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午前四時のエスプレッソ・ロマンス

作者: イスコ

午前四時。

世界がまだ夢の底でまどろんでいる時間に、僕はひとり、会社の蛍光灯の海で泳いでいた。眩しい。けれどそれは太陽の代用品でしかない、ビジネス用LED。光熱費削減対応。

朝は来ない。ていうか来させない。こっちは納期という名の神に生贄を捧げてるんだ。


「社会人一年目の魔法、それは“やりがい”という呪文。」


先輩の言葉が脳裏にこだまする。いや、それは呪いだったんじゃないですか、佐藤さん。あなた、去年のGWから有給取ってないって言ってましたよね。


カチカチと鳴るキーボード。リズムは軽快、心は崩壊。

Slackがまた鳴る。「これ今日中でお願い〜」

「今日中」とは、太陽が昇る前か後か、どちらかを意味しない。

それは“今すぐ”という意味で使われる、暗黙のカンパニー方言。


ああ、コーヒーが冷める。

君の心のように、僕のカフェインも冷え切っていく。

誰がこの文明の液体を「目覚まし」などと名づけた?

目が覚めても、魂が寝てるんだ。


…なんてポエムを心で唱えながら、Ctrl + Sを押す。Ctrl(制御)できるのは、このファイルだけ。僕の人生は誰がCtrlしてるんだ。


「よし、あと10枚だ。」


たった10枚。されど10枚。

このパワポの一枚一枚が、僕の自由を剥ぎ取っていく。

でも、なんだかんだで今日も働いてる自分が、ちょっとだけ、嫌いじゃないのが腹立たしい。



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