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『平気だよ、だってママに頼まれたんだもん』
『ママから?』
『うん』
優奈は一生懸命に土を掘り起こす。大二郎はその光景を見て少し微笑んだ。
『この子もきっと妻に似て花を愛する人間に成長していくのだろう。妻も私も母の影響を大きく受けて育った』
『ねぇ、パパ』
『うん、なんだい?』
『パパはどうして作家になったの?』
今年から小学生になったばかりの娘が、父親の職業について純粋に聞いてきたことが、大二郎にとっては嬉しきも驚きを隠せない思ってもいない出来事だった。
大切な家族との時間や仕事と関わるも、この七年間、思い返せば一度とすらなくそのようなことは考えもしなかった。
大二郎の胸に温かいものが、じんわりと込み上げてきた。
まだ陽射しが照りつく日中にも関わらず、夕陽の何ともいえない赤褐色と闇色のコントラストが、大二郎を抱き抱えるように覆い尽くす。
『パパ、パパ』
優奈の幾度となく呼ぶ声に大二郎は我に返り、ああと頷き娘の円らな瞳を見た。
『作家になった理由・・・ありがとう、聞いてくれるのかい?』
『うん、聞きたい』
大二郎は手で軽く優奈の肩をポンポンと数回、叩いてからそっと話し始めた。
十年前。
大二郎はスィーツ工房でパティシエとして働きながら作家を目指していた。
すでに三十五歳。
いつまでもアルバイトでは良くないと思いながらも、無意味に時間だけが過ぎていく。
過去幾度となく作家になることを諦めていた大二郎は、いつものように仕事を終えて自宅へと足を急がせた。
これまでしっかりとお金を溜め込んでいた大二郎は、周囲の家とは比較にならない家賃で、外観の良い住居を借りて暮らしていた。
学生時代に村上春樹のデビュー作である風の歌を聴けを読んで以来、その独特な作風に惚れ込み、作家になることを決意する。
厚待遇の正規の職をいとも簡単に捨てアルバイトに転身、二束の草鞋の状態で寝食すら忘れて、執筆に明け暮れた。
それから五年が経過し、大二郎のなかで一つの葛藤が生じていた。