第5話 情熱サンバは突然に
プロジェクト打ち上げの居酒屋で、ナオはいつも通り“音のない”佐久間の存在を感じていた。
けれど──浮かれた場の空気、強い酒のロシアンルーレット、そして突然の“介抱”をきっかけに、
佐久間さんの心のBGMが、まさかのフルボリュームで流れ出す。
そこに込められていたのは、情熱、サンバ、そして……俺の名前?
クールな顔の奥に隠された佐久間さんの“本音(?)”が、今、音になって響きだす。
社内のちょっとした打ち上げ。プロジェクトがひと区切りついたらしく、課長が声をかけてくれて集まった。
「三崎くん、ウーロンハイでよかった?」
「ありがとうございます、課長」
掘りごたつの席は少し窮屈で、俺は斜め前に座る佐久間さんのグラスに目をやった。
──いつも通り、ハイボール。なんか、彼にはよく似合う。
「──じゃ、今日はお疲れさま!」
軽く乾杯の音頭とともに、居酒屋の掘りごたつ席にジョッキの音が響いた。
周囲はにぎやかで、笑い声や皿の音、それに混じってさまざまな“音楽”が交差していた。
俺には、人の感情に応じた“BGM”が聞こえることがある。
たとえば向かいの新人くんからは、軽快なポップス。
隣の女子社員からは、ほんのり浮かれたアイドルソング。
──でも、佐久間さんだけは、いつも“ほとんど聞こえない”。
まるで無音か、あるいは耳を澄まさなきゃ気づけないほどの微かな旋律だけが、遠くで鳴っているようだった。
「ねえねえ三崎くん」
隣の席の女子社員が身を乗り出してくる。
「佐久間さんって、ちょっと無口だけどさ、かっこよくない?」
「え? ああ……まあ、そうですね。頼れるっていうか」
照れ隠しに曖昧に返すと、
女子たちは笑いながら今度は佐久間さんの方へ。
「佐久間さん、今日ネクタイかわいい〜」
「ほんと、いつもクールですよね!」
佐久間さんが軽く微笑んで応じている。その輪の中心に彼がいるのを見て、俺はなぜか、胸のあたりがもやもやしてきた。
(……なんだ、これ)
そのままグラスに口をつけて、ウーロンハイをぐっとあおる。
ほんのり頬が熱くなってきた。
──そのときだった。
「はいはい、ゲームしようぜー! ロシアンショットね!」
田所先輩が声を上げる。
「え〜なにそれ」「一人だけめっちゃ強い酒入ってるってやつ?」
「そう、それ! じゃあ男だけでやろうぜ〜」
並べられたショットグラス。ぱっと見ではどれが強いのかわからない。
「じゃあ、三崎くんこれね」
俺の前に置かれた一杯を見て、なんとなくグラスに手を伸ばす。
──その瞬間。
「それ、俺が飲む」
佐久間さんの声と同時に、彼の手が俺のグラスをさっと奪い取った。
「えっ?」
何が起きたのかわからないまま、佐久間さんはそのグラスを一気に飲み干す。
「さ──佐久間さん!? だ、大丈夫ですか?」
返事がない。
──と思ったら、そのまま彼はふらりとバランスを崩し、ドサッと俺の隣に倒れ込んだ。
「ちょっ、まっ──佐久間さん!?」
慌てて体を支えながら、店の隅の壁際に彼を運ぶ。
「す、すまん、なんか……ちょっと疲れてたみたいで……」
佐久間さんがかすれた声でそう言う。
「っていうか、どうして俺のグラスが強いやつってわかったんですか?」
「……勘」
「いやいや、そんなの──」
そのときだった。
──チャンチャカチャンチャカチャン!
突如、俺の頭の中に大音量で“何か”が流れはじめた。
(……え、まさか)
これ、佐久間さんの……BGM!?
普段は聞こえないほど微かだった彼の旋律が、今は爆音で頭の中に響いている。
しかも──イントロを終えたと思ったら、なんか……
「オーレッ! サクマ・フィーバーッ! 恋の乱舞でソイヤッ!」
(マツケンサンバ風!?)
さらに、
「ミサキ、ミサキ、ミサキィィ〜〜〜♪ ナオ、ナオ、ナオ〜〜〜♪」
(俺の名前ーーー!?)
脳内で繰り返される情熱的なラテン調のナンバーに、頭がクラクラする。
(……すごい……情熱、というか……なんか祭りじゃないか)
そのとき佐久間さんはぼんやりと俺を見上げて、こう言った。
「三崎……わるいな…」
そう言った佐久間さんは、心の中で陽気なラテンを踊らせながら、いつも通りの低く落ち着いた声で――
「……情熱と見た目が一致してないにもほどがある……」
思わず、俺はそんなツッコミを心の中でつぶやいた。
でも、不思議とそのギャップが、なんか――ちょっと、いいなって思ってしまった。
(……やっぱり佐久間さんって、よくわからない)
そして頭の奥ではまだ、“ナオ〜〜〜♪”のサンバが鳴り止まない。
俺は、少しだけ熱くなった頬を手で押さえながら、そっとその音楽を聞いていた。
つづく
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ついに佐久間さんの“BGM”が音量解禁されました。まさかのサンバ調、まさかの「ナオ連呼」、
ご想像以上の情熱だったかと思います(笑)
今回は、クールキャラの“内なる熱さ”が思わぬ形で噴出するギャップ萌えを狙ってみました。
ナオくんの天然リアクションも冴えてきて、少しずつふたりの距離感に変化が出てきたような気がします。
次回は、目が覚めた佐久間さんはこの一件をどう受け止めるのか?
ナオはあの「ナオ〜〜♪」の歌をどう処理するのか?
お楽しみに!




