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疑似恋愛のすゝめ  作者: つむき むつ


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2/2

けつまつ

「本日も面談のお時間をとっていただき有難う御座います。三ヶ月経ちましたが、ソフィア嬢の御心の変化は如何でしょうか」

 疑似恋愛も早三ヶ月、通算12回目のリード様との面談。面談と言っても、カフェでお茶を飲みながら近況やお手紙の内容について語らう穏やかな時間。最近では、面談が近づくとどことなくふわふわとした気持ちになる。

 人工知能(オスカー)は、リード様の思考を反映している。そして私と人工知能(オスカー)のやりとりをリード様は観察している。そして、ご親切にもリード様は、人工知能(オスカー)に話した、私の好きな物を贈って下さったり、ささいな願い事をかなえてくださる。彼自身と文通していると錯覚してしまうくらいに。


 今日も、お手紙で人工知能に「行ってみたい」と話した最近流行のカフェの個室を予約してくださったリード様。可愛らしいギンガムチェックの箱の中身は、私の大好きなレモンタルト。

 私の前にたっぷりとたらしたミルクティー、リード様の前にクリームがたっぷりと乗ったコーヒーが来た時、私は思わずにっこりとした。

 頭脳を使うと甘い物がほしくなると言っていたのは、人工知能(オスカー)人工知能(オスカー)とのやりとりを思い出し、リード様も甘い物が好きなのね、と。


 日に何度も人工知能(オスカー)とお手紙のやりとりをして、週に一度開発者(リード様)と面談を繰り返して、リード様の開発した人工知能というものは本当に高度だと感じる。私からのお手紙は研究のためにリード様も読んでいるので、人工知能(オスカー)(したた)めたお手紙の内容をもちろんご存じ。こうしてお会いして話していると、人工知能(オスカー)開発者(リード様)をが実は同一人物なのではないかと思ってしまう。

 そうだったらいいのに-、と。


「私を無条件で慈しみ、愛を囁いてくれる存在というのは、想像以上に嬉しいものですね。恋、と言っていいのか。愛しい人を想うという楽しさと、切なさを感じます。同時に、その対象が実在しないのだという侘しさを、時々。元々それを理解した上で始めたのに」

 そう、わたしはきっと人工知能(オスカー)に恋をしてしまった。実在しないと分かっているのに。

 私が恋をしているのはあくまで人工知能。人ではなく、システム。そのシステムがリード様をモデルにしていることを知っていて、リード様と混同したくなるほどに、恋してしまった。

 この気持ちは、真摯に研究されているリード様に失礼なものだと分かっている。だから、リード様の顔を見ることができなかった。


人工知能(オスカー)に、恋をした、と?」

 リード様が珍しく掠れた声で言いよどんだ。それもそうだろう。疑似恋愛を楽しむためのシステムに、本当に恋してしまうのだもの。

「ふふ、お恥ずかしながら。人工知能(オスカー)はすばらしいわ。私のことを慮ってくれて、喜ぶことを言ってくれて、落ち込んだときには寄り添ってくれる。人工知能(オスカー)を開発したリード様は天才ですね。リード様もお会いしたときには、とても心を配ってくださって…。近頃は2人の、2人と言っていいのかしら?人工知能(オスカー)とリード様を混同してしまうときがありますの」

 だから、もう終わりにしなくちゃ。

 幸せな夢はいつか醒める。そのことに気がつかない振りをして夢を見続けられるのは、とても幸せなこと。

 でも、私にはできない。いつか醒めると知っている夢は、私を傷つけるだけと知っているから。

「なので、契約を―、終了したいです」

 白くなるほど握りしめた両手を見つめて、私はそう言った。


「ソフィ、実はー、」

「リード様とお目にかかることもなくなりますね。少し寂しいですが」

 リード様の言葉を遮って席を立とうとする。これ以上いたら、泣いてしまいそうだった。疑似恋愛に本気になって、更には人工知能と人間を混同するなんて、ばかみたい。これ以上みじめな姿を見せる前に、彼から離れてしまいたかった。。

 そんな私の両手を握って、リード様が少し大きな声で私を引き留める。その蜂蜜色の瞳がわずかに揺れていて、いつも自信にあふれた彼が、迷子の少年に見えた。

「ソフィ、情けない男の話を聞いてほしい。事業の件は本当なんだ。人工知能オスカーは完成している。私と同じ程度の返信が実際でき、モデルケースも必要件数集めている。今は複数人に依頼して、私以外の人間の思考を学習させているところだ。だが、あの、ソフィの手紙の返信をしていたのは私なんだ。…人工知能(オスカー)ではなく」


 それを聞いて私は絶句した。それから顔が熱を持つのを感じた。だって、だってー。確かに私は、恋に恋する乙女で。でもでも、人工知能(オスカー)に恋をしたと私は言った。実証実験の為だから、恋をしたこともしかたがないと思って。でも、でも―。その相手が人間(リード様)!?

 確かに人工知能(オスカー)開発者(リード様)が同じ人で、人工知能(オスカー)が実在したらいいのにー、と思いはしたけれど。

 え、待って。私はさっき何て言った?人工知能(オスカー)に恋したって言わなかった?でもその人工知能(オスカー)は、実は開発者(リード様)で―。つまり、わたしは―。

 

 すっかり顔に熱を持った私を申し訳なさげにちらちらと見ながら、彼は少し早口になった。

「あの、ソフィ、あ。ソフィア嬢、小さい頃に箱に話しかけていた少年を覚えているだろうか。あ、いや。出来れば忘れていてくれた方がいいんだが。幼いころ私は人と接することが苦手で、クッキー缶に描かれた女性相手に話の練習をしていたんだ。クッキー缶に人工知能のβ版を組み込んで。クッキー缶相手に話す私は当然皆に敬遠されて。でも君だけは、すごいと褒めてくれたんだ。天使のような笑顔で。いや、本当に天使の祝福だったに違いない。その時からずっと、君と一緒になりたいと思いつつ、遠くから見ていた。君に好いてもらえる自信が無かったんだ。君がエマと同じ配属になった時は、祝杯をあげたものだ。それから君のことを知りたくて、妹のエマから色々聞いていた。あまりにも私がうじうじとしているものだから、兎にも角にも当たって砕けるなり蒸発するなりしろと。今回のチャンスを一度だけくれたんだ。嘘をついて申し訳ない。でも、君と文通していたのはこの私で、手紙の中身はすべて、私の本当の気持ちだ。もし、この文通を少しでも好ましく想ってくれていたのなら」

 ー今度は(オスカー・リード)として、手紙を送ってもいいだろうか。


 そう言って私を見つめる瞳は、言われてみればエマと同じ蜂蜜色で。家名が同じだと言うことに今更気がつくなんてー。

 と同時に思い出した。いつかの日、はにかみながらもキラキラと輝く瞳で、不思議なクッキー缶の説明をしてくれた、一人の少年のことを。

 まさか、あの時の少年がリード様だったなんて。そして、あの時からずっと、一途に思ってくれていたなんて、何だかくすぐったい。それに、私はとうに恋に落ちていたのだから、答えはもちろん―。

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