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第6話 流星タグが落ちた夜

路地裏のネオンをくぐり、低音に包まれて——百のBGMに酔いそうになったナオの耳を、佐久間の“いつもの旋律”が一本に整える。

やがてステージではSHOが舞い、宙を切った“流星タグ”は、なぜかナオの胸元へ。ざわめく視線、静かな宣戦布告、テラスのキス。そして帰り道の小さなDMは、ほんのり火種の予感。今夜、二人は「眩しさに負けない」を覚える。

──ミーティアの夜。


裏路地に浮かぶネオンを抜け、地下へ続く鉄階段を降りる。足音が金属に響き、扉が開いた瞬間、熱と光と音が、まとまってこちらへ雪崩れ込んだ。


入口で手首にリストバンドを巻かれる。スタッフの軽い合図。視界の先、フロアの奥にしつらえられたVIPのソファでは、真鍋と桐谷がすでにくつろいで手を振っていた。


「おーい、こっちこっち!」


「いらっしゃい〜、ミーティアへようこそ」


佐久間は黒のシャツにジャケット、端正そのもの。対してナオは白Tにライトグレーのジャケットで、少しだけ場違いな可愛さをまとっている。


(……わ、音が……)


入った途端、耳の中で何十種類ものBGMがいっせいに立ち上がった。四つ打ちのベースが床を蹴り、上モノが乱舞し、別々のコードがぶつかって耳が眩む。ラテン、EDM、R&B、ディスコ、テクノ、断片的なメロディが人の数だけ渦を巻く。


(や、やば……ちょっと、頭が……BGMで)


思わず足が止まった瞬間、手首をやさしく取られる。


「迷ったら、俺のほう見ろ」


低く短い声。触れられたところから、温度が伝わる。


その刹那──耳の中の雑音が、すっと引いていく。いつもの佐久間の旋律が、弦の低いロングトーンみたいに静かに立ち上がり、ばらけた音たちを一つのキーへとやわらかく整えていく。テンポは落ち着いた心拍、余韻は深呼吸の長さ。音が一本の道になった。


(……大丈夫だ。佐久間さんの手、ある)


胸がゆっくり元のリズムを取り戻していく。



「ナオちゃん、似合ってるじゃん、そのジャケット。めっちゃ視線集めてるよ?」

真鍋の軽口にどこか不機嫌そうな佐久間。


桐谷が「佐久間さん結構束縛系ですね。でもそれがいいのかな?」と笑う。ナオは苦笑で返しながら、フロアを見渡した。目の端では、鏡張りの壁が光を切り裂いている。


(……ここに来ようって言い出したの、俺だ)


こっちの世界のこと、何も知らない。わからないまま、佐久間さんの隣に立つの、ずるいかもしれない。旅館での“うまくいかなかった自分”を思い出して、胸が少しだけきゅっとした。

そんな自分を変えたくて、佐久間にミーティアに来ることを言い出したのはなおだった。


そんなタイミングで、照明が一度落ちた。LEDのラインが天井から走り、ステージにスポットが落ちる。


MCの声が響く。「ミーティアのみんな、準備はいい? 今夜の流星、SHO!」


歓声。ビートが一段階深くなる。現れたのは、ステージネーム「SHO」としての結城 翔。ダンサーを従え、しなやかな下着姿に和風の帯アレンジ、足元のブーツが光を拾う。キックは艶のあるエレクトロ、間に和太鼓のサンプルが差し込まれ、尺八のシンセが空を切り裂く。


(……すごい。プロだ)


フロアの熱が一気に上がる。SHOとダンサーたちの手には、細い黒のリストバンド──小さな流星型のチャームが揺れている。客の間からひそひそ声。


「出た、“メテオタグ”」

「今夜の“流星(ミーティア)”は誰?」


ミラーボールの破片が空中を舞う。ナンバーがクライマックスに向かうにつれ、客席の視線はその“タグ”へ集まる。最後のキメ、SHOが宙に投げたメテオタグは──


きれいな放物線を描いて、ナオの胸元へ飛び込んできた。


(えっ──)


反射的に受け止める。次の瞬間、店内カメラがその場面をとらえ、大型スクリーンにナオの姿が大写しになった。歓声と冷やかしの混ざったどよめき。どこからか「今夜のミーティア!」という声も飛ぶ。


(ちょ、ちょっと待って……)


横で、佐久間の顎のラインが、ほんの少し固くなるのがわかった。



ステージの後。結城はステージの汗をタオルで拭いながら、VIPのテーブルに笑みを落とした。

「……来てくれるとは思ってなかった。嬉しいです、ナオさん。佐久間さんも」

佐久間は短くうなずく。「そうか」

結城は視線を和らげる。「ここでは僕のホームです。もし変なのに絡まれたら、僕の名前を使ってください。守るのも仕事なので」

一拍置いて、佐久間の目が鋭く細くなる。

「それより──さっきのは、なんだ」

「演出です。ショーの“指名サイン”──今夜誰を選んだかの合図です」

佐久間の声がほんの少し低くなる。「誰に向けた」

「ナオさんへ。そしてあなたへ──宣戦布告」

結城は静かに一礼した。テーブルに漂う低音のビートだけが、短く震えた。


ちょうどそこへ、真鍋と桐谷も合流して、空気は軽くほどけた。


「SHO、ナンバー最高!帯のアレンジ天才〜」


「歯科医の審美眼は厳しいからね〜」と桐谷が自賛しながら笑う。真鍋がナオの肩を軽く叩く。


「ナオちゃん、“ミーティア”おめでとう。スター誕生?」


「いやいやいや、やめてください……!」


笑いの渦に、緊張がすこしずつ溶ける。



フロアが一段落したところで、佐久間が耳元で「外、少し」とささやいた。二人でテラスへ出る。街の風が、クラブの低音を壁越しにやわらげる。


廊下の入り口では、さっきの“メテオ”の話がまだ尾を引いている気配があった。


「さっきの子?」「あの人、彼氏つきっぽいよ」


(……うん、そう思われてもいいのか。ここでは)


気づけば、佐久間はずっと手を握ってくれていた。今さらみたいにそれに気づくと、急に顔が熱くなる。お酒のせいだけじゃない。


(ここでは、気にしなくていいんだ)


ナオはこっそりと、ぎゅっと握り返した。


佐久間が、ためらいのない動きで、ナオを抱き寄せる。肩に落ちる手があたたかい。壁の向こうの低音が、ふたりの心臓にちょうどいいテンポで重なる。


「……キスしても、いいか」


「……はい」


唇が触れた瞬間、耳の奥でひとつのグルーヴが立ち上がった。


──♪ 低音は深く沈み、ハイハットは乾いて刻む。

  On this beat, just you—locked in. I won’t let go.

  この拍の内側で、君だけを抱きとめる。


(……いつもの佐久間さんと違う。クラブのビートみたいに速いのに、やさしい。)


短く、やさしく、もう一度。世界が静かになり、ふたりの影だけが夜の隅に寄り添った。


地上に出ると、ビル風が熱をさらっていった。タクシー乗り場の列に並んだ瞬間、ナオのスマホが震える。


表示名は「吉田」。広報の吉田だ。同い年で、女子会メンバーのまとめ役。旅行写真の取りまとめも彼女だった。

『ねえ、ミーティアの公式ストーリー見た?』

続いてスクショ。逆光の“VIPカップル”のシルエットに、スタンプで「誰〜?笑」。


(……うわ)


言葉を探していると、隣の佐久間が画面を覗き込み、短く息を抜いた。


「照明が強すぎる。誰でも“似て見える”」


「……ですよね」


「気にしなくていい。もし何か言われたら、俺が返す」


その低さに、体温が少し落ち着く。ナオはスタンプ一個と一行だけ送った。

『別人だよ〜笑』


数秒で既読。すぐ返事。

『だよね! 月曜、旅行写真のデータ渡すね〜』

『おやすみ!』


通知が消える。手の中のメテオタグが、さっきより軽く感じられた。

前方でタクシーが一台停まる。佐久間が「行こう」とだけ言って、自然に手を取った。


──つづく

読んでくれてありがとう。結城の一投が作った波紋、まだ消えてません。

面白かったら感想やブクマで背中を押してください。二人の低音、もっと深く鳴らしていきます。

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