第29話 はじめまして、“彼氏さん”です!?
ナオと佐久間、ついに実家へ──!
「彼氏です」と言うつもりだった佐久間を待ち受けていたのは、
まさかの“先に言われる”フライング歓迎!?
佐久間さんの挨拶、そしてまさかの一言に、ナオ赤面……!
男同士の絆(?)が芽生える中、ひとり取り残されるナオの運命は──!?
「……ついた」
ナオがぽつりとつぶやく。
蝉がけたたましく鳴く、真夏の午後。住宅街の一角に建つ、ナオの実家。
「こっち……です」
汗ばむ手のひらをぬぐいながら、門扉を開けたその瞬間──
「ナオ〜! こっちこっち!」
「おかえり〜!」
「遠いとこありがとね〜!」
玄関から、一気に5人が飛び出してきた。
両親に、姉の理沙、姪のあかり(小3)、そして妹の芽衣。
まるで“帰省した芸能人”でも迎えるかのようなフルメンバー歓迎だった。
「え〜っと……この人が、ナオの……彼氏さん?」
お母さんが無邪気に言い放ったその一言で、空気がぐにゃりとゆがむ。
ナオは「えっ」と息を呑み、佐久間は……明らかに固まった。
(……彼氏さん……って、先に言われた……)
本来なら、「お付き合いさせていただいています」と、しっかり自分の口から伝えるつもりだった。
覚悟もしてきた。準備もしてきた。
でも──この“フライング紹介”に、まさかの言葉を失う。
「……佐久間です」
なんとかしぼり出した名乗りの声は、少しかすれていた。
その直後──
──♪ あれ……俺のセリフ、どこ行った?
“つきあってます”って言うはずだったのに〜!
練習してきた挨拶、スタートからすべってる……!!
(うわっ、佐久間さんのBGM……!)
妙にポップなメロディに乗せて、佐久間の心の戸惑いがだだ漏れしている。
その横で、ナオはすでに顔が真っ赤だった。
「……彼氏さんって呼ばないで!?!?!?」
「いやでも、もうそういう感じよね〜?」
「芽衣が言ってたし!」
「本人たちの前でそれ言うなって!!」
わいわいと盛り上がる家族の中、佐久間は小さく深呼吸していた。
(……大丈夫、これくらいのアクシデント……想定内……のはず)
──いや、してなかった。
*
ダイニングでは、手料理がずらりと並んでいた。
唐揚げ、ポテトサラダ、だし巻き卵、夏野菜の揚げびたし──
「おもてなしなんて……すみません」
「なに言ってるの! 彼氏さんなんだから当たり前よ!」
(また言ったーー!?)
ナオがテーブルの端で小さくなっている隣で、佐久間さんは穏やかな笑みを浮かべ、律儀に箸を進めていた。
「あかり〜、食べ終わったら、お風呂よ〜」
「はーい!」
元気な返事をしたあかりは、ナオの肩にもたれて「この人がなおにいの恋人〜?」と無邪気に聞いてくる。
「ちょっ……それ、誰に教わった!?」
「芽衣ちゃん!」
(やっぱりか!!)
そんなやり取りをよそに、佐久間さんは家族に囲まれながら、実に自然に会話をこなしていた。
「ナオさん、昔は手のかかる子でした?」
「ええ〜、よく鼻血出してましたよ。漫画の読みすぎで」
「やめて!? いま、それ、言う!?!?」
(ていうか……なんか、すごく馴染んでる……)
*
やがて、姉の理沙と芽衣が、あかりを寝かしつけるために部屋を出て行った。
残ったのは、ナオ、佐久間、そして両親の4人。
お母さんが、ふと手を止めて、佐久間さんのほうに向き直った。
「ナオは、ちょっと不器用で、人より遅いところもあるんですけど……この子を、よろしくお願いしますね」
母の穏やかな声が、リビングの空気をふわりと染めた。
その言葉に、佐久間はゆっくりまばたきをした。
一瞬の静寂のあと──彼は背筋を伸ばし、すっと座りなおす。
その所作には、普段のクールな印象を超えた、強い意志があった。
「……お父さん、お母さん」
低く、まっすぐな声で切り出す。
「ナオさんのことを、本気で、幸せにしたいと思っています。
どうか──永遠に、そばにいさせてください」
そう言って、深く、丁寧に頭を下げた。
ナオは、あっけにとられていた。
(……え、今の……マジで……?)
一拍、二拍、間が空いた。
その沈黙を破ったのは、ナオの父だった。
「……わかった」
その声は静かで、しかしどこか温かい。
「君でよかったよ」
そう言って、立ち上がる。
「なあ、あれを持ってきてくれ」
声をかけられた母が、戸棚からとっておきの瓶を取り出す。
「……あなた、それ、本当に開けるのね。ふふ、じゃあ特別な日ってことで」
「いいんだよ。男同士の話だ」
ナオがぽかんとして見つめる中、父はその酒を佐久間に注いだ。
「ほら、飲め」
「ありがとうございます……いただきます」
グラスを受け取った佐久間は、少しだけ顔をほころばせて口をつける。
その光景を見つめながら──
(……え、なにこの空気)
ナオはどこか、取り残されたような気持ちになっていた。
(……え、男同士で飲むって……俺、蚊帳の外なんですけど?)
男同士の絆的な空気が流れる中、ナオはぼんやりと考える。
(ていうか俺、いま何枠……?)
頭の片隅で、自分の立ち位置がわからなくなってきたところで──
──つづく。
ついに実家に到着したふたり、佐久間さん……冒頭から挨拶つぶされてて不憫(笑)
でもしっかり本気の想いは伝わって、お父さんとも盃を交わす展開に……
その裏でひとりだけ“男同士の輪”に入れてもらえないナオ、ちょっとかわいそうだけど、
この距離感もまた、ふたりの関係の面白さですね。
次回、家族の団欒はさらに続くのか……?
そしてナオの“自分の立ち位置”の行方は──?
お楽しみに!




