表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/20

第九話

 社交界では『淑女の鑑』と評され、市民からは『慈愛に満ちた聖女』だと敬愛されるエレオノーラ・サローニ。まさに完璧令嬢。彼女が王太子妃に選ばれた時、異を唱える者は誰一人いなかった。彼女ほど王太子妃にふさわしい女性はいないと皆が信じていたから。そう、()()()()()


「これはいったいどういうことだ!」


 国王から怒鳴りつけられた面々の顔色は一様に悪い。国王から密命で呼び出されたのは大司教とサローニ公爵、そしてエレオノーラとアンドレア。

 顔を真っ赤にして怒っている国王に、大司教は汗を拭きながらもなんの話をしているのかと尋ねようとした。しかし、国王にギラリと睨みつけられて再び口を閉ざす。


「おまえたちは私に言ったよな? 真の聖女を追い出しても自分たちがいれば平気だと。だから私はマリーが国を出るのを止めなかった。それなのに、どうだ? 魔物たちが現れてから負傷者は増え続けている。各地から被害報告が山ほど届いている。全く対応できていないではないか! 問題はそれだけではない。エレオノーラ」

「は、はい」

「どうして『聖女』の仕事をサボっている? 『聖女』に就任したらもうそれらしいパフォーマンスは必要ないとでも思っているのか?」

「そ、そのようなことは」

「言い訳はいい。今の地位を守りたければきちんと『聖女』らしく振る舞え。すでに民たちは疑いを持ち始めているぞ?」


 国王の言葉にエレオノーラの顔色がさらに悪くなる。けれど、そんなエレオノーラを慰める者はこの場には一人もいない。


「サローニ公爵も娘の管理はしっかりするように。このままでは自分の首も絞めることになるぞ」

「……ご忠告感謝いたします」


 頭を下げるサローニ公爵。娘のエレオノーラは父の顔を見ることもできず、ただ床を見つめるばかり。

 一方、普段サローニ公爵に頭が上がらない国王は立場が逆転したことで少々気持ちが大きくなっていた。次いで、大司教に視線を向ける。矛先を向けられた大司教はビクリと体を揺らした。


「ワルター大司教」

「は、はい」

「回復薬の補充が間に合っていないようだがどうなっている?」

「わ、私たちも必死に作ってはいるのです! ですが、予想以上に回復薬の消費がはやく……」

「なんだ? つまりうちの騎士たちが弱いせいだと言いたいのか? それならおまえたちも騎士たちについて行くか? 魔物を弱らせることはできるんだろう? 弱らせたところを騎士たちに倒させればより安全に討伐できるのではないか」

「そ、そんなつもりは決して! 私の失言でした。たいへん申し訳ありません。 皆には他の仕事は後まわしにしてでも回復薬を優先にするようにと伝えます」

「はぁ……今回は許そう。今は言い争っている場合ではないからな。ただし、次はないぞ。騎士たちも皆、魔物と戦うのは初めてなのだ。慣れてくれば消費量も減るだろう。なにより、彼らがいなければわれわれはこうして安全なところで話もできないのだからな」

「まったくもってそのとおりです」

「上に立つ者というのは考えることも多くたいへんよな」


 もっともらしいことを口にしてうんうんと頷く国王。皆苦い気持ちを抱えながらもそれを口に出すことはしない。


 国王がふと気づいたとでも言うように口を開いた。

「そうだ。聖水のストックはもうないのか? あれがあれば魔物を相手にするのももっと楽になるだろう」

「教会に残っている聖水はありません。ご存じの通りアレを作れるのは本物の聖女だけですからもう在庫が……」

「なに?! 本当に聖女だけなのか? 大司教クラスでも無理なのか?」

「私にも無理です。今国内で聖水を持っているのは王家だけでしょう。あとはギルドか……他国から聖水を買うくらいしか方法は……」


 大司教の途切れ途切れの言葉に国王の顔が再び怒りで真っ赤に染まった。


「それができれば苦労はせんわ! 他に方法はないのか他には!」


 そんなことをすれば足元を見られ、必ず高値で売りつけてくるはずだ。いや、売ってくれればまだいい。鼻で笑われておしまいかもしれない。……それは一国の王としてのプライドが許さない。なにより、過去の王家の選択を否定することになる。それだけは認められなかった。たとえそれが国の危機を救うためには必要なことだとしても。


 大司教もサローニ公爵もいい案は浮かばないのか口を閉ざしている。国王は仕方ないとわざとらしく大きく息を吐いた。

「こうなることがわかっていたらなんとしてでもシュヴァルツァー皇国と友好同盟を結んでいたのだがな。いや、そもそもマリーを渡しはしなかった」

 国王の言葉に各々思うところがあるのか奥歯を噛みしめる。


 国王の言葉は続く。

「こうなったらエレオノーラの生家であるサローニ公爵家からもなんらかの援助をしてもらわないといけないな」

 興に乗った国王が要求すれば、サローニ公爵は思いのほか素直に頷き返した。

「サローニ公爵家の私兵の半分をお貸しします。それと金銭的援助については後程文書にまとめて提出を」

「ああ。頼んだぞ」


 いいだろうと満足げな国王と、無表情のサローニ公爵。エレオノーラはもうずっと下を見たままだ。今日はもう顔を上げられそうにはなかった。


 しかし、ここで手を挙げる者がいた。アンドレアだ。視線だけで国王が話せと促す。

「そもそもの質問ですが、どうして魔物は現れたのでしょうか? しかも、今も増え続けている。なにか原因があるのでしょうか?」

 おそらくその答えを持っているのは大司教。


 視線を集めた大司教は慌てた。

「そ、それはその……」

「そういえばそうだな。なにか予兆や、ニュクス様からのお告げはなかったのか?」


 国王が尋ねれば大司教の汗を拭くスピードが上がる。

「は、はい。最近は聖女お披露目式の準備に追われていましたので、祈りを捧げる時間もまともに取れずにいました。そのせいかもしれません。教会に戻ったらニュクス様におうかがいしてみたいと思います」

「そうしてくれ」

「はっ」


 この話は終わったと、次の話に移る。大司教はバレないようにそっと緊張を解いた。



 ◇



「ギルマス~」

「なんだ?」

「正式に依頼を受けたわけでもないのに勝手に人助けをしてなんの得があるんすか~?」


 ギルドメンバーの一人がギルドマスターであるアレクサンダーに尋ねた。

 粛々と魔物を倒しながらも、皆ギルドメンバーとギルドマスターの会話に聞き耳を立てている。疑問に思っていることは皆同じようだ。アレクサンダーは目を細めた。

 この話を知っているのは各ギルドのマスターとなった者だけだ。別に隠しているわけではない。ただ、時が流れるのにあわせてギルドが創立された経緯に誰も興味を示さなくなっただけ。それでも、マスターだけはその経緯を目的を忘れることは許されない。


「この件については損得は関係ない。コレがギルドの使命だからやっているだけだ」

「ガルディーニ王国の民を助けることが? 裏切者たちを助けてなんになるって言うの?」


 話を聞いていた別のメンバーが口を挟んだ。

 ガルディーニ王国の王家と教会が『真の聖女』を裏切った時からギルドは彼らと距離を置いている。ギルドと彼らとの確執は昔から、ギルドに所属するメンバーは全員そのことを知っている。知っている上でいろいろな事情を加味してこの国で働いているのだ。それでも、今回の任務には納得がいかなかった。


「別にガルディーニ王国の民を助けるためにやっているんじゃないぞ。『真の聖女』様との、ニュクス様との約束を守るためにしているだけだ」

「え? そうなの?」

「そういうことなら先に言ってください」

「すまんすまん。とりあえず、もう少しだけ調べたら帰るぞ。騎士団のやつらとかちあったら面倒だ」

「ガルディーニ王国のためじゃないならいいや。ギルマスの言う通りさっさと済ませて帰ろう~」

「承知」


 理由を聞いてすっきりしたからか、皆のスピードが二倍になった。わかりやすい反応に苦笑しながらアレクサンダーも周辺の調査を進める。

 ――――やはり、他の国と比べてこの国は魔物の出現率が高い。しかも、魔物の強さも次第に上がってきている。この国の騎士たちはいつまで耐えられるか……。



 ◇



 デジャヴュ。先程までリヒャルトと話していたはずなのに、数秒の間にニュクス様と二人だけの空間になっている。


『無事にシュヴァルツァー皇国についたようだな』

「おひさしぶりですね」

 呼びかけた時はこたえてくれなかったのにと皮肉をこめて言えばニュクス様が狼狽えた。

『し、仕方ないだろう。あの国では私の加護が、せめて教会内であれば』

「まあ、知りたいことはリヒャルトが教えてくれたのでもういいですけど」

『……そうか』


 なんとも言えない表情のニュクス様。

「それで、どうしたんですか?」

『……なにか用がなければダメなのか?』

「え? いえ、そんなことはありませんけど……」

 拗ねた様子のニュクス様に動揺する。強い女代表な見た目をしているのに、そのギャップにやられる。――――リヒャルトもそうだけど、その顔でその表情はずるいわ。

「いつでも話しかけてきてくださっていいですからそんな顔しないでください(答えるかどうかは別だけど)」

『そうか』

 途端に機嫌が直るところもそっくりだ。

『ああ、そういえば用事があったんだった』

「なんでしょう」

『本格的に魔王の封印が解けかかっているようだ。私の加護がある国ではまだ大丈夫なようだが、ガルディーニ王国ではすでに魔物が復活し、動きも活発になってきている』

「え。そんな話まだ聞いていませんが」

『あの国は他国との関りが薄いからな。そろそろギルドを通して情報がこっちにも届くはずだ』

「わかりました。それで、私はどうすれば?」

『そのこともあってこうしてそなたを呼び出したのだ。このあと、他の聖女たちにも招集をかける。魔王を再び封印するためにな』

「ちなみに、その魔王の封印場所ってどこなんですか?」

『シュヴァルツァー皇国の首都にある教会だ』

「え?! シュヴァルツァー皇国にあるんですか?!」

『ああ。シュヴァルツァー皇国が最も人口が多く、信仰心も強いからな。その分私の加護も強いのだ。だからこそ今まで封印が解かれることはなかった』

「でも、その封印もそろそろ解けてきたということですね」

『ああ。魔王を封印してある()()の劣化が原因だ』

「だから……」


 封印の力が薄れてきているのなら重ねがけすれば問題ないのでは? と思っていたけれど、その魔王を入れるモノ自体が劣化して使い物にならないのならどうしようもない。


「ということは別のモノに封印し直す必要があるということですよね?」

『そうだ』

「その時に失敗して逃げられでもしたら……」

『そうなったら、また一から魔王軍と戦わねばならなくなるだろうが……そうならないようにリヒャルトに加護を与えてある。魔王が逃げ出そうとしたらリヒャルトに捕まえさせろ。そして封印し直すのだ』

「え? 愛し子にそんなことさせていいんですか?!」

『確かに愛し子は私にとって息子のようなもの。だが、私は決して過保護ではない。かわいい我が子にも試練を与える。なに、私の息子ならば大丈夫だ』


 自信満々のニュクス様。確かにあのリヒャルトが怖気づく姿は想像できない。むしろニュクス様の子供だからこそあんなに好戦的なのかと納得する。


「わかりました。リヒャルトにも伝えておきますね」

『ん? ああ、そうだな。そなたから頼まれる方がリヒャルトも嬉しいだろう』

「……」


 ――――下手したら魔王と対峙しなければならないのに表現がなんだか変な気がするのは気のせいだろうか。


「え、ええと……ちなみに私封印方法とか知らないんですけど大丈夫ですか?」

『ああ。それなら後で今代の聖女たちに一斉に魔物の浄化方法とともに流すから大丈夫だ』

「そんなメールの一斉送信みたいに……って、やっぱり魔物と戦わないといけないんですか?」

『その必要がでてくるだろうな。魔王の封印が完全に済むまでは魔物は増え続けるだろうから』

「そうですか……」

『ま、まあでも聖女が直接戦う機会はあまりないと思うぞ。シュヴァルツァー皇国の騎士たちは強いからな。私の加護がある国の司教たちなら魔物を弱らせることもできるからたいした被害は生まれないだろうし』

「……そう、ですね」

『と、とにかく魔王をさっさと封印し直すことだ! それさえしてしまえば魔物たちの処理は簡単だからな』

「そうですね。さっさと済ませることにします! よし、それじゃあこのへんで」

『……やっぱりそなた私に冷たくないか?』

「そんなことはありませんよ」


 にっこりほほ笑んだが、疑うような視線しか返ってこなかった。ニュクス様が溜息を吐いたかと思えば世界が切り替わるように視界がぐらりとゆれた。


「……マリー。マリー!」

「リヒャルト」


 目の前にリヒャルトが立っていた。心配そうな顔をしている。


「ごめんね。今ニュクス様と話していて」

「そうだったのか。ならいい」

「うん。あ、ニュクス様からの話を共有したいんだけど……とりあえず放してくれる?」


 両肩に乗せられている手をたたけば、リヒャルトは今気づいたとでもいうような顔で手を放した。ゆっくり話すために、ソファーに腰かける。


 全て話し終わった後、リヒャルトはじっとマリーを見つめた。

「どうしたの? やっぱりさすがのリヒャルトでも魔王と対峙しないといけないっていうのはこわい」

「いや。むしろ、マリーにどうやっていいところを見せようか考えているところだ」

「ちょっと。世界を滅ぼす脅威への対応を話し合っているときになにを考えているの」

「大事なことだ。マリーは聖女として大業を成し遂げようとしてくれているのに、俺はもし魔王が逃げた時に捕まえる係なんて……」

「いやいや。大事な役目でしょう。というか、下手をしたら魔王に殺されるかもしれないんだからもっと緊迫感を持ってちょうだい」

「大丈夫だ。その前に俺が魔王を殺すからな」

「いやいや。封印するだけでも聖女数人でやらないといけないのに」

「もし、マリーに手を出そうとした場合はその瞬間殺す。一度では足りないから二度殺す」

「……もう、いいわ」


 心配した自分がばからしくなってきて、それ以上の会話は諦めたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ