第14話 そのエプロン、反則です
佐久間さんの部屋でシャワーを借りたナオ。
戻ると、そこにはエプロン姿で料理をする姿が──。
ふとこぼした一言が、まさかの“あのBGM”を呼び起こす!?
そして夜は、少しずつ、確実に深まっていく……。
ナオがシャワーを終えてリビングに戻ると、そこにはもう佐久間がキッチンに立ち、手際よくフライパンを振っている姿があった。
ジャズピアノとサックスが絡み合う、ムーディーで低音の効いたインストゥルメンタルが、スピーカーからゆったりと流れている。さっきのサンバとはまるで違う。夜の始まりを告げるような、大人の雰囲気。
「……すご、なんかドラマみたい……」
思わずこぼした呟きに、佐久間はちらりと視線を向けてから、コンロの火を弱めた。
「飯、食っていけよ」
その一言が、やけに自然で、やけに嬉しくて。
「……え、佐久間さん……エプロン姿、なんでそんな似合うんですか?」
予想外のギャップに、ぽろっと口から出ていた。
佐久間さんは一瞬だけ手を止めて、ちらりとこちらを見た後、ふっと笑った。
「そうか?」
「そうですよ!なんか……おしゃれだし、大人の余裕って感じっていうか……」
「あんまり褒めるな、手元くるう」
照れたように肩をすくめながらも、手際よくフライパンを振るうその姿に、思わず見惚れてしまいそうだった。
「……いただきます」
テーブルに置かれた皿には、色鮮やかなペペロンチーノが盛りつけられていた。細めのパスタに絡むオイル、焦げ目のついたドライトマト、そして香ばしいアンチョビの香り。
「うわ、うまそう……!」
ナオはスプーンとフォークで巻き取ると、ひと口食べて目を見開いた。
「なにこれ、うっま……! え、レストランですかここ?」
「大げさだ」
そう言いつつも、佐久間の口元は少しだけ和らいでいた。
ナオは夢中でパスタを口に運ぶ。その様子を、佐久間は静かに見守っている。
(たぶん、弟さんもこんなふうに食べてたんだろうな)
ふと思って、少し胸がチクッとした。
「……うまいです、ほんとに」
そう言って俺が顔を上げると、佐久間さんは少しだけ目を細めて、グラスのワインをゆっくり口に運んでいた。
その横顔がやけに大人っぽくて、静かな音楽と相まって、なんだか映画のワンシーンみたいに見える。
ふと、口が滑った。
「優しくて、仕事もできて、こんな料理もできて……佐久間さんと結婚する人、ほんと幸せですね〜」
その瞬間だった。
──ゴーン、ゴーン……
重厚な鐘の音が、空気を震わせた。
え、なに?今の音──と思った次の瞬間、脳内に流れ始めた。
──♪ 教会の鐘が鳴るぅ〜〜〜〜〜〜!!
白いタキシード、振り返る君〜〜〜!!
指輪を渡すその手が震える〜〜
誓います、永遠にナオだけを〜〜〜!!!
(ちょ、ちょちょちょ……なにコレ!?)
思わずフォークを落としそうになる。
佐久間さんはというと──真顔のまま、なぜか耳が赤い。
「……す、すみません、なんか変なこと言いました?」
「……いや」
(うわ、無理、これ無理……!)
顔が熱くてまともに前を向けない。けど、笑いそうにもなる。
これ以上何か言ったら、また佐久間さんのBGMが暴走しそうで
──俺はワインのグラスで顔を隠すようにしながら、そっと視線を逸らした。
いつの間にか、雨は音を立てて激しく降り始めていた。
リビングの窓ごしの街灯の明かりが濡れた道路に滲んで、まるで水彩画みたいに揺れている。
「……あれ、めっちゃ降ってる」
慌ててスマホを取り出して、天気アプリを開いた。
「うわ、大雨警報出てる。しかも、終電あたりの時間までずっと強い雨っぽいです……どうしよう……」
そう呟いたときだった。
「──泊まっていけよ」
──一瞬、時が止まった。
「え……」
その瞬間、窓の向こうで、雨脚がさらに強まった。
──つづく。
ご飯食べて、笑って、照れて、雨が降って、そして「泊まっていけよ」。
ちょっとずつ距離が近づいてる2人の、でもまだ“知らない感情”がじわっと滲む回でした。
脳内BGMは絶好調。次回、ついに──!?




