を薙ぎ払った。
胴体を真っ二つにする、渾身の一撃。
だが覚醒者も、最後の力を振り絞って抵抗する。
致命傷は免れたものの、避けきれなかった代償として、両腕が宙を舞った。
「はぁ……はぁ……はぁ……。
な、何だ……一体……何が起こった……」
その姿を見下ろし、グラフは口元をニヤリと歪める。
両手斧を握り直し、一気に勝負を決めにいった。
ブンッ、ブンッ──。
唸りを上げて斧を振り回し、グラフは高く跳躍する。
そして。
覚醒者目掛け、叩きつけるように振り下ろした。
──。
避けたつもりだった……。
だが、右肩から左腰にかけて深々と斬り裂かれ、鮮血が噴き出す。
内臓が地面へと零れ落ち、覚醒者は膝をついた。
「ち……ちくしょー!!
何なんだ……お前は……何をした!!」
グラフはゆっくりと歩み寄り、足を止める。
「……これだ」
そう言って、胸ポケットから紅い血の結晶を取り出した。
「お前たちには……これが何か、分からないだろうな」
覚醒者は、瀕死にも関わらず、その結晶から目を離せずにいた。
「そ……それは……
“マナ”……なのか……?」
「……マナ?」
グラフが問い返す前に、覚醒者は力尽きたように崩れ落ちた。
「おい。質問に答えろ」
反応はない……
息絶える寸前だ……。
一瞬、逡巡した後。
グラフは違和感を拭えないまま、その結晶を覚醒者の口へ含ませ、無理やり飲み込ませた。
「──!!」
次の瞬間。
虫の息だった覚醒者は、目を見開き、完全に回復していた。
「はっ……ははっ!!馬鹿な奴だよ!」
覚醒者は狂ったように笑い出す。
「だが、やはりマナは凄い……!
力が……力が溢れてくる……!!」
昂る覚醒者を前に、グラフは冷静に問いかけた。
「……マナとは、何だ」
「あはは!
愚かだな! マナを受けるってことは、さらなる進化を意味する!!」
「今の私は……進化の芽吹きだ!!
力が……止まらない!!」
「なるほどな……なかなか、貴重な話だったぜ」
「ははっ!!これから私を助けたことを後悔しながら、死ね!!」
マナを取り入れた覚醒者は──。
目は血走り、
涎を垂らし、
血管は異様に膨張し、
意識は朦朧としているように見えた。
確かに、力だけは桁違いに膨れ上がっている。
覚醒者は右手に血の矢を作り、グラフへ襲いかかった。
グラフは紙一重でかわし、伸び切った右腕へ斧を振り上げる。
距離を取り、互いに様子を見る。
だが覚醒者は冷静さを失い、ただ力任せに暴れているだけだった。
「来ないなら……こっちから行くぞォ!!」
本能のまま跳躍し、一気に間合いを詰めた、その瞬間──
地面が割れた。
赤黒い槍が飛び出し、覚醒者の腹部を貫く。
同時に、その槍へと飛び乗る影。
「少し、遅れたか?」
「……ふっ。そうでもないな……」
アンディだった。
槍を引き抜き、そのまま薙ぎ払う。
血を足場に空中へ踏み込み、連続突きを叩き込み──
覚醒者を、真下にいるグラフへと叩き落とした。
「後は任せたぜ、グラフ!」
落下してくる覚醒者へ、タイミングを合わせ、グラフは力を込めて腹部へ両手斧を叩きつけた。
瓦礫の中へ叩き込まれ、砂埃が舞う。
──だがグラフは止まらない。
高く跳び上がり、
斧を大きく振り回し、
狙いを定め──
砂埃が晴れた瞬間。
一撃で頭を潰し、更に全身を斬り刻んだ。
「あらあら……少し、やり過ぎじゃないかしら?」
返り血を浴び、帽子の鍔から血を滴らせながら、グラフは無言でアリスを見た。
「ふふ……そうね。
貴方、昔からそんな感じだったわ」
そこに残ったのは、もはや原型を留めない、ただの肉塊だった。
──これで、四人の覚醒者の討伐は成功。
残るは、本来の目的。
“魅惑のアリュール”のみ。
アンディがグラフの隣に立ち、アリスもその隣へ。
三人は、ジェシカのいる方角を見据え、作戦の成功を静かに祈った。
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