13.理性と本能とは
登場人物紹介
<クロスリーパー>
主人公 ジェシカ
鍛治師 アンディ
<アンディの旧知>
町の鍛冶屋 フレデリック
フレデリックの妻 リーシャ
2人の娘 アンジェリカ
<ホーリーエンブレム>
聖人の神子 エンダート
「行くぞ」
「うん!」
アンディはブラッディローズで即座に槍を作り出し、噴水の広場にいる邪気徒三人へ向かって放った。
だが、その槍は一人の邪気徒によって弾かれ、残る二人を守る形となる。
「……今の違和感。だが、これで俺の方に集中したな」
アンディはニヤリと笑い、邪気徒たちから距離を取りつつ、散り散りに人間を襲う死者どもを次々と屠っていく。
ジェシカの存在に気づかせないため、完全に囮に徹していた。
「アンディ、ありがとう。よし……私も。待っててね、リーシャ」
今いる場所から鍛冶屋までなら、ブラッディローズで飛べば一瞬で辿り着ける。
だが、見つかってしまっては意味がない。
ジェシカは隙を伺い、ブラッディローズで短剣を作り出す。
身体解放したまま地を蹴り、鍛冶屋へと走った。
途中、死者が人間を襲う光景や、逃げ惑う人々を何度も目にする。
助けなければならない──分かっている。
それでも今は、リーシャとアルフレッドの救出が最優先だった。
「やめてくれー!! 痛い、痛いよ!」
まだ生きている人間の腑を貪り、襲う死者たち。
「いやー!! やめて!! お願い……やめっ!」
涙を流して懇願する女性に覆いかぶさり、歪んだ笑みを浮かべながら腕に噛みつき、肉を引きちぎる。
(……ごめんなさい)
ジェシカは心の中でそう呟き、その場を去った。人が次々と餌になっていく光景を見るたび、胸が締め付けられる。
「早く……早く助けなきゃ」
その言葉だけがジェシカの頭の中を過ぎっていた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
ようやく鍛冶屋の前に辿り着き、ジェシカはドアを蹴り破り、叫ぶ。
「リーシャ!! フレデリックさん!! どこ!?」
返事はない。
焦りながら一階を見渡すが、武具が並んでいるだけで荒らされた形跡はなかった。
二階へ向かうと、金属がぶつかり合う音が響いてくる。ジェシカは音のする方へ駆けた。
「……居た!」
フレデリックがリーシャを庇い、死者と戦っている。
その光景を見た瞬間、ジェシカの中で怒りが弾けた。
「──殺す!」
一瞬で割って入り、短剣を死者の腹に突き立て、持ち方を変えそのまま下から上へ斬り上げた。
短剣のため真っ二つにはならず、上半身が裂ける。
内臓と鮮血が床に落ち、遅れて痛みが来たのか死者は悶絶した。
──知ったことじゃない。
リーシャを傷つけようとした。
それだけで、怒りを抑える理由はなかった。
「許さないっ!!」
ジェシカは死者の髪を掴み、顔の原型が分からなくなるまで短剣を振るった。
「ジェシカ!!」
声に振り返ると、リーシャがすでに抱きしめてくれていた。
「ありがとう……ありがとう……」
「……うん。二人とも、怪我はない?」
「ああ、助かったよ」
「よかった……今アンディが囮になってるから今のうちに遠くへ避難しよう」
「分かった。先にリーシャ、お前が行きなさい」
「大丈夫。フレデリックさんも一気に運べるから!」
「そんな小さな身体でか!?」
「うん、大丈夫。ほら、早く掴まって」
「あ、ああ……」
フレデリックはジェシカの腕に掴まり、リーシャは背中に背負う。
「行くよ!」
ブラッディローズで血の足場を作り、一気に距離を取る──これで、二人の救出は成功。
そう安堵したその時、フレデリックが声を荒げた。
「ジェシカ、危ない!! 上だ!」
ジェシカが見上げると視界には、空に巨大な魔法陣が展開されていた。
次の瞬間、白く光る無数の槍が雨のように降り注ぐ。
「──っ!」
三人とも致命傷ではないが、確実に傷が増えていき、このままでは全員やられる。
そう判断したジェシカは、フレデリックを掴み直し、森の方角へ全力で投げた。
「ごめん、フレデリックさん!!どうか……無事に着地して!!」
続けてリーシャの方を見る。
「リーシャ、ごめん! 隠れるね!」
「分かったわ!」
降り注ぐ槍よりも速く移動できたことで、不意打ちの直撃は免れた。
浅い傷は負ったものの、物陰に身を隠すことで何とか回避する。
──でも。
(……こっから、どうする……)
リーシャを守りながら、この町を脱出するのは今の状況では、あまりにも厳しい。
そう考えた矢先──隠れているはずの場所に、再び槍が降ってきた。
「──っ!!」
リーシャを庇いながら必死に回避するが、何度逃げても同じ攻撃が正確に降り注ぐ。
地味だが、確実に削られていく。
身体解放の代償と出血が重なり、喉の奥に焼けるような渇きが生まれ始めていた。
「……このままじゃダメ……どうする……」
その時、近くから男の声が響いた。
「お前の位置なんて、俺様にかかれば全部分かるぜ!
いくら逃げても無駄だ!」
ジェシカは思わずリーシャを見る。
全身に無数の傷。特に左脚は酷く損傷し、血が止まらず流れていた。
──血。
思わず喉が鳴る。
美味しそう……だなんて……そんなことを考えてしまった自分が、心底気持ち悪かった。
「リーシャ……ごめん。このままだとジリ貧だから、私があいつの相手をするからその隙に逃げて」
「嫌よ! 娘を置いて逃げる母親なんていないわ!」
「……嬉しい、ありがとう。でも、ダメだよ。アンジェに悪い……」
ジェシカは静かに背を向けた。
「……行って」
「姿を現さないなら、また同じことをするまでだぞ!」
「──待て!」
ジェシカは声のする男の前に姿を現した。
「ふっふふ……うわはははは!ようやく出会えたな!」
赤黒い法衣に身を包み、深くフードを被った男。
顔は見えないが、鋭く光る眼だけがこちらを捉え、その手には、白く輝く槍。
ジェシカは短剣を構えた。
「ほぉ……それがか……綺麗だな。ぜひ俺様の物にしたい」
「お前は誰だ!なぜ死者を使って町を襲うんだ、今すぐやめろ!!」
法衣を纏う男はジェシカの言葉を無視し口を開く。
「聖人様の寵愛によりこの世に生を授かりしホーリーエンブレムの一人」
男は愉快そうに笑った。
「俺様の名は──エルダート。お前を殺す名だ。覚えておけ」
そう言うと、エルダートは先手を取るように槍を構え、ジェシカへ突進してきた。
鋭い突きが連続して繰り出される。
ジェシカは短剣で必死に受け流すが、紙一重の攻防が続き、確実に傷が増えていく。
「あははは! あはははは!ほらほらほらー!! 反撃してみろよ!!」
槍捌きが巧みで、反撃の隙がまるで見えないが、それでもジェシカは見逃さなかった。
(……五回だ)
必ず、五連続で突きを放ったあと──ほんの一瞬だが、隙が生まれる。
その瞬間を狙い、ジェシカはひたすら耐え、時を待った。
「ほらほら!早くしないと血、流しすぎて大変なことになるんじゃないのかー!!」
その通りだった。
さっきよりも渇きが強く、喉が焼けるように痛む。
だがエルダートは、五連突きだけに頼らない。
薙ぎ払い、投擲──多彩な攻撃が容赦なく襲いかかる。
「……早く……早く来い……っ」
「行くぜ! これでケリをつけてやる!」
エルダートが踏み込み、再び五連続突きを放った。
(ここだ!!)
ジェシカは意識を極限まで集中させ、一突き一突きを短剣で丁寧に受け流す。
最後の五撃目。
槍が身体を掠め、激痛が走る。それでもなんとか耐えた。
ジェシカは反撃に転じる。
「ブラッディローズ!!」
叫ぶと同時に距離を詰め、一気に喉元へ迫り、短剣の切先が突き刺さる──だが直前で避けられた。
「くっ!」
「にゃろー!」
だが、止まらない。体勢を崩さず、そのまま回転しサマーソルトキックがエルダートの顎を捉え、身体が後ろへ仰け反る。
その一瞬の隙。
ジェシカは真紅の短剣を鎌へと変化し、エンダートの周囲に血の霧が立ちこめた。
さらに──武器は真紅のロングソードへと姿を変え、最後の力を振り絞り、身体解放。
視界が赤く染まり、目で追えないほどの速度で、剣を振るう。
──斬る。
──斬る。
──斬る。
「はっ!はっ! はぁ!はっ!はぁぁぁ!!」
紅い霧の中に、人影はみえなかった、あれだけ斬れば、原形が残るはずがない。
……静かだった。
張り詰めていた緊張が一気に解けた──その時。
光を纏った槍が、ジェシカへ向けて放たれていた。
「……なっ!?」
血の使いすぎ。
強烈な渇き。
過度な身体解放。
幾つもの要因が重なり、満身創痍の身体は言うことをきかない。
(……ダメ……力が……)
ジェシカは迫り来る槍を見つめながら、目を閉じた……
(ごめん……リーシャ…アンディ)
(…………あれ……)
いつまで経っても痛みが来ない。
不思議に思ったジェシカはゆっくり目を開ける。
「───!!!」
視界に入ったのはジェシカを庇い、迫ってきた槍を腹部で受け止めているリーシャの姿だった。
「ジェ……ジェシカ……」
「リ、リーシャ―!!」
ゆっくりと振り向いたリーシャの口から、血が溢れる。
それでも、その顔には優しい笑顔が浮かんでいた。
そのまま崩れ落ちるように倒れようとする身体を、ジェシカは慌てて抱きとめる。
「リ、リー、リーシャ……! リーシャー!!
なんで……
……なんでよ!!」
「ねえ……ジェシカ……」
──か細い声。
リーシャは残った力を振り絞り、ジェシカを抱きしめる。
「……生きて……お願い……」
震える唇が、ゆっくりと動く。
「わたし……の……血を……飲んで……生き……て……」
その言葉を最後に──リーシャの身体から、力が抜けた。
ジェシカの腕の中で、静かに息を引き取った。
世界の音が、耳に戻ってくる。
風の音。
遠くの悲鳴。
砕けた瓦礫の音。
──だが、それらは一瞬で断ち切られた
繋がっていた意識が、ぷつりと切れ世界は、完全な無音へと沈んだ。
「あ……ああ……」
顔は虚空を向き、焦点の合わない瞳が揺れる。
口から漏れるのは、言葉にならない声だけ。
「ああ……ああ……あ……」
次の瞬間。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーー!!!!」
咆哮が夜空を裂いた。
【ホンノウニイキロ】




