第8話 恋のプレゼント大作戦(自覚ゼロ)
風邪をひいた週末、佐久間さんに優しく看病されてしまった。
熱が下がっても、胸のドキドキはそのままで……。
感謝を伝えたい──それだけなのに、なんでこんなに緊張してるんだ、俺!?
ナオの“恋のプレゼント大作戦”(自覚ゼロです)、いざ発動──なるか?
風邪がすっかり治り──佐久間さんが、俺を看病してくれた週末が明けて。
月曜の朝、俺はいつものように会社へ向かった。
出社すると、佐久間さんがPCからふと顔を上げて言った。
「……もう平気か?」
「はい! もう熱も下がったんで、大丈夫です!」
あの看病から2日ぶりの再会。別に何があったわけじゃないけど──
(……いや、あったよな。色々)
勝手に思い出して、勝手に一人でドキドキしてしまう。
佐久間さんは変わらずクールで、他の社員にはいつもの無表情対応。
でも俺にだけ、ほんの少しだけ、声のトーンがやわらかい気がした。
(……って、なに浮かれてんだ俺)
いやいや、ここはちゃんと感謝を伝えるべきだろ。寝込んでる間、あんなに世話してもらったんだから。
──というわけで、週末。
俺はひとり、街に出ていた。
「佐久間さんへのお礼、何がいいかな……」
ウインドウ越しに雑貨屋を覗き込む。おしゃれな文具屋、セレクト系のギフトショップ、香りものの店……いろいろ見てまわったけど、どれもピンとこない。
(高すぎても引かれそうだし、かといって安物もなぁ……)
それに、あの人の趣味、よくわかんない。
デスクはいつも整理されてて、無駄なものがひとつもない。マグカップすら無地だ。
──なんか、無印の精鋭みたいな人なんだよな、佐久間さん。
そう思っていたとき、ふと入った文具店で見つけた。
シンプルなブラックのボールペン。金属の質感がさりげなくて、スーツ姿にも合いそうだ。
(……これだ!)
小さなケースに収められたそのペンを手に取ると、店員さんが笑顔で声をかけてきた。
「プレゼント用ですか?」
「あ、はい。あの……その……お世話になった人に」
「ふふ、彼女さんですか?」
「──えっ」
ナオは、完全に固まった。
「え、いや……あの……ちが、ちがいます! そんなんじゃなくて、あの……!」
わたわたと手を振るナオを見て、店員さんは「からかってすみません」と笑った。
(……なんで“彼女”って……いや、まあ、そりゃプレゼント選んでたらそう見えるかもだけど……)
ひとりごとのように脳内で反論しながら、ナオの顔は真っ赤に染まっていた。
「素敵ですね。お相手の方、きっと喜ばれると思いますよ」
にこやかに包装をしてくれる店員さん。
たぶん深い意味はなかった。ない、はずなんだけど──
(……お、お相手の方、って……え?)
変に意識してしまって、顔が一気に熱くなる。
しかもそのとき、なぜか脳内で店員さんのBGMが再生された──
ゆるふわ系アコースティックギターに乗せて、爽やかな女性ボーカルが優しく囁く。
♪
「あなたの笑顔が 胸にひびいて」
「今日こそ彼に渡すんだ──この気持ち」
「恋のプレゼント大作戦〜♪」
「それってもう……恋、だよね?」
(……やめろ、勝手に“恋”って言うな)
ナオの中で、店員さんのBGMは勝手にクライマックスに向かって爆走していくのだった。
小さな箱をそっと受け取って、深々とお辞儀して店を出た。
包みを見つめながら、俺は思わずつぶやいた。
「……喜んでくれると、いいな」
とんでもない勘違いミッションだったとしても、ここまで考えたのは──
たぶん、ほんの少し、あの人の笑顔が見たかったからだ。
翌日──
「……ふぅ」
出社してすぐ、俺はため息を三回ついた。
胸ポケットに忍ばせた、小さな包み。
昨日、頑張って買った“お礼のボールペン”。
なんてことない文具だけど、すごく悩んで選んだ。
だけど──
(……渡せない)
佐久間さんはいつも通りクールで、資料をパパッとまとめて、朝の会議でスパスパ発言してる。
それだけでなんかもう……渡すタイミング、ない!
(今はダメだな……っていうか、なんで俺こんな緊張してんの!?)
お昼休み、斜め後ろの席で佐久間さんがスープを飲んでる。
(……今? いやいや、食事中にモジモジしたら絶対キモい)
午後、コピー機の前でバッタリ会った。
(いま、いけ……いや、なんで自分でペン持ってないの?って思われたら恥ずかしい……!)
デスクに戻るたびに、胸ポケットの“ペン”が主張してくる。
心臓のドクドクと、包装紙のカサカサ音が同期してるレベル。
結局、その日一日、俺はプレゼントを渡せなかった。
タイミングを見計らっては逃し、声をかけようとしては飲み込む。
自分でも呆れるくらい、小心者だった。
(……もう無理だ。直接は……)
終業後。フロアにはもう人影がほとんどなかった。
佐久間さんの席にこっそり近づき、引き出しをそっと開ける。
新品のボールペンの箱と、短いメモ。
──「このあいだはありがとうございました。お礼です。三崎」
(……よし、これで……)
閉めようとした瞬間。
「……なにしてるんだ?」
「えっっっっ!!?」
心臓が跳ねた。反射的に振り向くと──
そこには、スーツの上着を肩にかけた佐久間さんが立っていた。
つづく
最後の最後で、まさかの背後から「なにしてるんだ?」は反則すぎる……!
なお、心臓が5回くらい止まりかけました。
次回、ついに佐久間さんが“あの箱”を開ける──!?
ナオ、無事に帰れるのか!? そして、佐久間さんの次のBGMは……。
次回も、どうぞお楽しみに!




