第9話 プレゼント投入ミッション、失敗しました
引き出しにそっと忍ばせるだけのはずだった──なのにまさかの現行犯!?
緊張MAXのプレゼント作戦が、佐久間さんの“ボレロ”を鳴らすとは……。
ナオ、ただいま絶賛ミッション失敗中です。
「……なにしてるんだ?」
「えっっっっ!!?」
心臓が跳ね上がった。
慌てて振り返ると、スーツの上着を片手に肩へ掛けた佐久間さんが、真顔で立っていた。
(終業チャイム鳴ったあとじゃなかったの!?)
(ていうか、いつからいた!? 見てた!? やばいやばいやばい!!)
俺の手は、まだ引き出しの取っ手を握ったまま。中には例の“ボールペンの箱”と“メモ”。
「い、いや、あの、これは……その……ちょっと引き出しの調子が……って、あれ……?」
ガチャッ(なぜか閉まらない)
(うわああああああああ)
──そのときだった。
静かなオフィスに、徐々に立ち上る音楽──
最初は、かすかに鳴るストリングス。ピアノの音が優しく重なり、ブラスの和音がじわりと膨らんでいく。
(……え、なにこの音?)
俺がきょとんとしてる横で、佐久間さんの“脳内BGM”が、ひっそりと──でも確実に──ボレロのテンポで始まりだしていた。
静かなスネアドラムの刻みが、規則正しく響いている。
トン、トン、トトン……トン、トン、トトン……
まるで心臓が期待で鼓動を早めているみたいだ。
その上に、柔らかいフルートの音色がふわりと重なる。
(……え? なにこの曲、妙にドラマチックなんだけど)
続いて、クラリネット。
弦。
次第に音が一つ、また一つと増えていく。
でも、旋律はほとんど変わらない──ただ、音の厚みだけがどんどん膨らんでいく。
(ま、まさか……この音楽……)
そう。佐久間さんの脳内では今──
♪
「きみからの──贈り物」
「それだけで、世界が音を立てて色づいた」
感情がまだ抑えきれず、でも確実に高鳴りの序章を奏でているのだった。
(な、なんかじわじわきてる……!)
「……これ、俺に?」
「え……はい。いや、その……その節はお世話になりましたので」
「……あけていいか」
佐久間さんは静かに腰を落とし、引き出しの中から小箱を取り出した。
そして、あっさり包装をほどいて中身を確認する。
(あっ、もう開けるの!? 心の準備……)
「……これ、前にちょっといいなと思ってたやつだ」
(……マジで!?)
「……よく見てるな、お前」
「えっ……?」
「俺がこれ欲しがってたの、いつ気づいた?」
「え、あ……あの、たまたまです!本当に!」
(やばい、なにこの会話……!)
「あの、名前とか刻印できたんですけど……恥ずかしくてやめました」
「ふふ」
──え、ふふ、って言った!?(笑った!?)
それはほんの一瞬だったけど、たしかに笑った。
しかも優しい、ちょっとだけ嬉しそうな……レア佐久間さんだった。
そして、何のためらいもなく手にしたメモを──さらっと読み上げた。
「“このあいだはありがとうございました。お礼です。三崎”」
(ぎゃああああああ読まないでぇぇぇ!)
「……それじゃ俺、これで──」
立ち去ろうとした瞬間、背中に手が伸びてきた。
「ちょっと待て」
「えっ……?」
腕をつかまれ、くるっと振り返らされる。
驚きで目を見開いた俺を、佐久間さんはじっと見て──
「……ありがとな。これ、ちゃんと使うから」
その瞳に少しだけ滲んでいたのは、ファンファーレの余韻。
俺には聞こえてる。佐久間さんの“喜びのテーマ”が、まだ胸の奥で高らかに鳴ってるのが──
しかも、さっきより豪華になってない? テンポまで上がってない!?
(いまフルオーケストラ動員してるでしょ……)
(……な、なんか……こっちが恥ずかしくなってきた……)
──ぐぅぅぅぅ。
沈黙の中に、俺の腹の音が響いた。
「……」
「………………」
「……うわあああああ!! ち、ちが、違うんです、今のはその、タイミングが悪くてっ!」
顔から火が出るかと思ったその瞬間──
「近くに、うまい店ある。……行くぞ」
「え、えっ、あのっ!? えっ、今から!? 佐久間さん!?」
有無を言わせぬ勢いで、俺の手首が軽く引かれる。
(……まって、それって、え、もしかして、これって──)
──つづく。
プレゼント渡すだけでこんなにドラマチックになるなんて……
ナオはまだ、自分の気持ちに気づいていない。
でも佐久間さんの脳内では、もうフルオーケストラが開幕中。




