第4話 甘い勘違いとチーズケーキ
【第4話:甘い勘違いとチーズケーキ】
「佐久間さんって、甘いの好きじゃないの?」──そんな、たわいのない会話の中に、俺の知らない“彼”がそっと顔を出した。
急な外出で偶然同席したカフェ。
ひと口のケーキが、予想外に距離を近づけてきた気がして……でも、俺はまだ気づいていない。
これは、勘違いだと思っている俺と、
想いを隠す彼との、静かなすれ違いの話。
週明け、俺──三崎ナオは、いつものように社内での事務処理に追われていた。
「三崎くん、今日の午後、急だけど〇〇社に書類持って行ってくれる? 佐久間と一緒に」
「えっ……俺もですか?」
「うん。担当の君が同行してくれた方がスムーズだし。ついでに、課長も顔出すって」
急遽決まった外出に軽く戸惑いながらも、俺は頷いた。佐久間さんと課長と、三人での外出なんて、入社以来初めてかもしれない。
***
取引先との面談は、無事に終わった。
緊張のせいか喉がカラカラだった俺に、課長が声をかけた。
「佐久間くん、三崎くん、ちょっと時間ある? 軽くお茶していこう」
「はい」
俺たちは近くの喫茶店に入った。レトロで落ち着いた雰囲気の店。木目調のインテリアに、控えめなジャズが流れている。
カウンター近くのテーブル席に三人で腰を下ろし、それぞれ飲み物を注文した。
課長はコーヒー
「三崎くんは?」
「じゃあ、アイスティーで」
「佐久間くんは?」
「ホットのコーヒーを」
(……え?)
一瞬、俺は聞き間違えたかと思った。
コーヒー……? お茶じゃなくて?
(このあいだ、あんなに嬉しそうにお茶を受け取ってたのに……お茶、好きなんじゃなかったの?)
ちょっとしたパニックが脳内に走る。まあそんな事もあるか。
ドリンクが届く間、俺の中では“お茶好き佐久間さん”のイメージと、“コーヒー派佐久間さん”がせめぎ合っていた。けれど佐久間さんは、いつもの無表情のまま、届いたホットコーヒーを静かに口に運ぶ。
(……コーヒーが似合いすぎる……なんか、意外)
そしてなぜか、ちょっとだけ寂しくなった自分に気づいて、慌ててアイスティーのストローを噛んだ。
***
少しして、課長のスマホに着信が入り、彼は「ちょっとごめん」と言って店の外へ出ていった。残されたのは、俺と佐久間さんのふたりきり。
沈黙が、すうっと降りてくる。けれど、それは不快ではなかった。喫茶店の落ち着いた雰囲気が、静かな佐久間さんの空気と、不思議なほどよく馴染んでいた。
店員さんが、小皿にのせた小さなチーズケーキを運んできた。
「本日サービスの試食です。よろしければお召し上がりください」
「あ、ありがとうございます」
フォークを手に取り、俺は一口。ふわっとした口溶けと、やさしい甘さが広がる。
「……うまっ。これ、普通に売れるレベルじゃないですか」
思わず笑ってしまうと、向かいの佐久間さんが少しだけ目を細めた。無表情の中に、微かな安堵のようなものが見えた気がした。
その時、喫茶店に流れるジャズとは別の──意識の奥をかすめるような“音”が聞こえた気がした。
静かで、ゆっくりとした旋律。遠くから誰かが奏でるピアノのような──
けれど、それが何の音か確かめる前に、音はするりと消えてしまった。
俺はふと──
フォークの先にチーズケーキをすくって、彼のほうに差し出した。
「佐久間さんも食べます? これ、当たりですよ」
その瞬間、彼の肩がピクリと動いた。
「……いや、それは……」
視線がフォークと俺の手元を行き来してる。なぜか、ちょっと顔が赤い気がした。
「あれ、甘いの苦手でした?」
「……いや。嫌いじゃ、ないけど……そういうのは……」
珍しく言葉を濁して、目を逸らす佐久間さん。
あ、これ、たぶん“あーん”が照れくさかったんだなって気づいて、俺はフォークを引っ込め──
その瞬間だった。
「……ちょっと」
そう呟くと、佐久間さんの手が、俺の手をそっと掴んだ。
驚く間もなく、そのまま俺の持っていたフォークをゆっくり引き寄せ──
佐久間さんは、フォークから直接、チーズケーキをひと口食べた。
無表情のまま、けれどその仕草はどこかぎこちなくて、目の奥に浮かぶ何かを、俺は見逃さなかった。
「……ありがとう」
それだけ言って、佐久間さんは立ち上がった。
「……トイレ、行ってくる」
その背中を目で追いながら、俺は自分の心臓がやけにうるさいのに気づいた。
(……なに今の……え、食べた……よな?)
思い返して、じわっと顔が熱くなる。
でもすぐに冷静を取り戻して、コップの水をひと口飲んだ。
──うん、落ち着こう。
(……でも、甘いのあんまり好きじゃないのに、無理して食べてくれたのかな)
なんか……気を遣わせちゃったな。
ちょっとした申し訳なさが胸に残る。
(つづく)
【あとがき】
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第4話では、ナオと佐久間がはじめて「社外で」同じテーブルにつく回でした。
フォークとチーズケーキ──このシーンは、BL的にも関係性が一歩進むきっかけにしたくて書きました。
でもナオはまだ気づいてないし、読者の皆さんには「気づけ〜!」って思ってもらえたら嬉しいです(笑)
次回、第5話ではナオ視点で少し日常に戻りつつも、佐久間の“ある行動”が新たな伏線になります。
今後ともよろしくお願いいたします!




