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第五話

 確かにニュクス様は言った。

『シュヴァルツァー皇国の大司教にはもう話を通してある。そなたが望むタイミングで迎えにくるそうだ』と。

 それに対して、私は

「シュヴァルツァー皇国の大司教に伝えて。早く迎えに来てほしいって」

 と返した。


 けれどやってきたのはまさかのシュヴァルツァー皇国の皇太子。てっきり、聖職者の誰かがくると思っていただけに驚いた。

「さすがにこのタイミングでただの偶然ということはないわよね……」


 ベッドの上に転がり、顔だけを壁に向ける。あの壁の向こうにはリヒャルトがいるはずだ。

 世間知らずの私でもシュヴァルツァー皇国が武力大国として有名なことは知っている。ただ、皇族にどんな人がいるかまでは知らない。

「あの見た目はどういうことなんだろう」

 ニュクス様にそっくりな見た目。聖女である私もニュクス様と同じ瞳の色と髪の色をしているがそれだけだ。リヒャルトは顔つきや雰囲気もなんとなく似ている気がする。二人が親子だと言われても信じてしまうくらいに。

 紺色の瞳と黒の髪は『聖女の証』。だとしたら、リヒャルトも聖女ということになるが……。

「うーん……」

 目を閉じて、心の中でニュクス様の名を呼ぶ。こうすれば答えてくれるかもしれないという期待。


 その時、微かに人の気配がした。

「ニュクス様?」

 名前を呼びながらゆっくり目を開ける。


 眼前にいたのはニュクス様、ではなくリヒャルトだった。

「っ!!!!!!」

 反射的に振り上げた右手は予測していたのかすぐに捕まえられ、ベッドに縫い付けられる。叫ぼうと開いた口は大きな手でふさがれてしまった。なにをする気だと睨みつければ、リヒャルトがフッと口角を上げる。

「いい顔だ」

 なぜかうっとりとした表情を浮かべるリヒャルトを見て頬に熱が集まり鳥肌が立った。

「っ」

「おっと」

 自由な手足と腹筋に力を入れ、腰を持ち上げる。リヒャルトの重心が揺らいだ瞬間、一気に体を反転させた。形勢逆転。リヒャルトの上に跨り、おもいきり急所へ攻撃を……


「ダメですー!!!」


 いつからいたのかリヒャルトの従者らしき青年がマリーの手を両手で握り、必死に懇願してきた。

「マリー様。お気持ちはたいへんよくわかります。ですがこんなのでもリヒャルト様は皇太子なのです。()()が使い物にならなくなったら継承問題に関わってくるのです。そこ以外でしたら存分に殴っていただいてかまわないので、どうか、どうかお願いいたします」

「……仕方ないわね。この人に感謝するのね」


 溜息を吐き、リヒャルトの上からのく。心底ホッとした様子でずれた眼鏡をかけなおした青年とは対照的にリヒャルトは少々残念そうな顔をしていた。なんでよ。

「……途中まででも体感できただけ良しとするか」

「ねえ……この人ってもともとこうなの?」


 呆れて青年に尋ねると青年は一瞬固まり「そ、そんなことはございませんよ」とほほ笑んだ。とてもうそくさい笑顔だ。

「へえ。それで? 未婚女性の部屋に不法侵入した理由はなんですか?」

「勝手には入っていないぞ。ノックはしたからな」


「本当に?」とリヒャルトには聞かずに後ろで控えている青年に視線を送れば、青年は必死にコクコクと頷いた。

 ――――そういえば前世でああいう人形があったな。

 どうでもいいことを考えながら視線をリヒャルトに戻す。言いたいことはまだあるが、ここは私が大人になるとしよう。

「それで、用事ってなんですか?」

「昨日はあまり話ができなかったから今日はゆっくり話をしようと思ってな。今後についての話もあるし……ああその前にこいつから話があるらしい」


 こいつと指さされた青年がぺこりと頭を下げた。茶色の髪に眼鏡の奥の瞳は若葉色。全体的に柔らかい印象を受ける。

「話といいますか、自己紹介をしたいと思いまして。昨日はバタバタしていて名前をお伝えする時間もありませんでしたから」

「そういえばそうでしたね」

 青年の物腰が柔らかいせいか、こちらもつい丁寧に返してしまう。

「私はカール・ハンケといいます。リヒャルト様とは乳兄弟でして、そのご縁もあってリヒャルト様の補佐官をしております」

「なかなかに優秀なやつだぞ。なにかあればマリーもこいつに頼むといい。大抵のことはなんとかしてくれるからな」

「はい。マリー様もどうぞ遠慮なく」

「え? あ、はい。そうですね。その機会があればよろしくお願いします」

 ――――絶対この人苦労人だわ。

 妙な確信を得ながらも話を続ける。

「後は俺とマリーの紹介だが……まあこれについては省いてもいいだろう」

「そうね。今私が知りたいのは『今後についての話』だから……」

「ではさっそく。マリー様は私たちが『マリー様を迎えにきた者』だということはすでにお気づきですよね?」

「まあ。ただ、その理由がわからないけど」

「理由? ニュクスから聞いてないのか?」


 ニュクス様を呼び捨てにしたことにギョッとする。

「いや。私が気になっているのは『迎えにきた理由』じゃなくて、『どうして迎えにきたのが教会の者ではなくリヒャルトたちなのか』ってことなんだけど」

「ああ」とリヒャルトが頷く。

「それは、俺が一番適任だったからだ」

「?」

「……マリーは、運動はできるが頭が回らない方なのか」

「は?」

「わ、私が説明しますからリヒャルト様は黙っていてください!」

「カールありがとう。そうしてくれると助かるわ」


 不満げなリヒャルトをよそにカールの説明に耳をかたむける。

「リヒャルト様が適任というのは『マリー様を安全にシュヴァルツァー皇国にお連れするため』という条件を踏まえた上での話です。権力、武力、話術、どれをとってもリヒャルト様の右に出る者はおりませんから」

「ああ、そういうことか」

 言われて気づいた。当然といえば当然だった。リヒャルト相手でなければガルディーニ王国側はもっと強気に動いていただろう。


 マリーが「なるほどね」と頷けば、カールも頷き返す。

「後はそうですね……見ての通りリヒャルト様はニュクス様の加護を持っているからですね」

「え? それってつまり、ニュクス様がリヒャルト個人に直接加護を与えたっていうこと? そんなことありえるの?」

「はい。珍しいことではありますが、リヒャルト様のような人のことを『神の愛し子』というそうです。ニュクス様は国への加護を『自分の代理人(聖女)』という形でお与えになりますが、『神の愛し子』への加護はそれとは別で『神の愛し子』を守るためのものです。強力な祝福を与えられていると思っていただければ」

「へえ……」


 じっとリヒャルトを見つめる。

「だからこんなに見た目も雰囲気も似ているのかな? 愛し子だからニュクス様に似ているのか。それとも似ているから愛し子になったのか。どっちなんだろう」


 ひとりごとのつもりだったけれど、しっかり二人の耳には届いたらしい。驚いた顔をする二人にどうしたのかと首をかしげればカールが震え声で尋ねてきた。

「も、もしやマリー様はニュクス様と直接お会いしたことがあるのですか?」

「まあ……でも、聖女ってそういうものじゃないの?」

「とんでもない! そういう方が過去にいたという話は聞いておりますが、今代の聖女の中にはいないはずです。声だけだと……」

「俺もたまーに気配を感じるだけで、声も姿も見たことはないな」

「そう、なんだ……」

「もしかしたらマリー様はとんでもない力をお持ちなのかもしれませんね」

「そうだとしたら、面白いことになってきたな」

「面白いこと?」

「マリーもそうは思わないか? おまえの力が大きければ大きいほど()()()は後悔することになるだろう」

「……確かにそうね」

「ははっ」

「ふふっ」


 二人分の笑い声が部屋の中で響き、重なり合った。



 ◇



 リヒャルトがガルディーニ王国に滞在する期間は一週間。すでに折り返しまできている。時間がない。はやく必要な物を買いそろえなければ。今まで教会に引きこもっていたせいで自分の物がなにもない。そもそも買うお金も持ってはいなかったのだが……今はエリクサーで稼いだお金がある。このお金でガルディーニ王国を出る前にいろいろ買っておきたい。


 メモに書いた一覧に目を通しながら考える。

 ――――買い物も大事だけど、教会の動きも把握しておきたいのよね。

 王家が動かないのは想定内だけれど、教会はなにかしら動きがあるだろうと思っていた。今までマリーの力を搾取していたのは主に教会だ。そう簡単に彼らがマリーを手放すとは思えない。それとも別の生贄を見つけたのか。


 どちらにしろ、シュヴァルツァー皇国に到着するまでは安心できない。気を引き締め直したところで、複数の足音が聞こえてきた。ペンとメモを置いて立ち上がる。激しい音とともに入ってきたのはエレオノーラと護衛の騎士数人だった。


 エレオノーラはいきなり部屋に入ってきたかと思えば右手を振り上げた。が、か弱い令嬢のビンタなんて簡単に避けることができる。避けられたエレオノーラの顔が真っ赤に染まった。

「あ、あんたのせいよ!」

「は?」


 ついドスがきいた声が出てしまった。エレオノーラの肩がビクリと震える。

「あ、あんたのせいで、マルクスが」


 今にも泣き出しそうな震え声。

 マルクスというとあの男か。確かあの事件はマルクスが独断で行ったことで、首謀者のマルクスは罰として利き腕を切り落とされたと聞いた。エレオノーラの護衛騎士から外され、公爵家から追い出されたとも。……始末されていないといいが。

「私のせいって言われてもねえ。私は命を狙われた身なのに。被害者はわ・た・し。そこのところちゃんとわかっている?」

「う、うるさいうるさいうるさい! あんたが大人しく殺されていればこんなことにはならなかったのに!」

「……それって自分が本当の黒幕っていう自白?」


 マリーの指摘に、エレオノーラ以上に護衛騎士たちが動揺した。

「わ、私はなにも指示していないわ」

「ふーん。なら、やっぱり妥当な処罰だったんじゃない? それでも文句があるっていうなら私じゃなくて国王陛下に言ったら? それか、あなたのお父様にでも」

「あ、あんたに人の心っていうものはないの?! マルクスは長年サローニ公爵家に尽くしてきた忠臣なのよ。それをあんたのせいでこんな形でっ……最低ねっ」

「いやいや。その言葉そっくりそのまま返すわ。それにしてもエレオノーラの素ってそんな感じなんだね。いつもと全く違う。雰囲気も喋り方も。私も大概聖女っぽくはないけど、今のエレオノーラも全く聖女っぽくない。今の姿を見たら皆どう思うかな~?」

「な、なに脅そうとでも思ってるの? あ、あんたがなにを知っていようと、なにをしようと無駄よ。次期聖女は私で、未来の王太子妃も私なんだから。見ていなさい。今日のことをたっぷり後悔させてやるから」


 踵を返し護衛騎士を連れて出て行くエレオノーラ。全員が出て行った後、隣の部屋の扉が開いた。ひょっこりカールが顔を出す。

「あれ? マリー様わざわざお見送りしてあげていたんですか? お優しいですね」

「まあ……というか、もしかして私たちが話しているの聞こえていた?」

「はい。なかなかにこの壁は薄いようでして」

「……なんか嫌ね」

 変な独り言を聞かれていないでしょうね。

「安心しろ。マリーのかわいい声をおかずにはしていないからな」

「ちょ、ばっ、なにを言っているんですかリヒャルト様!」

 焦るカールと、眉間に皺を寄せるマリー。

「いきなり出てきて、なに意味不明なことを言っているの?」

「……どうやらマリーはこっち方面には疎いようだな。安心した」

「なにを言って」

「マリーはそのままでいい。どうせそのうち知ることになるからな」

「え?」

「俺が直々に教えてやるから安心しろ」

「安心どころか、嫌な予感しかしないんだけど?」


 ちらりとカールを見たが、カールは答えたくないのか決して視線を合わせてくれなかった。

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