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クロスリーパー  作者: ルーツ
第二章 新たなる旅立ち

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4.解放と抑制

登場人物

   クロスリーパー

主人公    賞金稼ぎ

ジェシカ   グラフ


邪教徒            

ライトスラッシャー   漆黒の断絶者

エルドレッド      エリック

  ジェシカは宿の一室で、暖炉の前に椅子を置き、ゆらゆらと体を揺らしながらうとうとしていた。

 薪が爆ぜる音が心地よく、意識がゆっくりと沈みかけたその時──


 廊下を歩く足音が近づき、ジェシカの部屋の前で止まった。

直後、控えめなノックが響く。


「もう……ちょうどいい感じに眠れそうだったのに……」


小さく文句を言いながら立ち上がり、扉を開ける。


「ふっ、遅くなって悪かったな」


そこに立っていたのはグラフだった。


「……うん」


 特に言葉を交わすこともなく、二人は自然と部屋の中へ戻る。

 テーブルを挟み、向かい合って椅子に腰を下ろした。


「無事に攫われた連中は、依頼人のところへ送り届けてきた」

「報酬も、きっちり受け取ってきたぜ」


そう言って、グラフはテーブルの上に札束を置く。


「お前の取り分だ」


「別に……私は報酬が欲しくて戦ったわけじゃない」

「それはグラフがもらっていいよ」


グラフは鼻で小さく笑った。


「ふっ、俺は嘘が嫌いでな、正直に言う」


一瞬、視線が鋭くなる。


「あの場にジェシカがいなければ、俺は今ここにいない」

「だからこの報酬を受け取る権利があるのは、俺じゃない」

「……お前だ」


ジェシカはグラフの目を見る。

そこに迷いも、誤魔化しもないことが分かった。


 少しだけ息を吐き、ジェシカは札束の中から数枚を抜き取る。

 残りは、指先で押し返すように、すっとグラフの方へ戻した。


「おいおい……これは何の真似だ」


「別に何でもないよ、グラフの取り分を渡しただけだよ」


「ふっ、甘い奴だな」


 グラフはテーブルに置かれた札束を握り自分のポッケに入れた。


────。


それで……グラフの提案って何?」


「ああ、お前自身のことだ」


「……私自身?」


「そうだ。お前の力は底が知れない」

「だがな、その力そのものが、今のお前を苦しめている」


ジェシカは首を傾げる。


「……どういう意味?」


「分からないか?」


少し考えるが、答えは出ない。


「……ごめん、分からない」


「ふっ、だろうな」

「分かっていれば、今みたいな状況にはなっていない」


グラフは腕を組み、静かに言葉を続ける。


「いいか。お前の“ブラッディローズ”は、あまりにも目立ちすぎる」

「言ってみれば一人、町中を大声で歌いながら歩いているようなものだ」


「……」


「お前を知らない奴ですら、“危険な存在がいる”と気づく」

「警戒され、距離を取られ、時には敵として先に排除される」

「それはお前にとって、デメリットでしかない」


「……確かに」


「だから今のお前に必要なのは、力を極限まで抑えることだ」

「ブラッディローズを使わずに身体解放を行い」

「武器も、身体解放に耐える事のできる"普通の武器"を扱え」


ジェシカは目を見開く。


「そして──」

「この前のヴェインみたいに、通り名を持つような相手」

「あるいは、ここぞという場面だけ、力を解放する」


「……でも、それをどうやってやればいいか分からない」


「はは、当然だ」

「口で言うほど簡単じゃない」

「実戦でやるなら、相当キツい」


グラフはジェシカを真っ直ぐ見る。


「だが、お前はやらなきゃいけない」


「……どうして?」


「ふっ、まだ分からないか」


一拍置いて、名前を口にする。


「ライトスラッシャーの異名を持つエルドレッド」

「漆黒の断罪者エリック」

「この二人が率いるヘレティックを、殲滅するつもりなんだろ」


「……そうだよ!」


「ふっ……なら一つ問う」


ジェシカはごくりと喉を鳴らす。


「今から闘う相手が二人いたとする」

「一人は、最初から全力で襲いかかってくる奴だ」

「どうする?」


「……それは、警戒するし、身構えるよ」


「だろう」

「じゃあ、もう一人」

「自然体のまま、淡々とお前に向かってきたらどうする?」


「……同じく警戒はするけど……」

「最初の人よりは、少しだけ……」


「──そうだ」

「それを"油断"と言う」


グラフは低い声で断じる。


「相手に力を誇示し、ねじ伏せるだけが強さじゃない」

「むしろ、強敵になればなるほど、本当の力は隠す」

「今の俺から見たジェシカは──」


グラフは一瞬、言葉を切る。


「……恐ろしい力を持っていることが、丸見えだ」


「でも私は!」

「今すぐにでも、ヘレティック達を殲滅したいんだ!!」


「ふっ……お前一人で、か?」


「……いけないの!?」


グラフは椅子から立ち上がる。


「いや、好きにしろ」

「そんなに行きたいなら、行けばいい」

「俺は止めない」


扉に向かいながら、淡々と告げる。


「この町から東へ三日歩けば、目的地に着くだろう」

「……じゃあな」


 そう言い残し、グラフは部屋を後にした。


───────────────────────


夜明け前。

 空がわずかに白み始めたころ、ジェシカは目を覚ました。


「……行くよ」


ベッドから降り、最低限の支度を整える。

 宿を出ると、そのまま屋根へと跳び上がり、東の方角を見据えた。


森の向こう──

 はるか遠くに、要塞のような黒い建造物が微かに見える。


「……多分、あれだ」


 目的を定めた瞬間、ジェシカはブラッディローズを展開し、一気に距離を詰めた。


────


目的地近くの森に降り立ち、木陰に身を潜める。

 周囲を観察すると、黒い法衣を纏った者たちが巡回していた。

槍、剣、弓……完全武装の邪教徒たち。


「……やっぱり、警戒はされてる」


近くで見ると、その規模と布陣は想像以上だった。

一人で崩すには、あまりにも厳重。


そう思った──その瞬間。


ヒュッ、と風を切る音。


「っ!?」


複数の矢がジェシカのいた木へ突き刺さった。


「なっ……見つかった!? どうして……!」


確かに、身は隠していたはずだった。

 だが気づいた時には、すでに周囲を邪教徒たちに囲まれていた。


「……いつの間に……!」


逃げ場はない。

ジェシカは一瞬、覚悟を決める。


(スカーレットローズで、一気に……)


その時だった。


「ジェシカ! 上に飛べ!!」


聞き覚えのある声。


反射的に、全力で跳躍する。

次の瞬間──


ドンッ!!!!


大地を砕く衝撃。

 斧を高速で回転させたまま叩きつけるグラフの姿があった。


衝撃波に足を取られ、邪教徒たちが一斉によろめく。


「行くぜ!」


グラフはそのまま跳躍し、ジェシカの腕を掴む。

勢いのまま、二人は一気に戦域を離脱した。


────。


安全圏まで退いたところで、ジェシカは息を整える。


「……ありがとう、グラフ。助かった」


「ふっ……これで、少しは分かったか?」


「え……? 何が……?」


「くく……“何が”か、だ」


グラフは振り返り、静かに言う。


「お前、自分がなぜ見つかったか分ってないだろ?」


「……うん」


「いいか、分かりやすく言ってやる」

「今のお前はな、“私はクロスリーパーです”って大声で叫びながら歩いてるようなもんだ」


「……」


「死者相手なら、それでいい」

「だが人間は違う」

「今のお前は、ただ“怖い存在”なんだ」

「ヘイトが高すぎる」


ジェシカは唇を噛む。


「それは、さっきの邪教徒にも当然バレる」

「だから奇襲もクソもない」


グラフは指を立てる。


「力は“解放”するんじゃない。“抑えろ”」

「抑えるからこそ、奇襲が効く」

「少ない力で、大きな成果を出す。覚えておけ」


「……うん」

「ごめんなさい」


「ふっ、素直だな……」


グラフは背を向ける。


「今日は引くぞ」

「宿に戻って、今後の話をする」


二人は再び町へと戻っていった。


───────────────────────


 二人はテーブルを挟み、しばらく無言で向かい合っていた。

暖炉の薪がはぜる音だけが、部屋に響いている。


やがてジェシカが、意を決したように顔を上げた。


「ねえ……さっきの話なんだけど」

「“力を抑える”って、どういう事なの?」


グラフは一拍置いてから、低く問い返す。


「……今のジェシカに、俺はどう映る?」


「どうって……普通の人にしか見えないよ」


「そうか」


グラフは静かに帽子のつばに触れた。


「だがな、俺にはお前が人間じゃないってすぐに分かる」

「何故だと思う?」


「……え?」


「そこを考えろ」

「分かったら、実行しろ」

「ただそれだけだ」


「だから! それが分からないって言ってるの!!」


思わず声を荒げるジェシカ。

それを見て、グラフは小さく笑った。


 帽子を深く被り直し、テーブルの上に置かれていたリンゴとナイフを手に取る。

 手際よく、リンゴを八等分に切り分け、皿に並べた。


「……何よ、それ」


「いいから一つ食ってみろ…」


 ジェシカは首を傾げながらも、リンゴを一切れ手に取り、口に運ぶ。

噛んで、飲み込む。


「……で?」


「分かるか?」


「え? 何が?」


グラフは淡々と続ける。


「今、お前は無意識にリンゴを噛んだ」

「“食べる”という目的のために、必要最低限の力でな」


「……」


「じゃあ聞く」

「今のリンゴを“全力”で噛んだらどうなる?」


「……リンゴどころか、歯が折れる……かも」


「そうだ」


グラフは指を一本立てる。


「俺の言ってる事は、それと同じだ」

「必要な時に、必要な力だけを使う」

「それを“意識的”にやるのも大事だが──」


視線が鋭くなる。


「最終的には、“無意識”でやる事に意味がある」

「そうなった時、相手はお前を弱者だと勘違いをする」

「……すると、必ずそこには油断が生まれる」


「……なるほど……!」


ジェシカの表情が、一気に晴れる。


「つまり、今のお前は力を“垂れ流してる”状態だ」

「それを限界まで抑えろ」

「抑制し、自在に扱えるようになれ」


グラフは続けた。


「それともう一つ」

「“解放”に耐えられる武器を用意する必要がある」

「それの二つが揃わない限り、ヘレティックの殲滅なんざ無理だと思え」


「武器……鍛冶屋に行けばいいの?」


「ふっ」

「お前の力に耐えられる武器なんて、そう簡単に見つからないだろう……」


グラフは不敵に笑う。


「だからだ」

「この“抑制”の課題を、無事に終えられたら──」

「俺が、腕のいい鍛治師を紹介してやる」


「……本当!?」


「ああ、約束だ」


ジェシカは拳を握り、勢いよく立ち上がる。


「よーし! やってやるからね!!」


こうして──

 グラフの指導のもと、ジェシカは毎日、力を抑えるための訓練に打ち込むことになる。


それは、

 真の力を振るうために、“弱さを演じる”修行の始まりだった。



 



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