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それは沙彩との出会いから今日までを描いた日記ではあった。
すぐさま、見直しもせずに沙彩のパソコンのメールアドレスに書き上げたものを送った。
大二郎は同様に以前に書いた小説め送ってみた。送信と同時に倒れ込み、その場で朝まで眠り込んだ。
翌朝、いつものように仕事に向かう大二郎。
満員電車に揺られて数分、何気なしに携帯電話に目を見やると沙彩からのメールが届いていた。
メールには小説の感想と大二郎を励ます言葉で埋め尽くされていた。
沙彩の優しさが痛いほど伝わると同時に、彼のなかで失われかけていた作家への情熱が沸き上がってきた。
沙彩はそれからというもの、友人や職場仲間たちを初め、休日には自転車に跨がり一人でも多くの人たちに大二郎の作品を読んでもらおうと一心不乱に走り回ってはこぴーしたものを手渡していた。
大二郎は後にその様子を知り、込み上げてくる涙を懸命に堪えた。
「もう一度、作家を目指そう。沙彩さんの気持ちをけして無駄には出来ない。唯一、一緒になって動いてくれた沙彩さんのためにも」
仕事が終わり、書店に立ち寄る。
随分と手に出来なかった小説を手に取り、会計へと向かう。
大二郎のなかで何かが吹っ切れた。
沙彩は普段、生命保険会社に勤め、日々、顧客獲得に神経を注いでいる。
がむしゃらな気質がやや強引さを、初対面の人間に対しては印象付けてしまうが、人受けしやすい純粋な部分が本質にあり、なんだかんだ長く勤めてはいた。
二人の関係はどんどん深まるものの、肉体関係には発展せず、互いに恋愛感情すら抱いていない様子で、周囲からは様々な噂を囁かれる始末だった。
異性間ではあるものの二人には、友情が成立していた。
沙彩の協力も甲斐あって今ではすっかりと、作家を目指し始めた頃の情熱をすっかり取り戻していた。
季節は春を終え、初夏を迎えていた。
大二郎は沙彩に語ることはなかったが、当時の心境を日記に綴っていた。
「諦めかけていた作家への道。
いや、一度は諦めた。だが解放感の直後に寂しさが押し寄せた。
本当に作家への道を捨てていいのか・・・何度も自分自身の心と対話した。涙が次第に溢れた。
もう一度だけ、目指すことにした。また自ら苦しい気持ちを背負ったが遠くに一筋の光が見えた。私は光に向かってただひたすらに進むと決意した。この想いが再び、意気消沈し始めた頃、私は沙彩に出会った。そして沙彩が私を後押ししてくれた。ずっと一人だった。これからも一人だと思っていた。だが沙彩が私の心に息を吹き込んでくれた。彼女の存在が私を作家への道へと歩ませた。沙彩のためにも私は作家になる日を迎えてみせる」
その後、大二郎と沙彩は相変わらずの関係のまま、月日だけを重ねて過ごした。