第12話 ジャカジャーン、推しが笑った日。
朝の曇り空と、佐久間さんの曇り顔。
弟キャラとして癒せたらいいな、なんて思ってたけど……まさか“BGM”で気づくとは!?
ナオの小さな奮闘、第12話です。
目が覚めたとき、窓の外はうっすらと曇っていた。
(……あー、ちょっと飲みすぎたかも)
頭がほんのり重い。でも、不思議と気分は悪くない。むしろ──ちょっと、すっきりしていた。
ぼんやりと天井を見上げながら、昨夜のやっちゃんの言葉を思い返す。
「弟キャラでいいじゃん。最初はそれでもさ、いつかちゃんと“ナオ”を見てくれるようになるかもしれないし」
(……そうだよな)
俺なんかが、佐久間さんに好かれるなんて、そもそも現実味がなかったんだ。
あの人は、しっかりしてて、仕事もできて、周りの信頼も厚くて──
なんなら女子社員の間でも「憧れの上司No.1」とか言われてる人で。
そんな人が、俺に「弟を思い出す」って言ってくれた。
(……それだけで、けっこうすごいことじゃない?)
だったらもう、これからは“弟キャラ”でいいじゃん。
俺は、まくらに顔を埋めて、小さく息をついた。
(よし。今日からは、ちゃんと弟ポジで、がんばる)
そう決めて、顔を洗い、いつもよりちょっと気合い入れて出社した。
◆
「おはようございまーす!」
少しだけ声にハリを持たせて、挨拶する。
が──
「……おはよう」
応接スペースのソファ席でノートPCを開いていた佐久間さんが、こちらをちらりと見たあと、またすぐ視線を落とした。
(……あれ?)
なんか、テンション低い。
それどころか、暗い……?
いつもなら「報告書、見た」くらいは言ってくれるのに、今日は完全に“無言モード”。
しかも。
(……BGM、流れてる)
今、佐久間さんの脳内には──重たいストリングスが、低く、ゆっくり流れてる。
まるで、くもり空みたいに。というかどん底みたいな感じ。
(どうしたんだろ……)
もしかして、体調悪い? ……それとも、なにかあった?
胸の奥が、少しだけざわついた。
でも、決めたんだ。
(俺は今日から、“弟キャラ”でがんばるって)
ぐっと背筋を伸ばして、俺は立ち上がった。
ちょうど午後からの部内ミーティングの準備で、資料の確認が必要だった。
(よし、きっかけはそこにしよう)
コピーをまとめたファイルを手に、ソファ席の佐久間さんにそっと近づく。
「さ、佐久間さん」
「……ん?」
目を上げたその表情は、やっぱりまだ少し浮かない。でも、ちゃんとこちらを見てくれている。
「午後の会議の資料、確認してもらえますか? 一応、自分なりにまとめてみたんですけど……」
「……ああ。そこ置いとけ」相変わらず暗い表情で佐久間さんが答える
俺はファイルをテーブルに置き、ふと口を開いた。
「あと……昨日はありがとうございました」
「……?」
「すごく緊張したけど、楽しかったです。ほんと、あんなちゃんとしたお店、初めてだったんで」
佐久間さんは少しだけ目を伏せたまま、小さく「……そうか」とつぶやいた。
(……うん、たぶん、ちょっとだけ気持ち届いた)
そう思ったそのとき──
ピロン♪
スマホが震えた。画面には、LINEの通知。
《やっちゃん:今日こそパン買って帰る!》
「あっ……すみません、ちょっとLINEが……」
「いいよ、見ろ」
そう言って佐久間さんが目線を落とす。
俺は画面をちらっと見て、つい口がゆるんだ。
「……あ、やっちゃんだ」
「……やっちゃん?」
「やっちゃんっていう、うざい幼なじみです。ほんと、あいつは昔から無神経で……」
「実は昨日あのあと、ばったり駅前で会って、そしたら“なお飲もう”って一方的に連れまわされて……」
佐久間さんの視線が、ピクリと動く。
「どんなやつなんだ?」
「んー、ほんっと腐れ縁なんですよ。昔から俺のこと“使いっ走り”みたいに扱ってて、近所じゃ餓鬼大将みたいなポジションで……正直、小学生の頃は泣かされてばっかでした」
「……そうか」
「幼馴染から恋に発展するとかドラマみたいな話しはないのか?」
「恋愛感情とか、マジでゼロですね。ていうかあんなやつ、異性として見れないし……」
「………………ふーん」
その瞬間──
(……あれ?)
頭の中で、佐久間さんのBGMが急変した。
それまで鈍く重たく響いていた哀愁ストリングスが、突然
「ジャカジャーン!」
と陽気なギターに切り替わるイメージが頭に流れ込んできて、思わず肩が跳ねた。
まるで暗転からスポットライト、心の舞台が一気に切り替わったように。
(わからないけど、佐久間さん元気になってくれてよかった。)
俺はそう思いながら、ファイルを指さした。
佐久間さんは、ファイルを軽くめくってから──ふっと、口元だけで小さく笑った。
その笑顔は、昨日のお店で見せてくれたものよりも、ちょっとだけくだけてて。
……たぶん、ほんの少しだけ“素”が混ざってた。
「じゃあ、午後よろしくお願いします!」
「……ああ。任せとけ」
(佐久間さん、笑った……それだけで、今日はもう勝ちじゃん)
──つづく。
佐久間さんのテンションがBGMでダダ下がりしていた理由、ナオはまだ知りません。
でも一言一言が、ちゃんと届いてる。
恋じゃないけど恋にちがいない、そんな微妙な距離感がじわじわ動いてます。
次回もぜひお楽しみに!




