表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/41

第13話 びしょ濡れになったら、連れて行かれた先が……佐久間さんの部屋でした。

「午後の打ち合わせ、行ってくれ」

そう言われて向かったのは、いつも通りの仕事先。──のはずだった。

帰り道、降り出した突然の雨。

濡れた体にかけられたジャケット。

たどり着いたのは、佐久間さんの家──

シャワーの蒸気の中、あの人の匂いに包まれて、俺は……

……なに考えてんだ俺!?(ドキドキ)

「お前ら、午後のこの打ち合わせ、行ってくれ。急に取引先の部長さんが来るらしくて、俺はこっちに残る。終わったら、直帰でいいから」


そう言って、課長が差し出した封筒を俺と佐久間さんに手渡したのは昼休み明けのことだった。


「了解です」

佐久間さんは相変わらずクールに返事をし、俺はその隣で「はいっ」と返事をしたけど──


(……二人きり?)


気づいた瞬間、胸の奥が変な音を立てた。


取引先までの道のり、佐久間さんはめずらしく音楽を聴いていない。というか、脳内BGMがずっと流れていた。

浮かれたジャズっぽい、陽気なリズム。

俺はというと、ただそれを聞きながら「機嫌いいな〜」と、ほんわかしていた。


(やっぱ後輩思いだな、佐久間さん)

そんなふうに勝手に解釈していた俺だけど──


商談を終えて、外に出た途端だった。

「……あ」


空が暗くなっている。いやな予感がして、ポツリ、ポツリと落ち始めた雨が、あっという間に土砂降りになった。


「やっば、傘ないっす」


「俺もだ。……こっち」


そう言うが早いか、佐久間さんは手早く近くの店の軒下へと俺を誘導した。

ざあっと音を立てて降りしきる雨の中、俺たちは肩をすぼめて駆け出す。数歩走っただけで、シャツも髪もあっという間にびしょ濡れになった。


「っ、さむ……」


ようやく軒下に滑り込んだ瞬間、俺はブルッと身震いした。シャツが肌にぴったりと張りついて、冷たさが骨に染みる。


「風邪ひくなよ」


佐久間さんは俺の様子を見ると、無言で自分のジャケットを脱いで、俺の肩にかけてくれた。


「さ、佐久間さん……それ、ご自分の……」


「いいから。ついてこい」


気がつけば、佐久間さんはスマホで何かを確認していて──そのまま無言で歩き出す。


俺はジャケットの裾を握りしめながら、その背中を慌てて追いかけた。


タクシーも捕まらず、10分ほど歩いた先に見えたのは、重厚なグレーのエントランス。


「……ここ?」


「俺のマンション。鍵、開けるから入れ」


えっ、えっ、マジで? 


そんなことを言っている間に、エレベーターは上がり、扉の先には──


(……めっちゃ、綺麗)


ダークグレーとブラックを基調にした、落ち着いた大人の空間。無駄がなく、シンプルで、でも清潔感のあるリビングに、薄く香るウッディな香り。


「シャワー、使え。風邪ひく前に」


「あっ、はい!」


そう言って佐久間さんが差し出したのは、タオルと──俺には少し大きめのTシャツと、グレーのスウェットパンツ。


「これ、佐久間さんの……?」


「新品。サイズだけ同じやつ。非常用で置いてる」


(さすがすぎる……)


俺は言われたとおり、脱衣所に入った。


濡れたシャツを脱ぐと、ぺたりと貼りついていた布地がはがれ落ちる感覚に、ひとりで勝手にゾワッと鳥肌が立つ。

ズボンも、水を吸って重くなった生地が肌にまとわりついて、下着まで冷えきっていた。全身がじんわりと震える。


(うわ、全部ベチャベチャ……てか、下着まで……)


タオルを腰に巻き、浴室の鏡越しに映った自分を見て──ちょっとだけ顔が熱くなった。


そのとき、コンコンとドアをノックする音。


「ボディーソープ、切れてた。開けるぞ」


そう言って、ドアがゆっくり開いた。


「……悪い、これ──」


佐久間さんが、ボトルを片手に無造作に入ってきた。


──その瞬間、時が止まった。


佐久間さんの視線が、タオル一枚で濡れた肌を晒す俺の身体に、ふと吸い寄せられた。

目が、ほんの一瞬だけ──確実に、俺の腹筋のラインをなぞった気がした。


「…………っ」


空気が変わったのは、明らかだった。


「……すまん」


ハッとしたように視線を逸らし、彼は一歩引くようにしてボトルを棚の上に置いた。


その顔には、明らかに“動揺”がにじんでいた。


俺も息が詰まって、何も言えなくなる。


狭い脱衣所に残ったのは、湿った空気と、今すれ違ったばかりの体温だけだった。


ドアが閉まる音が、やけに大きく聞こえた。


そのまま、しばらく立ち尽くしていると──


(……え)


かすかに、聞こえた気がした。


ドアの向こうの空間から、佐久間さんの“BGM”が……。


──♪ Olé! Olé! 熱く燃え上がるサンバこの想い〜

止まらない鼓動がリズム刻む〜!

シャララッ!踊れ!心のままに〜

君は太陽、オレの夏〜!──


情熱的なブラスと、カスタネットの弾けるような音。


まるでカーニバルの始まりを告げるような、サンバ。


──いや、サンバって。

しかも歌詞つきって何?!


(佐久間さん……今、めちゃくちゃテンション上がってない!?)


俺は、湯気に包まれながら、ぼう然とシャワーの水を受けた。


(……え、てか、今の歌詞、“君は太陽、オレの夏”って言った?)


その歌声は、陽気で、心の底から楽しげで、

だけど、どこか“自分でもびっくりしてる”ような勢いだった。


思わず、耳まで熱くなる。


(いやいや……なにこれ……)


そんな俺の耳に、最後のフレーズが聞こえてきた。


──♪ アモーレ、アモーレ! 理性が溶けるぅ〜〜〜〜〜!!!!


(……聞かなかったことにしよう)


俺はそっと、シャワーの温度を少しだけ下げた。


──つづく。

読んでくださりありがとうございました。

初・二人きりの“外出ミッション”がまさかの急展開。

びしょ濡れ→部屋→シャワー→サンバ(!?)と、佐久間さんの本性がちょっとずつ漏れ始めてます。

次回、シャワー後のナオと佐久間さん──果たしてどうなる……!?

「濡れたままじゃ、風邪ひくよ(意味深)」な展開、お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ