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第2話 偶然の再会は、静かに火花を散らす

社員旅行のバスで揺れる“疑惑のBGM”。

旅館に着いたら、まさかの再会が待っていた。

ロビーで視線が交差する、その意味は──?

──社員旅行、出発の朝。


箱根行きの観光バスが、滑らかに首都高へと合流していく。エアコンの低いうなり、まだ人の少ない朝の街、車窓の向こうをゆっくりと過ぎていく景色。


「ナオちゃーん、朝から糖分チャージ! 期間限定のやつ、食べる?」


斜め後ろの席から身を乗り出した真鍋が、小袋をひらりと掲げる。親指と人差し指でつまんだクッキーを、からかうようにナオの口元へ近づけてきた。


「え、あ、ありがとうございます……って、なんでバスの中であーん!?」


「旅行中はノリが命。ほら、あーん」


「いや、自分で食べますから! あー……ありがとうございます!」


照れながら手を伸ばしたナオの膝に、すっと何かが置かれる。


「粉、落ちる」


隣の佐久間が、胸ポケットから取り出したティッシュをさりげなく差し出してきた。その所作は穏やかで無駄がなく、けれどどこか“速さ”を感じさせた。


(……やっぱり妬いてる。そういうとこ、大人げないけど、ほんと可愛い)


前方の席のほうから、小さな歌声が耳の奥に滑り込んでくる。


──♪ バスで始まる恋の予感 隣の横顔 今日も尊い

   目が合うたび 証拠が増えるの これはもう確定演出──


(うわ……また聞こえてる、妄想BGM……)


社員旅行のしおりで口元を隠してひそひそ話す女子社員たち。目線は、前を向いたままの佐久間と、ナオの間を行き来していた。


気づかぬふりで窓の外へ目を向ける。高架沿いの街路樹が流れていく。隣の気配はいつも通り穏やかで、頼もしくて、それだけで今日の胸はやけに忙しかった。



旅館に到着すると、木の香りがふわりと迎えてくれた。団体客で賑やかなはずなのに、どこか澄んだ空気に包まれている。


チェックインの列に並び、生け花をぼんやり眺めていたとき──視界の端に、思いがけない横顔が映った。


「……結城さん?」


名前を呼ぶより先に、相手が気づいて振り返る。


「あれ、ナオさん? お久しぶりです」


営業時代と変わらない、よく通る声。胸元のネームプレートには「フューチャーライフホーム」の文字。そうだ。2LDKの部屋を内見・契約したときの担当、不動産営業の結城翔だ。


「こんなところで……偶然ですね」


「うちも社員旅行で。まさか、同じ宿とは思いませんでした」


言葉を交わすその間、結城の視線が一度だけ、ナオと佐久間の間を静かに往復する。その目は、まるで物件の間取りを冷静に見定める営業時代のそれ。観察、という温度を含んでいた。


──♪ 再会って 運命? 偶然? どっちでもいい

   気づいたらまた 目で追ってしまう──


(……このBGM、結城さん? いやいや、ただの旅先マジック……)


横を見ると、佐久間が軽く会釈をする。結城も同様に礼を返し、どちらも笑顔を崩さない。けれどその間には、ごく薄い、だが確かな熱が漂っていた。


(……火花、ってこういうやつ? いや、気のせい……)


後方から、同僚たちのざわめきが届く。


「ナオくん、今の誰?」「めっちゃイケメンじゃなかった?」「あれ、元カレ?」


──♪ ロビーで邂逅 運命フラグ〜?(ひそひそ合唱)


その少し離れた場所で、真鍋が片眉をわずかに上げる。状況を察し、口角だけが意味ありげに上がった。


宿帳を書き終えると、フロント係が木札の鍵を二つ差し出した。焼き印には『夕映え』とある。



案内された部屋は、二間続きの和室だった。障子の向こうには低い庭。奥の縁側には、細長いテーブルと椅子。ふたりの家とは違う、どこか仮の宿の静けさが心地よい。


「……なんか、変な感じですね。同じ部屋なのに、いつもと違う」


「旅行は、いつもじゃないものだ」


佐久間は静かにスーツを畳み、浴衣に着替える。その仕草の一つひとつが美しくて、ナオは慌てて荷物へと視線を落とした。


「……あの、結城さんのことなんですけど」


「うん」


「もし、俺たちのことを……社内の人に言ったりしないですよね……? いや、結城さんに限って、そんなことは……」


言いながら、自分でも何を気にしているのか曖昧になっていく。佐久間は帯を結び終えると、こちらをまっすぐに見た。


「知られて困ることじゃない」


その言い方は静かで、でも確かだった。


「そ、そうだけど……“社内の人たちに”って意味で……」


「わかってる」


その一言のあと、ナオの耳に、しっとりとした旋律が響いてくる。


──♪ 平気だよ 隣にいる それだけで

   守りたいものは もう決まってる──


(……やめて。そういう歌、反則……)


声が震えそうで、視線が合うと何かがあふれそうで、「行きましょうか」とだけ言って、ナオは先に立ち上がった。


──つづく


読んでいただきありがとうございます。

今回は、旅のはじまりと、思いがけない再会まで。

次回、宴会場で起きる“あの人”の動きにもご注目ください。

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