4.解放と抑制
登場人物
クロスリーパー
主人公 賞金稼ぎ
ジェシカ グラフ
邪教徒
ライトスラッシャー 漆黒の断絶者
エルドレッド エリック
ジェシカは宿の一室で、暖炉の前に椅子を置き、ゆらゆらと体を揺らしながらうとうとしていた。
薪が爆ぜる音が心地よく、意識がゆっくりと沈みかけたその時──
廊下を歩く足音が近づき、ジェシカの部屋の前で止まった。
直後、控えめなノックが響く。
「もう……ちょうどいい感じに眠れそうだったのに……」
小さく文句を言いながら立ち上がり、扉を開ける。
「ふっ、遅くなって悪かったな」
そこに立っていたのはグラフだった。
「……うん」
特に言葉を交わすこともなく、二人は自然と部屋の中へ戻る。
テーブルを挟み、向かい合って椅子に腰を下ろした。
「無事に攫われた連中は、依頼人のところへ送り届けてきた」
「報酬も、きっちり受け取ってきたぜ」
そう言って、グラフはテーブルの上に札束を置く。
「お前の取り分だ」
「別に……私は報酬が欲しくて戦ったわけじゃない」
「それはグラフがもらっていいよ」
グラフは鼻で小さく笑った。
「ふっ、俺は嘘が嫌いでな、正直に言う」
一瞬、視線が鋭くなる。
「あの場にジェシカがいなければ、俺は今ここにいない」
「だからこの報酬を受け取る権利があるのは、俺じゃない」
「……お前だ」
ジェシカはグラフの目を見る。
そこに迷いも、誤魔化しもないことが分かった。
少しだけ息を吐き、ジェシカは札束の中から数枚を抜き取る。
残りは、指先で押し返すように、すっとグラフの方へ戻した。
「おいおい……これは何の真似だ」
「別に何でもないよ、グラフの取り分を渡しただけだよ」
「ふっ、甘い奴だな」
グラフはテーブルに置かれた札束を握り自分のポッケに入れた。
────。
それで……グラフの提案って何?」
「ああ、お前自身のことだ」
「……私自身?」
「そうだ。お前の力は底が知れない」
「だがな、その力そのものが、今のお前を苦しめている」
ジェシカは首を傾げる。
「……どういう意味?」
「分からないか?」
少し考えるが、答えは出ない。
「……ごめん、分からない」
「ふっ、だろうな」
「分かっていれば、今みたいな状況にはなっていない」
グラフは腕を組み、静かに言葉を続ける。
「いいか。お前の“ブラッディローズ”は、あまりにも目立ちすぎる」
「言ってみれば一人、町中を大声で歌いながら歩いているようなものだ」
「……」
「お前を知らない奴ですら、“危険な存在がいる”と気づく」
「警戒され、距離を取られ、時には敵として先に排除される」
「それはお前にとって、デメリットでしかない」
「……確かに」
「だから今のお前に必要なのは、力を極限まで抑えることだ」
「ブラッディローズを使わずに身体解放を行い」
「武器も、身体解放に耐える事のできる"普通の武器"を扱え」
ジェシカは目を見開く。
「そして──」
「この前のヴェインみたいに、通り名を持つような相手」
「あるいは、ここぞという場面だけ、力を解放する」
「……でも、それをどうやってやればいいか分からない」
「はは、当然だ」
「口で言うほど簡単じゃない」
「実戦でやるなら、相当キツい」
グラフはジェシカを真っ直ぐ見る。
「だが、お前はやらなきゃいけない」
「……どうして?」
「ふっ、まだ分からないか」
一拍置いて、名前を口にする。
「ライトスラッシャーの異名を持つエルドレッド」
「漆黒の断罪者エリック」
「この二人が率いるヘレティックを、殲滅するつもりなんだろ」
「……そうだよ!」
「ふっ……なら一つ問う」
ジェシカはごくりと喉を鳴らす。
「今から闘う相手が二人いたとする」
「一人は、最初から全力で襲いかかってくる奴だ」
「どうする?」
「……それは、警戒するし、身構えるよ」
「だろう」
「じゃあ、もう一人」
「自然体のまま、淡々とお前に向かってきたらどうする?」
「……同じく警戒はするけど……」
「最初の人よりは、少しだけ……」
「──そうだ」
「それを"油断"と言う」
グラフは低い声で断じる。
「相手に力を誇示し、ねじ伏せるだけが強さじゃない」
「むしろ、強敵になればなるほど、本当の力は隠す」
「今の俺から見たジェシカは──」
グラフは一瞬、言葉を切る。
「……恐ろしい力を持っていることが、丸見えだ」
「でも私は!」
「今すぐにでも、ヘレティック達を殲滅したいんだ!!」
「ふっ……お前一人で、か?」
「……いけないの!?」
グラフは椅子から立ち上がる。
「いや、好きにしろ」
「そんなに行きたいなら、行けばいい」
「俺は止めない」
扉に向かいながら、淡々と告げる。
「この町から東へ三日歩けば、目的地に着くだろう」
「……じゃあな」
そう言い残し、グラフは部屋を後にした。
───────────────────────
夜明け前。
空がわずかに白み始めたころ、ジェシカは目を覚ました。
「……行くよ」
ベッドから降り、最低限の支度を整える。
宿を出ると、そのまま屋根へと跳び上がり、東の方角を見据えた。
森の向こう──
はるか遠くに、要塞のような黒い建造物が微かに見える。
「……多分、あれだ」
目的を定めた瞬間、ジェシカはブラッディローズを展開し、一気に距離を詰めた。
────
目的地近くの森に降り立ち、木陰に身を潜める。
周囲を観察すると、黒い法衣を纏った者たちが巡回していた。
槍、剣、弓……完全武装の邪教徒たち。
「……やっぱり、警戒はされてる」
近くで見ると、その規模と布陣は想像以上だった。
一人で崩すには、あまりにも厳重。
そう思った──その瞬間。
ヒュッ、と風を切る音。
「っ!?」
複数の矢がジェシカのいた木へ突き刺さった。
「なっ……見つかった!? どうして……!」
確かに、身は隠していたはずだった。
だが気づいた時には、すでに周囲を邪教徒たちに囲まれていた。
「……いつの間に……!」
逃げ場はない。
ジェシカは一瞬、覚悟を決める。
(スカーレットローズで、一気に……)
その時だった。
「ジェシカ! 上に飛べ!!」
聞き覚えのある声。
反射的に、全力で跳躍する。
次の瞬間──
ドンッ!!!!
大地を砕く衝撃。
斧を高速で回転させたまま叩きつけるグラフの姿があった。
衝撃波に足を取られ、邪教徒たちが一斉によろめく。
「行くぜ!」
グラフはそのまま跳躍し、ジェシカの腕を掴む。
勢いのまま、二人は一気に戦域を離脱した。
────。
安全圏まで退いたところで、ジェシカは息を整える。
「……ありがとう、グラフ。助かった」
「ふっ……これで、少しは分かったか?」
「え……? 何が……?」
「くく……“何が”か、だ」
グラフは振り返り、静かに言う。
「お前、自分がなぜ見つかったか分ってないだろ?」
「……うん」
「いいか、分かりやすく言ってやる」
「今のお前はな、“私はクロスリーパーです”って大声で叫びながら歩いてるようなもんだ」
「……」
「死者相手なら、それでいい」
「だが人間は違う」
「今のお前は、ただ“怖い存在”なんだ」
「ヘイトが高すぎる」
ジェシカは唇を噛む。
「それは、さっきの邪教徒にも当然バレる」
「だから奇襲もクソもない」
グラフは指を立てる。
「力は“解放”するんじゃない。“抑えろ”」
「抑えるからこそ、奇襲が効く」
「少ない力で、大きな成果を出す。覚えておけ」
「……うん」
「ごめんなさい」
「ふっ、素直だな……」
グラフは背を向ける。
「今日は引くぞ」
「宿に戻って、今後の話をする」
二人は再び町へと戻っていった。
───────────────────────
二人はテーブルを挟み、しばらく無言で向かい合っていた。
暖炉の薪がはぜる音だけが、部屋に響いている。
やがてジェシカが、意を決したように顔を上げた。
「ねえ……さっきの話なんだけど」
「“力を抑える”って、どういう事なの?」
グラフは一拍置いてから、低く問い返す。
「……今のジェシカに、俺はどう映る?」
「どうって……普通の人にしか見えないよ」
「そうか」
グラフは静かに帽子のつばに触れた。
「だがな、俺にはお前が人間じゃないってすぐに分かる」
「何故だと思う?」
「……え?」
「そこを考えろ」
「分かったら、実行しろ」
「ただそれだけだ」
「だから! それが分からないって言ってるの!!」
思わず声を荒げるジェシカ。
それを見て、グラフは小さく笑った。
帽子を深く被り直し、テーブルの上に置かれていたリンゴとナイフを手に取る。
手際よく、リンゴを八等分に切り分け、皿に並べた。
「……何よ、それ」
「いいから一つ食ってみろ…」
ジェシカは首を傾げながらも、リンゴを一切れ手に取り、口に運ぶ。
噛んで、飲み込む。
「……で?」
「分かるか?」
「え? 何が?」
グラフは淡々と続ける。
「今、お前は無意識にリンゴを噛んだ」
「“食べる”という目的のために、必要最低限の力でな」
「……」
「じゃあ聞く」
「今のリンゴを“全力”で噛んだらどうなる?」
「……リンゴどころか、歯が折れる……かも」
「そうだ」
グラフは指を一本立てる。
「俺の言ってる事は、それと同じだ」
「必要な時に、必要な力だけを使う」
「それを“意識的”にやるのも大事だが──」
視線が鋭くなる。
「最終的には、“無意識”でやる事に意味がある」
「そうなった時、相手はお前を弱者だと勘違いをする」
「……すると、必ずそこには油断が生まれる」
「……なるほど……!」
ジェシカの表情が、一気に晴れる。
「つまり、今のお前は力を“垂れ流してる”状態だ」
「それを限界まで抑えろ」
「抑制し、自在に扱えるようになれ」
グラフは続けた。
「それともう一つ」
「“解放”に耐えられる武器を用意する必要がある」
「それの二つが揃わない限り、ヘレティックの殲滅なんざ無理だと思え」
「武器……鍛冶屋に行けばいいの?」
「ふっ」
「お前の力に耐えられる武器なんて、そう簡単に見つからないだろう……」
グラフは不敵に笑う。
「だからだ」
「この“抑制”の課題を、無事に終えられたら──」
「俺が、腕のいい鍛治師を紹介してやる」
「……本当!?」
「ああ、約束だ」
ジェシカは拳を握り、勢いよく立ち上がる。
「よーし! やってやるからね!!」
こうして──
グラフの指導のもと、ジェシカは毎日、力を抑えるための訓練に打ち込むことになる。
それは、
真の力を振るうために、“弱さを演じる”修行の始まりだった。




