第28話 兄の恋、妹バレ。
妹・芽衣が突然やってきた!
恋に鋭すぎる“腐女子の勘”が、ナオの秘密にあっさりたどり着く──!?
そしてついに、「親に会ってくれませんか」の一言が……。
ドキドキの“未来を見据える”28話、はじまります。
「ナオ兄〜!」
土曜の昼下がり、駅の改札口の向こうから、元気な声が響いた。
「……芽衣」
小さめのスーツケースを引いて、パーカーにキャップ姿の女の子が手を振っている。ナオの妹、芽衣だった。
「久しぶり〜! 夏休みで東京来るって言ったじゃん。ほんとは友達と遊ぶ予定だったんだけど、今日はお兄ちゃんと過ごそうと思って!」
「お、おう……なんか急だな」
芽衣はさっさとナオの隣に並び、エスカレーターへと向かっていく。
(……っていうか、なんだろうこの圧……)
──実は、芽衣にはひとつ、楽しみにしていた“調査項目”があった。
それは、兄・ナオの恋人疑惑。
(あの“クール系のイケメン”……絶対なんかある……!)
以前、母が倒れて帰省したときに見たやりとり。明らかに普通の同僚じゃなかった。
芽衣はそこから妄想を積み上げ、「ナオには実は年上の彼氏がいる説」を、ほぼ確信に近い状態で構築していたのだった。
そして──
夕方。ナオの部屋にて。
「ふーん……けっこう片付いてるじゃん」
「妹が来るって聞いたからな……」
「ねえ、ひとつだけ聞いてもいい?」
「ん?」
芽衣はソファに腰かけ、じっと兄を見つめた。
「その……付き合ってる人、いる?」
ナオは飲んでいた麦茶を思いきり噴き出した。
「な、なに!? 急に!?」
「いや……いるよね? なんか、こう……いる顔してるもん」
(“いる顔”ってなんだよ……)
ナオは思わず目をそらす。
芽衣はさらに身を乗り出す。
「もしかしてさ……あの、この前の“イケメンの会社の人”とか……」
「っ……! なんでそうなる!?」
「だって、帰ってきたときの雰囲気、完全に“彼氏”って感じだったし! あとLINEも見たし!」
「見るなよ!? 勝手に!」
「で、どうなの? 付き合ってるの? してないの? 結婚の予定は? 親に会わせたりとか……」
「ま、まてまてまて!? 一気に詰めすぎ!!」
ナオは顔を真っ赤にしながら、クッションを抱えて縮こまった。
芽衣はくすっと笑いながら、炭酸飲料のフタをひねってひとくち飲んだ。
「でも、いいと思うけどな。兄ちゃん、すっごく優しいし。幸せになってほしいよ、私は」
その言葉に、ナオの胸がじんわりと熱くなる。
(……幸せ、か)
芽衣が何気なく言った「親に会わせる」というフレーズが、心の中に残っていた。
──翌日。
東京駅のホーム。芽衣の帰りの新幹線を見送ったあと、ナオはひとり、ベンチに腰かけてスマホを開いた。
メッセージアプリを開いて、少しだけ迷ってから、打ち込む。
『あの……突然なんですけど、よかったら今度、うちの両親に会ってくれませんか?』
送信ボタンを押したあと、しばらく画面を見つめる。
数十秒後、通知が光った。
──『……わかった』
それだけだったけど、ナオの心は不思議と安らいでいた。
***
休日の午後。
佐久間はひと息ついて、アイスコーヒーを片手にソファに沈んでいた。
そのとき、スマホが震える。
『よかったら両親に会ってくれませんか?』
一瞬、指が止まった。
画面の文字をじっと見つめる。
(……親に会う、って……)
胸の奥が、ふっと熱くなる。
まっすぐなその言葉が、じわりと染みてくる。
(……挨拶、ってことか……)
「こんにちは、佐久間です。ナオさんとお付き合いしています」
頭の中で再生してみたそのセリフに、思わず眉間を押さえる。
(……言えるのか、俺……)
数秒の迷いのあと、佐久間は短く返した。
『……わかった』
送信ボタンを押した指先が、少しだけ震えていた。
***
──数週間後。
蝉の声がどこか遠くで鳴いている中、ナオは改札を出た。
緊張で手のひらにはじんわり汗。
それが気温のせいか、心のせいか、自分でもわからない。
すぐ後ろからは、淡いブルーのシャツにネイビーのパンツを合わせた佐久間さんが、落ち着いた足取りで続いてくる。
実家の最寄り駅。真夏の午後。
(佐久間さんと一緒に、実家へ……)
ナオは喉を鳴らし、かすかに呼吸を整えるように空を仰いだ。
じりじりと照りつける夏の陽射しが、改札前に立つふたりの影をくっきりと映し出している。
そのとき──
ナオの脳内に、派手なシンセサウンドとともに、どこか聞き覚えのあるボーカルが流れ込んできた。
──♪ This is the mission! 君のため 今すべてをかけるよ
緊張だって 笑顔の裏にしまってる──
絶対成功させたい 君の両親攻略ミッション!!
(……佐久間さんのBGM……!?)
──♪ 準備は完璧じゃなくても 想いはちゃんと持ってきた
今日こそ届けるんだ 君への本気──!!
(っていうか、歌詞!! 恥ずかしいほど真剣すぎるんですけど!?)
佐久間さんはクールな表情のまま、駅前の階段をすっと降りていく。
でも、ナオにはわかる。あの背中、めちゃくちゃ気合い入ってる。
(えっ、なに ガチなやつ!)
思わずナオは息を呑み、ほんの少しだけ、彼の背中を追う足取りに力が入った。
つづく
ナオと佐久間さんの関係が、ぐっと“未来”に向かって動き出した28話でした。
妹・芽衣ちゃん、鋭いし優しいし、いいキャラ……!
次回はついに実家訪問編。ナオの両親、どんな人なんでしょう?
恋のミッション、無事クリアできるのか──どうぞお楽しみに!




