第17話 今日の僕は、佐久間さんが選んだ僕です
今日は、なんでもない休日──のはずだった。
けれど、並んで歩く朝の街も、知らなかった味も、
「似合う」と言ってくれるその声も、全部が特別に思えてくる。
“ふたりきりの一日”が、少しずつ、僕の心を変えていった──
第17話、はじまります。
──朝。
窓の向こうは、昨夜の嵐が嘘みたいな快晴だった。
差し込む陽光に目を細めながら、俺と佐久間さんは並んでマンションのエントランスを出た。
「晴れてよかったですね」
「……ああ」
なんでもない一言に、いつもどおりの低い声が返ってくる。
でも、それだけでなんだか嬉しい。
カフェに着くと、案の定──店内は女性客が多かった。
でも、入ってしまえば気にならない。
ナチュラルウッド調のテーブルに、彩り豊かな朝食プレート。
サラダ、スクランブルエッグ、自家製パンに、スムージーまで付いてきた。
「……めっちゃ美味しい……!」
思わず声が漏れてしまう。佐久間さんも、少しだけ目を細めて頷いた。
「うまいな」
それだけの一言なのに、なぜかちょっと誇らしそうに見えた。
けれど、ふと自分の服装に目を落とすと、少しだけ居心地が悪くなる。
「……俺、ジャージとTシャツでこの店は、ちょっと場違いですよね……」
「気にするな。俺の服だし」
「いや、そうなんですけど……普段、服ってあんまり買わなくて。センスも自信ないし……」
パンをちぎりながら、自然とそんな話題になっていく。
「じゃあ、あとで見に行くか。似合いそうなの、いくつか思い浮かんだ」
「えっ……佐久間さんが、選んでくれるんですか?」
「ああ」
シンプルな言葉に、内心で飛び跳ねる。
*
ショッピングモールでは、佐久間さんの案内で、こじんまりしたセレクトショップに入った。
淡い色合いのシャツや、きれいめのパンツ。
試着室から出ると、佐久間さんが一歩近づいて、袖の長さを整えてくれた。
「……こんなの、着たことなかったです」
鏡の中の自分は、少しだけ“他人みたい”で──でも、どこか誇らしかった。
「……なんか、俺が佐久間さんにしてあげようって思ってたのに……逆に、してもらってばっかりです」
そう言うと、佐久間さんはふっと笑った。
「そんなことない。……こんなふうに、一緒にいて楽しいって思えるの、久しぶりだ」
その一言が、胸の奥に温かく染み込んでいく。
会計は佐久間さんがすべて済ませてしまった。
ナオは小さく「ありがとうございます」と頭を下げた。
*
モールを歩いていると、ふと、さっきの朝食から少し時間が空いていることに気づく。
「……なんか、またお腹すきませんか?」
「……そうかもな」
「じゃあ、次は僕の番です! ごちそうさせてください」
少し歩いたところにもんじゃ焼き屋を見つけ、ふたりで入った。
「もんじゃ、初めてなんですよね?」
「ああ。正直、勝手がわからない」
「じゃあ、僕に任せてください!」
ナオは張り切って、具材を鉄板に広げていく。
出汁を流し、ヘラで練っていく姿を、佐久間さんは黙って見守っていた。
「……器用だな」
「へへ、たまに友だちと来てたんです」
焼き上がったもんじゃをふたりでつつきながら、自然と話が弾んでいく。
職場では寡黙で、必要以上のことは話さない人──そんなイメージだった佐久間さんが、こんなに笑ってくれるなんて。
「……なんか、佐久間さんって、職場と普段で結構ちがうんですね」
「……そうかもしれない」
夜の喧騒にはまだ早い時間帯。
店を出る頃には、外の風がすこしだけ涼しくなっていた。
「今日は、ありがとうございました」
「こっちこそ」
自然な言葉と、自然な笑顔。
帰り道が、いつもよりずっと短く感じた。
──つづく。
お読みいただきありがとうございました!
佐久間さんとナオ、初めて“ふたりで過ごす休日”の様子を描いた回でした。
一緒に食べるごはん、服を選んでもらう時間、何気ない会話──
そんな日常のなかに、恋のはじまりはちゃんとあるんだと感じながら書きました。
次回も、ふたりの距離がもう少し近づきます。どうぞお楽しみに!




