表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/41

第3話 旅館マジックと獣のBGM

社員旅行の夜。浴衣姿の佐久間主任とナオが並ぶだけで、女子社員たちの妄想BGMが大暴走──!?

そして夜風が涼しいテラスで、まさかの修羅場(?)がはじまる…!

大広間は、湯気みたいな笑い声で満ちていた。

テーブルの上には、鮮やかなお造りや土瓶蒸し、陶器の徳利に瓶ビール。畳にちゃぶ台、旅館ならではの並びが、どこか懐かしくて浮き立つ。


浴衣に着替えた社員たちも、いつもより少しだけ砕けた表情。

照明は落とされ、障子越しの夕映えが、柔らかく場の輪郭を染めている。


「佐久間主任、やっぱり和装、似合いますね〜」

「ていうか、ナオくんも色白だから……ちょっと待って尊くない?」


──その瞬間、女子社員たちの脳内でBGMが爆発する。


スローテンポな和風ラブバラード。琴の旋律が切なげに揺れ、篠笛しのぶえの音色が重なる。

サビでは艶やかなストリングスが入り、地鳴りのような太鼓がドクンと鼓動のように鳴る。

歌が重なった瞬間、空気に色と湿度が加わる。


──♪ 息をのむ浴衣の破壊力

   淡い色 並ぶふたり ここは箱根の奇跡

   肩と肩が触れそうで 触れなくて

   距離近すぎて 呼吸困難……!?


まるで月9ドラマのエンディングのような壮大さ。

見ている本人たちの妄想を越えて、周囲が勝手に“物語”を構築し始めていた。


(……ああ、まただ……また始まってる……)


佐久間は、というとそんな空気を微塵も感じていない風で、落ち着いた手つきで猪口を傾けている。

黒と白の縞模様が入った浴衣がよく似合っていて、前髪の影から覗く目元にやけに色気があるのが困る。


ナオ自身も、明るい水色の浴衣に袖を通しているけれど、こうして並ぶとどうしても“並び立つ色彩”に見えてしまって、妙に意識してしまう。


「ナオちゃーん、こっちこっち!」


少し赤ら顔の真鍋が、向こうの卓から手を振った。佐久間は部署の上司たちのグループに呼ばれ、ナオも一度は別の席へ──

上司に注ぎ、注がれ、一通り場が落ち着いた頃、真鍋がいつの間にかナオの隣に滑り込んできた。


そして、唐突に──


「で、どうなの?」

「なにが、ですか」


「ナオちゃーん、同棲してるんでしょ? 進捗、聞いとかなきゃなって」


「業務報告みたいに言わないでください」


ひょうひょうとした笑いに、つい口元が緩む。が、次の一言で、箸が止まった。


「ぶっちゃけ、どこまでいってる?」


こっそりの小声。ナオは一瞬、頭の中が真っ白になる。


「……き、キスは、偶然の一回くらいで……」


「は!? そこ止まり!?」


テーブルの板が小さく鳴るくらい、真鍋は肩を跳ねさせた。周囲が一瞬だけ静まり、すぐにまた笑いに紛れる。


「……足りないな」


「えっ」


「このままだと尊すぎて燃え尽きる。よし、俺が攻略法を伝授しよう。旅先スペシャル、今夜から実践可」


「や、やめてください、ぜったいロクなことにならないやつ! あの、ほんとに大丈夫です」


「ナオくん、ナオくん……」

ぐいと肩を寄せて、真鍋が口元に手を当て、ごにょごにょと小声で何かをささやく。


「……そんなこと、できませんよ!? ていうか意味わかんないですし!」


顔が一気に熱を帯びる。真鍋は「まあまあまあ」と笑いながら背中をぽんと叩いて、「任せとけって」と根拠のない自信に満ちた顔をしていた。


そんなふうに至近距離で話している二人を、佐久間は視線の端でじっと見ていた。相手の話を聞いているふうでいて、明らかにそわそわと何度もちらちらとナオのほうを見る。


ナオはそれに気づき、耐えきれないように立ち上がった。

(……だめだ。ちょっと外の空気、吸おう)


おちょこを置き、「少し、外に」とだけ言って席を立つ。


廊下を抜けると、簀の子のテラスが庭にせり出していた。夜風が、汗ばむ頬にやわらかい。遠くで、源泉の落ちる水音。虫の声は細く、空は薄い群青。


手すりに指をかけ、息をひとつ吐く。


(ばれないように、って思うの、もうやめればいいのかな。……でも、会社、だし)


その瞬間、不意に背後で足音。


「ナオ」


低く、抑えた声。振り向けば、佐久間がすぐそこに立っていた。


「……さっき、真鍋と何を話してた?」


「え、あ、たいしたことじゃ……ほんと、どうでもいいことなんです」


視線が泳ぐ。嘘ではないけど、話せるような話でもない。顔がまた熱くなる。


「……ふうん」


言葉の代わりに、佐久間の手が伸びてきて、ナオの腕をとる。次の瞬間、ぐっと自分のほうへ引き寄せられ、胸に抱き寄せられた。


鼓動が、跳ねる。


「……佐久間さん……」


「さくまさ〜ん!」


タイミング悪く、大広間から同僚の声が飛ぶ。佐久間は舌打ちするかわりに、小さく息を吐いて、ナオを離した。


「……戻る。あとで、話そう」


背中を向け、佐久間が宴席へと戻っていく。その後ろ姿を、ナオは呆然と見送る。


(……え、なに、今の……)


まだ胸の鼓動が、うまく戻らない。


……そのときだった。


「……なおさん」


背後から名を呼ばれ、びくっとなる。


振り向けば、そこにいたのは──結城 翔。


淡い色の浴衣に身を包み、やけに落ち着いた表情で、ナオを見つめていた。


「さっきの……佐久間さん、ですよね? あれって……お付き合いされてるんですか?」


「え、あ……あの……」


言葉に詰まるナオ。結城はそんなナオの様子を、どこか愉しげに見ながら微笑んだ。


「ふうん……そうなんだ。でも、ナオさんみたいなタイプ、僕、すごく好みで」


一歩近づいてくる。


「よかったら、僕とも……楽しみませんか? 佐久間さん、かっこいいし、もしよければ……三人でも、僕は全然」


──その瞬間。


ナオの耳に、新たなBGMが突如として炸裂する。


妖艶なベース音。艶めいたサックス。ジャズとエレクトロが融合したような、底に蠢く獣的な音の波。


──♪ 欲望は理性を溶かす

   灯りの少ない夜に 牙を光らせる

   誰にも見せない顔で 君を飲み込む──


(……え、なにこの曲……っていうか、え、え、え!?)


状況が飲み込めず、フリーズするナオ。その動揺を「了承」とでも思ったのか、結城がさらに顔を寄せ──


「や、やめ──」


唇が触れそうになる、その瞬間──


「……何してるんだ」


背後から、低く冷たい声。


結城の肩をつかんで引き剥がすように、佐久間が現れた。


次の瞬間、静寂が夜のテラスを支配した。


──つづく。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


旅館の宴会は、色んな意味で危険ですね。

なおのピンチに駆けつけた佐久間さん、かっこよかったけど…続きが修羅場になるか、甘くなるか、ご期待ください!


次回、「結城、まだ引き下がらない」です(仮)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ