ゴールデンバット
中年のサラリーマン、佐々木浩二(45)は、日々の仕事に疲れ果てていた。出世もせず、目立つこともなく、日々を黙々とこなすだけ。だが、心の中にはずっと消えなかった思いがあった。それは、学生時代に夢見ていたバンド活動だった。あの頃、浩二は音楽で世の中を変えるつもりでギターを握っていた。しかし、現実は厳しく、夢を追うことなく、彼は普通のサラリーマンになった。
だが、ある日、会社の後輩に誘われて久しぶりにギターを手に取った瞬間、心の中で何かが弾けた。久しぶりの音楽の感覚に、彼は再び夢を追いかける決心を固めた。
「俺、やっぱりバンドをやりたい」と浩二は後輩に宣言した。
「バンド? でも、もう若くないっすよ」と後輩は驚きつつも、少し笑いながら言った。
「年齢は関係ない。やりたいことをやるんだ」
浩二はバンドを結成することを決意した。そのバンド名は、もちろん彼の好きなタバコの名前から取ることにした。バンド名は「ゴールデンバット」。タバコの名前そのものには、どこか懐かしさと反骨精神が漂っていた。
バンドのメンバーは、音楽のセンスがある友人や後輩を集めて決まった。ギターは浩二が担当し、ドラムは元サッカー部の鈴木、ベースは学生時代の同級生・田中が担当することに。ボーカルはあえて未経験者である森本を選んだ。森本は自分を一度は捨てた音楽に対して情熱を持っており、その熱意に浩二は引き寄せられた。
だが、「ゴールデンバット」の道は決して平坦ではなかった。最初は練習場所すら見つからず、ライブハウスに出演するにも相手にされない日々が続いた。そんな時、ライバルバンドが現れる。それは、「マルボロ」。その名の通り、都会的でスタイリッシュなサウンドを誇る若者たちのバンドだった。次第に「マルボロ」は人気を集め、メジャーデビューを果たす。
「マルボロには負けたくない」と浩二は心の中で誓った。
それでも「ゴールデンバット」のメンバーは決して諦めなかった。週末ごとにライブハウスで小さなライブを行い、少しずつファンを増やしていった。ある夜、いつものようにライブを終えた帰り道、浩二たちは思いがけないチャンスを掴んだ。音楽業界の大物プロデューサー、長谷川が偶然ライブに足を運んでいたのだ。
「君たち、面白いじゃないか」と長谷川は声をかけてきた。驚くメンバーたちに、長谷川は続けた。「このまま続ければ、メジャーデビューも夢じゃないぞ」
その一言で、ゴールデンバットは一気に注目を浴びることになった。だが、これからが本当の戦いだった。ライバルは「マルボロ」にとどまらず、「ピース」や「セブンスター」など、名だたるタバコの名前を冠したバンドがひしめき合っていた。彼らは、どれも個性的で魅力的な音楽を持っていた。
メジャーデビューを果たした「ゴールデンバット」は、初めての大舞台でのライブを控えていた。浩二は、その時のことを何度も思い返していた。学生時代に夢見たあの頃の自分が、今ここにいることを信じられない思いが胸に湧き上がった。
「俺たちの音楽を、誰にも負けないように届けよう」
ライブ当日、ゴールデンバットはその音楽で観客を魅了した。演奏中、浩二のギターが切なくも力強く鳴り響き、森本の歌声が会場中に広がった。その瞬間、浩二は確信した。音楽は、年齢も境遇も関係なく、全ての心を動かす力を持っているのだと。
ライブ終了後、長谷川が彼らの元に駆け寄ってきた。「君たちは、間違いなくメジャーになれる」と彼は言った。
その夜、浩二はメンバーと共に祝いの酒を酌み交わしながら、これからの未来を語り合った。だが、浩二の中にはすでに次の目標があった。それは、ライバルである「マルボロ」や「ピース」を超えて、音楽界で一番になってやるという強い決意だった。
ゴールデンバットは、どんな逆境にも負けず、音楽という名の夢を追い続けた。そして、それはただの夢ではなく、確かな現実となった。
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**終わり**