第15話 一緒に寝ても、いいですか?
佐久間さんに「泊まっていけ」と言われて、素直に「お言葉に甘えて」と答えた僕。
でも──その一言のあと、胸の奥がずっとざわついてる。
シャワー上がりのバスローブ姿。隣で聞こえるグラスの音。
そして、静かな寝息の夜に、そっと触れたキスのぬくもり。
「──泊まっていけよ」
その言葉が落ちたとき、世界が一瞬、静止した気がした。
「……はい、じゃあ……お言葉に甘えて」
──あの瞬間の自分の声は、今思い返しても少し震えていた気がする。
けど、あれからまだ数十分しか経っていないのに、俺の心はずっと落ち着かないまま、ずっと──佐久間さんの側にいる実感を、繰り返し噛みしめていた。
(俺……佐久間さんの家に、泊まるんだ)
「じゃあ、俺もシャワー浴びてくる」
なんとなく会話がひと段落した頃、佐久間さんがふっと立ち上がった。
「はい……」
ナオは借りたTシャツとジャージ姿。ほっと息をつくと、リビングのソファに体を沈めた。ふとテレビをつけて、Netflixを開く。お気に入りのアニメの続きが目になって、つい手が止まった。
(……なんか、ふつうにくつろいでるな、俺)
緊張していたはずなのに、画面を見てるうちにいつの間にか表情がゆるんでいた。だが、数分後──
「……え」
バスルームのドアが開いて、ふわりと温かな蒸気がリビングまで届いた。
現れたのは、バスローブ姿の佐久間さん。
肌に馴染む深いグレー。鎖骨から覗く濡れた素肌。前髪の滴が首筋を伝って落ちる。その姿は、まるで雑誌の1ページみたいで──
「……え、バスローブ……家で着てる人、初めて見ました……!」
ナオは思わず口にしてしまい、すぐに自分の声のトーンに恥ずかしくなる。
「悪いか?」
「い、いえ!似合ってます。すごく……!」
佐久間さんはクスッと笑いながら、手にしたグラスを持ってソファの横のカウンターに立った。
「ウォッカ、飲むか?」
「えっ……いや、僕は……先に寝ます!」
そう答えるのが精一杯だった。さっきのバスローブの破壊力で、これ以上目を合わせていたら危ない。
「そうか。じゃあ、寝室、あっち」
案内されたのは、シンプルだけど落ち着いた雰囲気の部屋。クイーンサイズのベッドが一台、中央にどんと構えていた。
「お前がベッド使え。俺はソファで寝るから」
「え、いや、そんなの申し訳ないです!僕がソファで……」
「いい。客だし」
佐久間さんの言葉は、いつもどおり落ち着いていて、でもどこか優しさがにじんでいる。
それでも、ナオは視線を落として、ぽつりと口にした。
「……じゃあ、大きなベッドだし、一緒に寝ましょうか?」
──時が、止まった。
佐久間さんの動きがわずかに止まる。その横顔に、微かな困惑が浮かぶ。
ナオは、自分で言ったくせに、急に顔が熱くなっていた。
「……おやすみなさいっ」
そう言って、ベッドに逃げ込むように背を向ける。布団の中で、心臓の音が耳元ではっきり聞こえた。
(……なんであんなこと言っちゃったんだろ)
まぶたを閉じても、思考だけは落ち着かない。そんな中、リビングからグラスの音がかすかに聞こえた。
(佐久間さん、飲んでる……)
そう思ったところで、眠気が一気にやってきた。
ナオは、そのまま静かに意識を手放していった──
*
しばらくして、佐久間はベッドルームのドアをそっと開けた。
暗がりの中、ナオは静かに寝息を立てている。
佐久間は何も言わず、ベッドの縁に腰を下ろした。
その顔を、ゆっくりと見つめる。
──前髪に、指を添える。
さらりと髪を撫で、頬をなぞる。そのぬくもりが、何よりも安らぎを与えてくれるようで。
佐久間は一度、手を止めた。
その寝顔に、ふと目を落とす。静かに上下する胸、落ち着いた寝息──何の警戒もなく眠るなおの姿
顔を近づけかけては、また止まり──視線が迷い、ほんのわずかに距離を取る。
けれど──
なおの唇が、すぐそこにある。
佐久間はほんのわずかに身をかがめ──
その唇に、そっと口づけた。
触れるだけの、静かな、キス。
「……おやすみ」
そう囁いた声は、誰にも届かないくらいに優しかった。
──つづく
15話では、ナオの“天然な一言”が、ふたりの距離をそっと縮めていきます。
緊張と緩み、そして静けさの中での口づけ──
次回、16話では「ナオは本当に寝ていたのか?」という視点から物語が再び動き始めます。
佐久間の“キスのBGM”がどうなるのか、ぜひご期待ください。




