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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖女転生RTA(Any %) ループ転生に飽きた元RTA走者は、自分の人生でRTAをする

作者: 黄鱗きいろ

 聖女が火刑に処される。


 もしこの世界がゲームであり、聖女をその主人公とするならば、完膚なきまでのバッドエンドだ。


 処刑台に縛られた私の足元には薪が積み上がり、少し離れた位置からは民衆たちが恐怖に染まった目でこちらを見つめている。


 よりにもよって神の御業を使う清らかな少女を処刑しようとしているのだから無理もない。だが、処刑台の周囲を固める王家の近衛兵たちが恐ろしくて異を唱えることもできないのだろう。


 民衆たちの向こう側には貴族の馬車が何台か止まり、私が炎の中に消えるのを今か今かと待ち構えている。


 ぼんやりとそれを眺めていると近衛隊長らしき男が、松明を持った部下を伴って私の足元までやってきて声を張り上げた。


「偽聖女ミュール! 貴様を聖女を騙った罪により火刑に処す! 最期に言い残すことはあるか!」


 最期の言葉を許してくれるだなんて、なんて優しい世界だ。もちろんこれは皮肉だが。


 この土壇場になって前世を思い出した私は、立ち上る松明の熱気に咽せながら、ぼそりと呟いた。


「いや、チャート構築ガバかよ……」




⬛︎⬜︎⬛︎




 火刑直前に、私は日本人であった前世を思い出して死んだ。


 だが、前世という表現は実は正確なものではない。私はこの聖女が生きる世界の人生を何度もループしているからだ。


 つまり、記憶にある中での一番昔の前世が日本人。その後に100回以上ループ転生しているという意味での数多の前世が聖女ということだ。


 とはいっても日本人だった頃の記憶はほとんどなく、自分の名前も性別もどうやって死んだのかも定かではない。


 ただ一つ確かなのは、自分はRTA走者だったということだけだ。


 RTA。リアルタイムアタック。一つのゲームを、時にバグを駆使してイベントを飛ばし、時に実力だけで強敵を捩じ伏せ、そのクリアまでのタイムを競う競技。


 このRTAのゴールとされるクリア条件には大抵複数のカテゴリがある。


 例えばこの重要アイテムを全部取らないといけないだとか、この隠し要素を全部みつけなくてはいけない、といったものだ。


 その中でも最もよく見るカテゴリの一つがAny %(エニーパーセント)。バグあり何でもありでとにかく早くエンディングに辿り着く部門である。


 どうしてこんなことを説明したかというと、今の自分――再び同じ人物「聖女ミュール」に転生するまでの束の間の猶予時間中の私が『良いこと』を思いついたからだ。


「そうだ。RTAをしよう」


 誰もいない乳白色のモヤに包まれた空間で、私は1人呟く。もちろん返事をする者はどこにもいない。


 今までのループ聖女としての記憶しかなかった私ならこの孤独に耐えられずに絶望していただろうが、日本人であるという自認を得た今の私は、自分の演じる「聖女ミュール」というキャラクターを客観視できていた。


 つまりこれは聖女がどんな仕打ちを受けようと、私は他人事として受け取れるということだ。


 それこそ無限に続くループ転生を利用してRTAを走ってみようなどという、本気で人生を生きている人間からすると倫理が欠如している発想に辿り着いてしまう程度には。


「今までの私って、行動に非効率な部分が多すぎたんだよなー。まあまずは走ってみて、タイム詰めれそうなとこリストアップしていくか! チャート構築頑張るぞ〜!」


 誰にも聞かれていないのに元気よく私は宣言する。だが日本人だった頃の自分は配信者でもあった覚えがあるので、コメント0の中で独り言を言うのには慣れている。


 そんなことを思い出しながら、私は即興で考えたゲーム名と走者名を読み上げる。


「仮称、聖女転生RTA、カテゴリはAny%、走者は聖女モドキでお送りいたします。では3カウントで始めます。3、2、1……グッドラック!」


 その瞬間、私の意識はどこかへと吸い込まれた。




⬛︎⬜︎⬛︎




 次に私が目を覚ますと、そこは真夜中の路上だった。どうやら赤ん坊の私は、カゴに入れられて修道院の前に放置されたらしい。


『さあ始まりました、聖女転生RTA。実況解説はわたくし、聖女モドキBが務めさせていただきます』


 うわ、何か始まった。誰ですかあなた。


『何って、聖女を客観視するプレイヤーであるあなたを、さらに客観視する実況解説ですが? あなただって実況解説がいたほうが走りやすいでしょう』


 まあ確かに一理ある。つまり私の別人格が実況解説をやってくれるってことか。それは便利だな。


『でしょう? ほら、ぼんやりしてるとタイムロスですよ!』


 実況解説に急かされ、私はこの聖女ミュールというキャラクターの設定を思い返した。


 ミュールは赤ん坊の頃、とある村の修道院の前に捨てられ、一人の修道女に拾われる。だが修道院は困窮しており、ミュールはその修道女ともども追い出されそうになる。


 そこでミュールは奇跡の力を発揮して、それを見た人々によって聖女として崇められるようになる。


 やがて成長したミュールは高位の貴族たちに相次いで見初められるも、実はミュールの奇跡の力は夜の眷属の血を引いているがゆえに発現した邪悪な力だと判明し、最後には処刑されてしまう。


『エンディングとしては処刑エンドと追放エンドが多いですね。追放エンドでも結局野垂れ死ぬのでバッドエンドなんですが』


 それなんだよな。問題はどのエンディングが一番早いかだけど。


 そこまで考えて、私ははたと思いつく。


 ていうかAny %なら、人生を終えた瞬間がすなわちエンディングと言えるのでは?


『は? 何考えてるんですか。バカなことを言うのはやめてください』


 言ってはいないんだけどな。Any %ってそういうものじゃないか。


 私は思い立った勢いのままに、己の中の力を解放しようと集中する。今までの私は修道女に拾われることは固定イベントだと思っていたが、これをすっ飛ばしてデッドエンドになれば最速タイムを狙えるはずだ。


 全身に力が行き渡り、おくるみに包まれたままの状態で私の体はふわりと浮上する。そしてそのまま等速直線運動ですいーっと夜空に向かって私は上昇していった。


『バグで明後日の方向に飛んでいくやつみたいですね。どこいくねーんって。現実で起きるとなんか気持ち悪いです』


 うるさいな。もうすぐデッドエンドなんだからタイマーストップの準備しろよ?


『は? ちょっと待ってください、まさかあなた……』


 私は己を浮かばせていた力を解除した。内臓が反転するような一瞬の浮遊感の後、私の体は地面に向かって一直線に落ちていく。


 修道院の屋根よりも高く上昇していたので、落下ダメージは相当のものになるだろう。


 ぐんぐんと加速して近づいてくる死の気配に、流石の私も怖気付きそうになったその時、モドキBは奇妙なことを言い出した。


『はぁ……。酔狂に付き合おうと記憶を覗いて話を合わせていましたが、そういうことならこちらにも考えがありますよ』


 は?


 モドキBの発言の意味を理解できないまま地面に激突しそうになった瞬間――どこからか現れた黒衣の男性が慌てて私を受け止めた。


「はぁ、はぁっ……ま、間に合った……」


 平常時であればその容貌だけで道行く女性を全て恋に落としかねない見た目をしたその男性は、私のことを抱きしめながら安堵した様子でその場に情けなくへたり込んだ。


 相当焦っていたのか、男性の髪は冷や汗のせいで額に張り付き、私を抱く腕はガタガタと震えている。


「君を失うかと思った……俺はただ、君に人としての幸せを掴んで欲しかっただけなのに……」


 ん? どういうことだ? こんな展開は100回以上繰り返したループ転生でも見たことがないぞ。


 いや待てよ、この男性にはループ転生のどこかで出会った覚えがある。とはいえ片手で数えられるほどの回数しか接触していないので、彼のことは深くは知らないのだが。


 彼は私の幼少期に、ごく稀に現れる謎の男性だ。姿を見せる時は決まって私が一人きりの時であり、無言でこちらを見守っていた記憶がある。


 記憶と違うのは、遠くで見守っていた時にはなかった立派な角と翼が、今の彼には生えていることだった。


「本当にすまない。バカな俺を許してくれ。君はきっと望まないだろうが……どうか君を守らせてくれ、ミュール」


 はい?


 訳がわからないうちに、男は私を抱いたまま翼を羽ばたかせた。男の体がふわりと浮かび上がり、月のない夜空へと飛翔する。


 目を白黒させて身を任せていると、彼は人里離れた屋敷の前へと降り立った。


「おかえりなさいませ」


「おかえりなさいませ、旦那様」


 人形じみたメイドたちに迎えられ、私はあれよあれよと言うまにお姫様のように丁重にお世話をされるようになった。


 オープニングの闇夜の孤独とは打って変わって、真綿で包まれるかのような優しい日々に数日かけて慣れてきた頃、私はメイドたちの会話を盗み聞きすることに成功した。


 曰く、私をここに連れてきた彼は、ラルフという名前の夜の眷属で、私生児だとか何だとかで迫害される身であるらしい。


 同じ種族からも人間からも疎まれ、使い魔のメイドたちと一緒に屋敷に引きこもり、孤独な生を送っていたそうだが、奇妙な偶然で私を託されてしばらくは愛情たっぷりに育てていたらしい。


 ではどうしてそんな私を置き去りにしたのかという疑問には、懺悔のような面持ちで語りかけてきたラルフの話が答えとなった。


「ミュール、今の君にはきっと分からないだろうが説明させてくれ。君は、夜の眷属の王と人間の間に生まれた娘なんだ」


 はい? なんですと?


「だが、後継者争いに巻き込まれて、あと少しで殺されるというところまで追い詰められた。そこから巡り巡って俺に託されたんだが、君はずっと俺を怖がって、ついには体調まで崩すようになった。だから俺は、人の子として生きた方が俺のもとにいるより幸せになれると思って、君を修道院の前に置き去りにして、拾われるまで見守ろうとしたんだ。だけどまさかあんな風に君が死にかけるだなんて思わなくて……」


 私が死にかけた時のことを思い出したのか、ラルフはぼろぼろと涙をこぼす。私はただそれを黙って見上げることしかできなかった。


 それからラルフは私のことを、メイドたちを介して献身的に世話をして育てたが、その視線にはいつも罪悪感が混じっていた。


 王の娘である私に華やかな幸せを掴ませてあげられなかったという自責のせいなのか、はたまた大嫌いな自分のもとで過ごさざるを得ないことへの申し訳なさから来るものかは分からない。


 そんな微妙な距離感の意味を問いただせるようになるほど成長する前に、私たちの生活は終わりを告げたからだ。


 とある夜。何者かによって屋敷に火が放たれ、私のいる部屋にも炎が広がっていた。


 ベビーベッドの中でそれを見守ることしかできない私のもとに、ラルフが扉を蹴破って駆け込んできた。


「ミュール! 今、助け――がはっ!?」


 私を抱え上げようとしたラルフの口から血が吐き出され、私の顔にぽたぽたと垂れる。


 そのまま膝をついて崩れ落ちるラルフの背には何本もの矢が突き刺さっていた。


「やった……化け物を殺したぞ!」


「角と翼を切り取れ! きっと高く売れる!」


 ぐったりと床に倒れるラルフの周囲を、武器を持った人間たちが取り囲む。そのうちの一人がベビーベッドの上の私に気づき、憎悪に満ちた表情で剣を振り上げた。


「化け物の子め……!」


 そこで私の意識はぷつりと途絶え、次に気づいた時にはいつもの乳白色の空間に浮かんでいた。


「タイマーストップ! タイムは4ヶ月3日1時間32分45秒です!」


 人の形をした等身大人形のような存在が、陽気な声色で私に告げる。


「GGでした! 完走した感想をどうぞ!」


「胸糞悪い……」


 絞り出すように苦々しく私は言う。


 これまでのループ転生で不幸になってきたのは自分だけだった。いくら理不尽に晒されても、不幸になるのが主人公の私一人だけであれば、そういうものだと他人事として飲み込むことができた。


 でも、今回は違う。私の幸せを願ってくれた彼が、私を守ろうとして命を奪われた。取り残された私を探して火の海の屋敷に入ってこなければ、命を落とすことはなかったかもしれないのに。


「っ……もう一回! もう一回だ!」


「おっ、やる気がありますねぇ。では同じ条件で再走するとしましょうか。仮称、聖女転生RTA、カテゴリはAny%、走者は聖女モドキでお送りいたします。3、2、1……グッドラック!」


 送り出す声の主の正体にも考えが回らないまま、私は再びミュールへと転生した。


 目を覚ましたのは前回と同じ、修道院の前だった。


 とにかくラルフに拾われないことには話が始まらない。モドキBはAny %と言ったが、ラルフ救済END目指してチャートを組んでやる!


『その意気です! やる気がある方が私も見てて楽しいですからね』


 呑気な視聴者気取りのモドキBを無視して、私は前回同様に自分の体を空高く浮上させた後、落下させた。


 間一髪のところで今回もラルフが私を受け止め、安堵で膝を突く。


「はぁ、はぁっ……ま、間に合った……」


 わざと自傷行為をしたようで罪悪感があったが、ラルフルートに入るための方法はこれしか知らないので仕方がない。


 そして私はラルフルート攻略を目指し始めたのだが――その道のりは長く苦しい戦いだった。


 一周目、ラルフは再び私を庇って人間に殺された。


 二周目、人間の襲撃を何とか気づかせて対策させるも、私を人質に取られてラルフは殺された。


 三周目、人間の襲撃は乗り切ったが、夜の眷属たちに居場所を知られてしまい、ラルフともども殺された。


 四周目、五周目、六周目――


「ねぇ、そろそろ他のルートを目指してみませんか? このルートに深入りしても多分無駄ですって」


 乳白色の空間で逆さまに浮かびながらモドキBは言う。私はそれを無視して、過去数十回の試行を記録して、ラルフを救うルートを模索しようとした。


「ラルフに私が関わると、どうあがいても彼は死ぬ。私という危険な爆弾を匿っているせいだ。だとすれば、ラルフが救われる道は――」


 これまでのデータを眺めながら、私はぶつぶつと考え続ける。そして数分にも数日にも感じられる長考の後、私は一つのチャートを思いついた。


「そうか。私がラルフに拾われる前に死ねばいいのか」


 ラルフが私を拾ったことで死ぬのなら、そもそも私が彼に拾われなければいい話だ。


 皮肉なことだが、最初に目指したAny %の結末こそが、おそらくラルフを救うための唯一のルートなのだろう。


「よし、そうと決まれば……!」


 私が気合を入れて転生しようとしたその時、やけにわざとらしくモドキBが大声を張り上げた。


「あーあ、そろそろ私も飽きてきちゃいました! これ以上沼プレイを見るのも嫌だし、エンディングの後の物語をネタバレしてあげますね!」


「……は?」


 その瞬間、私の目の前に広がっていたのは、血まみれで瀕死のラルフが、誰かに向かって懇願している姿だった。


「頼む、契約の悪魔よ! 俺の魂を捧げても構わない! 永劫に続く苦しみの中に閉じ込められてもいい! だから……ミュールを返してくれっ……!」


 もう起き上がる力すらないラルフが必死に見上げているのは、魔法円の中心に浮かぶモドキBだった。


 モドキBはいまいち乗り気ではないという様子で、仕方なさそうにラルフに答える。


「うーん、別にいいけどさ。君、何回目? そろそろ新しい趣向が欲しいんだけど」


「……え?」


「君がミュールを亡くすたびに私を呼び出して、その願いを口にしてるってこと。その度に私は世界をループさせて、ミュールに人生をやり直させてるわけだけど、実はループの中心にいるミュールは全てのループの記憶を有してるんだよねー」


 モドキBの発言の意味を、ラルフはすぐには飲み込めなかったようだった。だがその言葉が意味するところをゆっくりと理解すると、徐々に顔を青ざめさせて絶望そのものの表情になる。


「私、サービス精神旺盛だから、ミュールが命の危機に瀕した時はなぜかすぐに気付けるようにまでしてあげたのに本当に情けない。やる気あるの?」


「俺は、何てことを……」


 モドキBの罵倒も耳に届いていないようで、ラルフは顔面蒼白のままモドキBを見上げ続ける。


 そしてしばらくの間そうしていた後、ハッと気づいたラルフはモドキBへと声を張り上げた。


「悪魔よ! ミュールのその苦しみを俺が肩代わりすることはできないのか!? せめて記憶を引き継ぐのは俺だけに……」


「無理だね。ループの中心であるミュールが記憶を保持するのは変えられない。ま、私は優しいから君にも前世の記憶を残してあげてもいいよ? ちょっとした展開へのスパイスになるかもだしね?」


 イタズラっぽく言うモドキBに、ラルフは目に見えて安堵の表情を浮かべる。


 モドキBはどこからともなく巨大な刃を取り出すと、ラルフに向かってその切っ先を向けた。


「じゃ、転生のために君の命を奪うね。覚悟はいい?」


 念のために尋ねたモドキBの質問には答えず、ラルフはすぐ近くで事切れている私の亡骸に語りかけた。


「ミュール。何を犠牲にしても、次こそ君を幸せにしてみせるからな」


 悲しさと強い覚悟を込めたその言葉が発せられた直後、ラルフの背中に刃が突き刺さり、一瞬で彼の命を奪う。


 そして、まるで紙芝居が切り替わるかのように唐突に、私の意識は乳白色の空間へと戻ってきた。


「以上、ネタバレでした〜! 今までのループはぜーんぶラルフのせいだったってこと! 処刑されて死んだ時も、追放されて死んだ時も、彼に拾われて死んだ時も、毎回毎回ラルフが私を呼び出して君のループを望んだんだよ。で? 今までの苦痛溢れるループの日々の元凶を知った感想は? 彼の事が憎くなったりした?」


 顔もないのにニヤニヤしていることがはっきりわかる声色で、モドキBは私を煽ろうとする。しかし私の内面は、なぜか冷静なものだった。


 自分の命を投げ捨ててまでミュールの幸せを願い続けたラルフ。私はもはや彼のことを、ゲームの登場人物のようには思えなかった。


 ぎこちない動きで私をあやしたり、私が笑うと嬉しそうに頬を綻ばせていたラルフ。きっと彼にとってはほんの数ヶ月一緒にいただけの赤ん坊である私を、心の底から愛して、幸せを願ってくれたラルフ。


 その思いを目の当たりにして、私はようやく認識した。


 ミュールは、私だ。たとえ、自認が最初の生である日本人だとしても、彼を救いたいと思った私の感情はフィクションなんかじゃない。


 私は、ミュールとして生きてみたい。ラルフの思いに本気で向き合って、本当のエンディングを――ラルフと一緒に幸せに生きる人生を掴み取ってみたい。


 長い間黙りこくった後、私はモドキBのことを正面から見据えた。


「……モドキB」


「何? もう私、飽きちゃったんだけど」


「ここまで来たならいっそ、トゥルーエンドを見たくないか?」


「はあ?」


 にやりと笑って言い放ってやると、モドキBは怪訝な雰囲気で私に向き直った。


 私は自分の胸に手を当てて、堂々と宣言する。


「私はミュール。ミュールはもう、操作キャラクターでも、自意識から切り離された他人事の誰かでもない。私は今から、ミュールとしての本気の生を生きるつもりだ」


「……へえ?」


 少しだけ興味をそそられた様子のモドキBに私は畳み掛ける。


「あなたが乗り気じゃないのなら、もう二度とループはないかもしれない。だけど私は絶対に、この人生でトゥルーエンドを迎えてみせる。守りたいものを全部守り、ラルフと一緒に幸せな一生を送ってみせる。……きっと飽きさせない人生を見せてあげられるぞ?」


 モドキBは私の宣言をじっと聴き終わった後、面白いことになってきたという声色で空中で笑い転げた。


「ふふ、ふふふ! 好きにしたら? 助けてあげるかどうかは気分次第だけどね?」


「あまり期待せずに全力を尽くすさ。じゃ、私は行くね」


 ある種の激励とも捉えられる言葉で送り出され、私は聖女ミュールになるべく目を閉じる。


 背後から、ふざけた形の祝福のようにモドキBの声がした。


「仮称、聖女転生RTA、カテゴリはTrue END 100%、走者は()()()()でお送りいたします。では3カウントで始めます。3、2、1……グッドラック!」


 次の瞬間、私はラルフの腕の中にいた。


 周囲に目を向けると、夜闇の中にぽつんと建つ修道院が遠くに見える。


「ミュール、俺は……」


 おそらく修道院に置き去りにする寸前に、前世の記憶を思い出したのだろう。ラルフは絶望と緊張に染まった目で私を見下ろしている。


「すまない、本当にすまない……」


 私にループの記憶があるのかも分からないまま、ボロボロと涙をこぼしながらラルフは私に謝罪し続ける。


 私はそれをじっと見上げていたが、このままでは埒が開かないと、彼の手を力一杯叩いた。


「――あぅふ!」


「え……?」


 小さなもみじのような手のひらで喝を入れられ、ラルフはきょとんと目を丸くする。そんな彼に、私は赤ん坊らしからぬ不敵な笑みを浮かべてみせた。


「あぅふ、まもゅ!」


 絶対に私があなたを守ってみせる。あなたが私を幸せにしようと願い続けたループを無駄にさせはしない。


 そんな決意を込めて、舌足らずな発音で彼に話しかける。ラルフはようやく私に記憶があることを察したようで、涙で潤む目を強くこすった後、心強い声色で私に答えた。


「俺も、絶対に君を守ってみせるよ。今度こそ共に生きていこう、ミュール」




⬛︎⬜︎⬛︎




 乳白色の世界の狭間。ミュールとラルフが見つめあって想いを伝えるのを、契約の悪魔は面白そうに見守っていた。


「ま、いち視聴者として見守らせてもらいますよ。あなたたちがトゥルーエンドに辿り着くまではね」

お読みいただきありがとうございます。

Any %の物語なのでこのお話はここで一旦おしまいです。

トゥルーエンドに辿り着けたかどうかは皆さんのご想像にお任せします。

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