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人生最後のときめきは貴方だった  作者: 中道舞夜(Nakamichi_Maya)


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10.異動勧告

11話より明るい兆しが見えます。最初の10話まで重い話が続きますが読んで頂けると嬉しいです。

春樹の「母親として恥ずかしくないのか」という言葉は、七海の心に深く根を下ろし、棘のように刺さり続け、時折鋭い痛みを走らせていた。


表面上は平静を装い、海斗と陽菜のために母親としての役割を懸命に果たしていたが、心の奥底では深い絶望と孤独が渦巻いていた。張り詰めた糸のようにいつ切れてもおかしくない状態だった。



夫からの愛情や優しさを求めるのを止め、ただ子どもたちの母親としての役割を果たすことに専念していた。感情を押し殺し、周りに悟られないようにいつも笑顔で鎧と仮面を身にまとって生きているようだった。



春樹とは、海斗の保育園の行事など連絡事項以外は話をしないし話しかけても来ない。

子どもたちの話題以外に何を話したらいいかも分からないし、話す気も失せていた。


しかし、誰かがいる時は付き合っていた頃のような笑顔で何事もなかったかのように話しかけてくるため周囲からは育児に協力的な夫で仲睦まじい夫婦、絵に描いたような幸せな家族だと思われていた。


『私たちは仮面夫婦だ。でも、子どもたちが春樹のことを好きでいるうちは、私は春樹の妻でいる。仲睦まじい夫婦と幸せな家庭を守る!』


そんな思いを胸にこの4年間過ごしてきた。




そして、現在。


「今日、院長に呼ばれて4月から県外の医局に異動になった」


帰宅後、春樹からそう告げられた。今のポストよりも上がる栄転らしく、春樹の口調はどこか弾んでおり喜びを隠しきれない様子だった。


「……そうなの。今からだと4月の入園に間に合うかしら。役所に相談しなきゃ。仕事もその地域だと通うのは難しいから上司に相談して……あと住むところも探さないとね」



頭の中で、陽菜の保育園の手続き、自身の仕事、引っ越し……様々なことを考えていた。きっと春樹は何もやらない。すべて私の役目だろう。七海の肩に重くのしかかるが私がやるしかない。



「そのことなんだけれど、今回は一人で行こうと思っているんだ」


「え……。」


七海は、再び何を言われているのか分からなかった。まるで異世界の言葉を聞いているようだった。理解が追いつかない。



「結婚前にも話したけれど、子どもに転校・転園はさせたくないんだ。その気持ちは今も変わらない。だからここで子どもたちのことを任せるよ」



春樹の言葉を理解するのに時間がかかった。意味を理解した瞬間、七海の心は深い絶望に突き落とされた。底なしの暗い穴に落とされたように何も見えなくなった。



『一人で行く……?子どもたちのことを任せる?つまり私と子どもたちを置いていくということ?』



その時になったらみんなで考えていけばいいよねと笑顔で微笑んでいたはずの夫は”みんな”の意見を聞く前に、「一人で行く」と結論を出していた。その事実も七海の心を傷つけた。



「でも海斗は4歳。陽菜はまだ2歳よ。受験や部活もないし動ける時期だと思うけど?」


「そうかもしれないけれど、僕だって新しいことを覚えなくてはいけないし、やることも多いんだ。新天地で家のことまで手が回るか分からないし、それなら七海と子どもたちは、慣れ親しんだこの地にいた方がいいんじゃないかな。いざとなったら七海のご両親や友人たちにも助けてもらえるだろう。」



淡々と言う春樹に七海は耳を疑った。

そして深い悲しみと怒りが込み上げてきた。春樹は七海や子どもたちの気持ち家族の気持ちを全く理解していない。ただ自分の都合だけを考えている。


春樹の「母親として恥ずかしくないのか」という言葉が再び七海の頭の中でこだました。その言葉に加えて「お前は、一人で子どもたちを育てられないのか」というメッセージが込められているように感じた。


これまで、母親としての務めを果たそうと必死に過ごしてきた。それは、もしかしたら自分が母として認められれば家族4人で楽しく暮らせる日が来るかもしれないという微かな希望でもあった。しかし、それは空想だった。七海の心は完全に打ち砕かれた。


お読みいただきありがとうございます。

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@MAYA183232

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