第21話 ナオって呼ばれて、運命のBGM
佐久間さんの部屋で迎えた、気まずさ限界の朝。
“昨日の通話”は聞かれてなかったっぽい──そう思ってホッとするナオだったけど、安心するにはまだちょっと早かったようで……?
衝撃の急接近と、初めての「ナオ」呼び。そして、頭の中に響いたのはまさかの──!?
──佐久間さんの部屋で迎える、最悪に気まずい朝。
ナオは、ベッドの上で丸くなっていた。
毛布の中でじわじわと記憶と羞恥が蘇ってくる。
昨夜、酔い潰れて──気づけば、ここに運ばれていて。
目が覚めたら、佐久間さんが水を差し出してくれて。
迷惑をかけたことを謝り、なんとか笑顔をつくってやり過ごした。
(……聞かれてなかったっぽい……よな?)
平常運転の佐久間さんに、少しだけ安心しつつも──
ナオの鼓動は、まだ落ち着いてくれそうになかった。
佐久間さんがキッチンから戻ってきた。
「……胃に優しいものでも、食べとけ」
手には、湯気の立ちのぼるマグカップ。
差し出されたのは、コンソメベースの野菜スープだった。透明なスープの中には、細かく刻まれたにんじん、玉ねぎ、じゃがいもが優しく浮かんでいる。
「……えっ、これ……もしかして……」
「作った。冷蔵庫に野菜あったから、切って煮ただけだ」
「……あ、ありがとうございます……」
ナオは両手でそっとマグを受け取り、ふうっと息を吹きかけてから、スプーンでひとくち。
「……あっ」
口に広がる、やさしい味。
(……美味しい……沁みる……)
昨夜の記憶が曖昧で、身体はだるく、心は不安定だった。でも──
このスープの温度が、ぜんぶちょっとずつ溶かしてくれる気がした。
「……めちゃくちゃ美味しいです」
ナオがそう呟くと、佐久間さんはソファの隅に腰を下ろし、特に反応するでもなくただテレビのリモコンをいじっていた。
(……なんか……いつも通り、というか)
ナオは胸をなでおろす。
(よかった……たぶん……昨日の“アレ”は聞かれてない。通話の件も、なんにも言ってこないし……)
「……本当に、ご迷惑おかけしました……!」
姿勢を正し、頭を下げるナオ。
佐久間さんはちらりとナオの方を見たが、すぐにまた視線をテレビに戻した。
「……気にすんな。人間、そういう日もある」
その言葉に、ナオの肩からすっと力が抜けた。
スープを飲み終えた頃、ナオはそっとマグを置いた。
「……あの、シャワー、お借りしてもいいですか?」
「どうぞ。タオルは棚の上」
「あ、ありがとうございます」
ナオは立ち上がると、そそくさと脱衣所へ向かった。
──熱めのお湯が肩にあたると、心までゆるんでいく。
(……まさか佐久間さんちでまたシャワー借りるとは……)
湯気に包まれながら、ナオはぼんやりと昨夜のことを反芻していた。
(BGM……通話……告白……)
(──でも、佐久間さん、あんなに普通だったし……)
(……ふぅ~~~、やっぱ聞かれてなかったんだ! よかった~~~)
ナオは心から安堵の息をついた。
(これで月曜も無事出社できる……人類の危機、回避……)
そう思いながら体を拭き、用意されたバスタオルを腰に巻いて、そっとバスルームを開けた──その瞬間だった。
「──あ」
「──あっ……!」
脱衣所の前で、佐久間さんと鉢合わせた。
彼の腕には、畳まれた着替え。
「……あ、ごめん、悪い。着替え、置こうと思って……」
「す、すみません、ありがとうございます……!」
動揺したナオが一歩引いた拍子に、足元が濡れた床にすべって──
「あっ──」
ぐらりと身体が傾き、そのまま佐久間さんの胸元へ倒れ込む。
「わっ……!」
ドサッ。
ナオは佐久間さんの上半身にしがみつくような格好で、倒れ込んでいた。
顔を上げると、至近距離。吐息がかかりそうなほど、佐久間さんの顔が近い。
(……や、やば……)
ナオの鼓動が、一気に跳ね上がる。
そのとき、佐久間さんがふいに口を開いた。
「……昨日のは、そのまま受け取っていいのか?」
「え……」
「あれが本当なら──俺は、嬉しい」
ナオは目を見開いた。
(……聞いてたんだ──やっぱり)
「……あ……あの……」
言葉がうまく出てこない。
顔が熱くて、まともに見られない。
でも──
(……ここで逃げたら、もう一生後悔する気がする)
ナオは小さく息を吸って、視線をまっすぐ佐久間さんに向けた。
「……あんな言い方じゃなくて……ちゃんと、面と向かって言います」
佐久間さんの目が、わずかに揺れた。
だが──
「……いや、いい」
その言葉が、ナオの口を止めた。
「……俺の口から言わせてくれ」
そう言って、佐久間さんはそっとナオの肩に触れる。
「……俺のそばにいてくれ。ずっと………ナオ………… 」
「…………っ」
その言葉と同時に──
ナオの頭の中に、壮大なBGMが流れ出す。
──♪ Across the sea of time, I feel you near
(時を越えても、君の気配がそばにある)
My soul will find you, love so clear…
(魂は君を見つける 澄んだこの愛のままに)
(……え、ちょ、タイタニック!? タイタニック風BGMきたんだけど!?)
「──今、“ナオ”って呼びました……?」
「……そこか」
ふたりは数秒、顔を見合わせたままフリーズしたあと──
ぷっ、と笑いがこぼれた。
その笑いは、どこかあたたかくて。
この先も、きっと一緒に笑える気がした。
──つづく(→次回、エピローグへ)
最後の最後に来ました、“ナオ”呼び&告白シーン……!
ここまでずっと伏線として積み重ねてきた「心のBGM」、そして佐久間さんの微妙な表情の数々。すべてがつながって、ようやく両想いが成立しました。
でもナオはまだ追いついてません。頭パニックです。次回はいよいよ、エピローグ。
この恋の第一部、どんな朝を迎えるのか──ぜひ最後までお付き合いください!




