第7話 なぜ脱いだらマツケンサンバなのか、説明してほしい
風邪をひいたナオのもとに、まさかの佐久間さん登場──!?
優しすぎる看病に、ナオの心も体温も急上昇。
けれど、何より熱くなったのは、あの「BGM」かもしれません……。
※今回は、ちょっぴり照れくさくて、でも笑える“ほぼお世話回”です。
ほんのりえっち(?)な気配に、BGMも大暴走!
気づけば、陽はすっかり落ちていた。
窓の外の夕焼けが、うっすらとカーテン越しに部屋を染めている。喉の痛みは少しおさまったけれど、身体のだるさは相変わらずだった。
枕元に置かれた冷えピタと、ぬるめのポカリ。
(……本当に、至れり尽くせりだな)
ひとり言のように呟くと、横でガサッと布の音がした。
「起こしたか?」
「……いえ」
佐久間さんは、俺のベットのすぐ隣に腰を下ろして、熱を測るように額に手を当ててくる。
ひんやりとした掌が、額に吸いついた。
「……まだ少し熱いな。もう少し寝とけ」
「はい……」
そのときだった。彼の指先が、俺の髪にそっと触れた。
(え……?)
汗で張り付いた前髪を払うような、ほんの一瞬のしぐさ。
けれど、なんだかくすぐったくて、妙にドキドキしてしまう。
「……髪、濡れてたから」
佐久間さんはそれだけ言って、そっぽを向いた。
(……いや、そんな自然な感じで言われても)
俺の鼓動は、さっきよりずっと速くなっていた。
◆
「……水、もう少し飲めるか?」
「たぶん……」
佐久間さんはペットボトルのキャップを外して、俺の口元に差し出してくれる。
自分で飲むのも億劫で、受け取ろうとしたそのとき。
「ん──」
少し身体を起こした反動で、バランスを崩してしまった。
とっさに佐久間さんが支えてくれたのはいいけど──
気づけば、俺は彼の胸に軽くもたれかかっていた。
(……近い……!)
佐久間さんのスーツの香り。シャツ越しの体温。首筋にかすかに感じる鼓動。
あまりの近さに思わず息を飲んでしまう。
「……だいじょぶか?」
彼の声がすぐ耳元で響いた。
「っ、す、すみません……!」
「……焦らなくていいから。ちゃんと飲めるようになるまで、こうしてる」
「いやでも、それ、めっちゃ距離が……」
「気にすんな」
さらっと言ってのける佐久間さんが、ずるい。
しかもその直後、耳の奥で“新たなBGM”がまた、ふわっと鳴った。
♪
「君の熱にふれたら 胸の奥がざわめくんだ」
「好きとか 恋とか まだ言えないけど──」
「そのくしゃみさえ、愛しくて」
(……やめてくれ……! こっちの体温、ほんとに上がりそうだから!)
顔が火照るのは、風邪のせいだけじゃない──そんな確信が、じわじわと広がっていく。
この人の優しさは、あったかすぎて、時々ちょっと反則だ。
「……あの、佐久間さん」
「ん?」
「なんで、そんなに……優しくしてくれるんですか?」
気づけば、ずっと気になっていたことが、ぽろりと口からこぼれていた。
熱のせいで頭がぼんやりしてるせいか、いつもなら飲み込むような言葉も、今はそのまま出てしまう。
「俺、けっこう抜けてるし、仕事もたいしてできるほうじゃないし……色々迷惑かけたり、体調崩して倒れたり、ホントにポンコツで……」
「……」
「そんな俺に、どうして……こんなに、気遣ってくれるんですか?」
自分で言ってて少し悲しくなるほど、自信のない問いだった。
でも、佐久間さんは、それを真剣に受け止めてくれた。
「……理由、要るか?」
「えっ」
「困ってるやつを助けるのに、いちいち理屈なんて考えない」
そう言って、彼はふっと小さく笑った。
(……その笑顔、ずるい)
優しくて、ちょっと照れてるみたいで──なぜか、すごくドキドキする。
(……あれ? なんで俺、こんなに動揺してんだ?)
おかしいな。佐久間さんって、たしかにすごく頼れる先輩だけど。
俺なんかに親切にする理由、ほんとに、ないよな……?
(え、もしかして……俺、好かれてる……?)
いやいやいや、それはない。それだけは絶対ない。
だって佐久間さん、あんなにクールで仕事できて、たぶん女子社員にもモテモテで……え、え、でも、BGMが爆音で「ナオ〜〜〜♪」って叫んでたし……。
(うわ、ちょっと何考えてんだ俺!!)
頭をぶんぶん振ってたら、隣からじっと見られていた。
「……大丈夫か? 熱、上がった?」
「……すみません、ちょっと汗かいたんで、着替えてもいいですか」
「ん? ああ」
ベッドの脇に用意されていた新しいTシャツとタオルを手に、俺はその場で上着を脱ごうとした。
──その瞬間。
♪ソイヤッ! ソイヤッ!
ナ〜〜〜オ〜〜〜! 愛してる〜〜〜!!!
「……え?」
いきなり、頭の奥に飛び込んできた爆音。
ラテン調どころじゃない、今度は完全にマツケンサンバ系のド派手なパレードミュージック。煌びやかなラッパに打楽器、意味不明なほど陽気な掛け声、そして──
「ナ〜〜〜オ〜〜〜♪」
完全に名前入り。
(ちょ、ちょっと待って!?)
何もしてないよ!? ただ着替えようとしただけだよ!?
でも耳の奥ではもう、金の扇子を振り回す勢いの情熱サウンドが止まらない。
ちらっと佐久間さんを見ると──
「……っ」
視線、逸らした。
わずかに耳が赤い。
(……え、まさか……今のBGM、佐久間さんの!?)
その証拠に、俺がTシャツを頭からかぶった瞬間──
♪ナ〜〜〜オ! キミに乾杯〜〜!
勢いがさらに増した。乾杯すな。
(ちょ、BGM! 落ち着け!!)
「……えーっと……着替え終わりました……」
「……ああ」
明らかに動揺してる佐久間さんを見て、なんだかこっちまでそわそわしてくる。
(なんで……俺が脱いだだけで、あんな情熱的になるんですか?)
思わず口をついて出そうになったけど、ギリギリ飲み込んだ。
──いや、違う。あれはただの幻聴だ。発熱による幻覚だ。うん、そうだ。そうに違いない。
「……じゃ、じゃあ、そろそろおかゆ、食べます!」
「……ああ。冷める前にな」
心なしか、佐久間さんの声が1オクターブ低くなっていた。
そして耳の奥ではまだ、微かにラテンのリズムがこだましていた──
♪ソイヤッ! ナオッ! ソイヤッ!
(だから落ち着けぇぇぇ!)
──つづく。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
佐久間さんの「優しさ」と「不器用な本音」が少しずつ溢れてくる回でしたが……
まさかのBGMがマツケンサンバ風に変化するとは思いませんでした(笑)。
ナオはまだ気づいていないけど、読者のみなさんにはもう見えてますよね。
この人、確実に“好き”なんです……!
次回は、ちょっとだけ“距離”が変わるかもしれません。お楽しみに。