第24話 付き合ってるんだって、認められた気がした
ビアガーデンで偶然再会した真鍋と、その“友達”。華やかな空気のなかで、ナオが感じたのは──ちょっぴりの焦りと、ほのかな不安。そして、思いがけずもらった、ある言葉。
「選んだ理由は、きみだから」
この夏、またひとつ、ふたりの距離が近づく。
空中庭園のような開放感あるテラス席。グラスの音と賑やかな笑い声のなか──
「おう、きたな! 御両人!」
聞き覚えのある声に振り返ると、真鍋がビール片手にニヤニヤと立っていた。
「……なんで真鍋さんが?」
ナオが思わず問いかけると、真鍋は肩をすくめて笑った。
「うちも同じとこからチケットもらってさー。たまたま今日、空いてたから来てみたんよ。……まさかお前らとバッティングするとはな〜!」
「偶然、ですね……」
「偶然かねぇ? 運命ってことでええやん?」
真鍋がウィンクする。ナオはなぜかどぎまぎしてしまった。
真鍋の隣には、切れ長の目をしたどこかチャラめな雰囲気をまとったイケメンがひょっこり顔をのぞかせている。
「その人は……?」
ナオが思わず聞くと、真鍋は笑った。
「んー? 友達。……今はね」
なんだか含みのある言い方に、ナオは目を瞬かせた。
佐久間さんは何も言わず、グラスを軽く傾けただけ。
「お前らも、くっついてよかったな〜!」
真鍋の声は、いつものように明るくて軽い。
ナオの心臓は、ばくんと跳ねた。
(く、くっついたって……そんな、はっきり……!)
思わず顔が熱くなる。けれど──
「……まあな」
佐久間さんは、特に照れるでもなく、いつも通りの落ち着いたトーンでそう言った。
でも、ほんの少しだけ、口元が緩んで笑っていた。
その笑顔に、ナオの胸の奥が、じわりと熱くなる。
(……否定、しなかった。ていうか、さらっと……)
佐久間さんが「そうだ」と認めたことが、うれしくて、でも、くすぐったくて。
なんだかもう、恥ずかしくてたまらない。
(……ほんと、この人には毎回やられる)
「ほら、乾杯しようぜ! 夏の夜に!」
真鍋がグラスを掲げ、4人で乾杯した。
しばらくすると、真鍋とその“友達”は、妙に距離が近い。
耳元で囁き合ったり、肩がぶつかるたびに笑い合ったり。
(わ、わ……近い……)
──そして、聞こえてきたBGM。
──♪ シーツのすきまに指がさまよう
君の熱が、まだ冷めない
今夜、ぜんぶ めちゃくちゃにしたい
(えっ、うそ……これ聞こえていいやつ!?)
ナオは思わずグラスを持つ手が震えた。
さらにもう一曲。
──♪ 君の体に、唇を這わせる夢を見た
目が合うたびに もっと欲しくなる
(だ、だめだこれ……!)
ナオの心の中に、もやもやが広がっていく。
──きらきらした雰囲気。堂々とスキンシップ。
自信のある笑顔。迷いのない距離感。
(……俺、地味すぎるし、そういうの、たぶん無理だ……)
どこか胸がざわざわして、笑顔がうまく作れなかった。
帰り道、人混みを抜けたあとの歩道。
ナオはさっきまでの会話が頭に残っていて、ぼんやりと歩いていた。
「……疲れたか?」
ふいに佐久間さんが、さりげなく気遣ってくれる。
その声にナオが「いえ、大丈夫です」と返した直後──
「あっ」
通り沿いの小さな露店に目を止めた。
「スマホケース……ちょうどほしかったんですよね〜!」
思わず駆け寄るナオ。
カラフルなケースが並ぶ中で、ひとつ手にとると、
「これ、めっちゃ使いやすいんですよ。柔らかくて滑らないし」
隣に立った佐久間さんに、ナオはいつもの調子で差し出した。
「佐久間さんも、どうですか? ……これ、色違いありますし」
ナオは無意識に言っただけだった。けれど──
佐久間さんは、ふっと立ち止まり、そのケースをしばらく見つめたまま動かない。
その瞬間、ナオには聞こえた。
──♪ 同じ色、同じ形 おそろい
だけど 選んだ理由は
「きみだから」
(……えっ、今の歌詞……おそろい、って)
ナオがぱっと顔を上げたとき、佐久間さんはゆっくりと目を細めて笑った。
「……あ、もしかして、嫌でした? 子どもっぽかったですかね……」
ナオが慌てて言うと、佐久間さんは少しだけ考える素振りを見せてから、静かに言った。
「いや。……悪くない」
その言葉と一緒に、まっすぐにナオを見て微笑む佐久間さん。
それがどこまでも穏やかで、優しくて──
ナオは思った。
(こんなふうに笑う顔、誰にも見せないでほしい)
まるで、胸のどこかをくすぐられるような感情が、そっと芽吹いていた。
──つづく。
真鍋の“友達”から漂う大人の余裕に、ナオの胸がざわついた夜。でもその帰り道に、ちいさな“おそろい”がふたりの間に芽生えました。
素直じゃない佐久間さんの優しさと、ナオの無意識なまっすぐさ──
そんなふたりの空気を、次回もぜひ味わってください◎




