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【書籍化】私はあなたたちがお求めの聖女ではないので【絶賛発売中!】  作者: 黒木メイ


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第十六話

「全員出ていけ!」


 国王は顔を真っ赤にし、手紙を持ってきた文官も、執務室に入ってきた騎士たちも全員追い出した。一人になってもう一度手紙に目を通す。が、何度読み返しても内容は変わらない。


「ア、アンドレアらしき人物の身柄を預かっている……だと?」


 手紙の送り主はシュヴァルツァー皇国のリヒャルト皇太子。

 瀕死状態のアンドレアらしき人物を皇都内で発見し、保護していると書いてある。マリーの治療のおかげでアンドレアらしき人物は一命をとりとめることができたが、いまだ目は覚めていない。身元を確認できる物も持っていなかったため、本人確認のため手紙を送ってきた。ということらしい。例の手紙は失くしてしまったのだろう。


「不幸中の幸い、か」


 アンドレアが一命をとりとめたことも、例の手紙をリヒャルトに読まれなかったことも。


 文面を見た感じ、マリーは治療後もアンドレアを案じ看病してくれているようだ。同郷ということもあるかもしれないが、特別な感情を抱いている可能性もある。そういえば、アンドレアだけは最後までマリーを気にかけていた。


 真の聖女(マリー)を追いかけシュヴァルツァー皇国に単身で向かい重傷を負った王太子(アンドレア)と、そんなアンドレアを献身的に看病するマリー。その流れで二人が特別な関係になったとしてもおかしくない。いかにも民衆受けしそうな展開だ。

 真一文字だった国王の口角が自然と上がる。


「これもニュクス様のおぼしめしか。やはりマリーはわが国の聖女に違いない。そうとなれば、ふむ……」


 ペンを手に取り、まっさらな便箋と向き合う。

 アンドレアに渡した手紙の内容をそのままもう一度書くわけにはいかない。前回は相手がマリーだったが、今回はリヒャルトの目にも触れる。


 まずは、アンドレアらしき人物が本人である可能性が高いことを記し、助けてもらったことへの感謝を述べる。本題はそこからだ。

「エレオノーラとサローニ公爵がいかに巧妙な手口で皆を騙していたのかを強調して、それに対して王家はきちんと罰を下したことにしておこう。そして、アンドレアがどれだけマリーを心配していたかを書いて……私はそんなアンドレアの気持ちを尊重してシュヴァルツァー皇国に送り出したと……マリーには今までの詫びをこめて、本来手に入れるはずだった地位に今度こそつかせてやるとでも書けば……よしっ」


 後はアンドレアがうまくやってくれるはず。

 書き終えた手紙を封筒に入れ、ロウで封をする。鈴を鳴らせば外で警備していた騎士の一人が中に入ってきた。彼に直属の上司である第一騎士団団長を呼んでくるよう命令する。


 数十分後に第一騎士団団長はやってきた。

 今から極秘任務について話すと前置きすれば団長の顔に緊張感が走った。


 小声で聞こえる範囲まで近づいてもらい、まずはこれまでの経緯を簡単に説明する。声こそ出さなかったものの団長の表情は一気に険しくなった。アンドレアが裏で動いていることまでは気づいていたかもしれないが、まさかシュヴァルツァー皇国にいるとは思いもしなかったのだろう。しかも、命を落としかけていたとは……。


 国王は緊張感を増した団長に件の手紙を差し出した。

「任務は二つ。アンドレアらしき人物が本物かどうか確認してくることと、この手紙をシュヴァルツァー皇国のリヒャルト皇太子殿下に渡してくること。とはいえ、第一騎士団をまとめるそなたが直接行く必要はない。周りにバレる可能性が高くなるからな。そなたが信用できる者に行かせろ。人選はそなたに任せる」

「承知しました」


 手紙を受け取った第一騎士団団長は、たいした内容ではなかったかのような(てい)で執務室から出て行った。再び一人きりになった国王はほくそ笑む。

 ――――これですべてがうまくいくはずだ。

 そう信じて。



 ◇



 国王の期待とは裏腹に手紙を見たマリーとリヒャルトの反応は『怒』を通り越して『無』だった。その反応を目の前で見たアンドレアの呼吸は浅い。


 いっそのこと今自害した方がいい気がしてきた。それを実行しないのは、自分が自害したくらいで彼らの気が済むはずがないと理解しているから。無駄死にするよりは国のためにできることを模索した方が有意義だ。

「……ここまで救いようがなかったとは」

 今までだったら思っても絶対には口に出さなかっただろう。けれど、これ以上は無理だ。庇いようがない。


 手紙をここまで運んできた騎士も先程まではアンドレアの無事を喜んでいたのに、今にも倒れそうな顔色になっている。

 ――――今回はリヒャルト皇太子殿下が見るとわかっていたはずなのにこの内容……コレでは自殺志願者だと言われても否定できない。


 案の定、リヒャルトの口からは

「コレがガルディーニ王国の総意ということだな?」

 という言葉が出てきた。


 騎士は顔色を失くし、首を横に振ることも縦に振ることもできずに固まっている。

 物言わぬ石像になった騎士に代わってアンドレアが口を開く。

「ガルディーニ王国の王太子として発言しますが、それは違います。国王の独断に違いありません」

「そう言い切れる理由は?」

「僕がシュヴァルツァー皇国にきたのは『密命』だったからです。一度会ったことがあるので父の性格はなんとなくおわかりでしょう。あの父が今回の件を家臣たちに素直に告げるはずがありません。できるだけ大ごとにならないように動くはずです。返事の早さから考えても、焦った父が一人で考えたというのが妥当かと」


 アンドレアが騎士に視線を向ければ騎士も

「私も、私の上司もアンドレア王太子殿下がシュヴァルツァー皇国にいることは知りませんでした。今回の任務についても極秘だと聞いています」

 と頷いた。


 それを聞いたリヒャルトは「そうか」と呟き、視線をアンドレアに戻す。その視線はまだ鋭いまま。

「だが、マリーをおまえの妃として迎え入れるというクソみたいな計画は前々からあったんじゃないのか?」

「ありません! あ、いえ……父がそういう計画を立てていなかったとは断言できませんが、少なくとも僕は聞いていません。そもそも、僕が国を出た時にはまだエレオノーラが王太子妃でしたから」


 マリーを王太子妃にという想像を今まで一度もしたことがない――――と言えばうそになる。が、今ソレを正直に告げるわけにはいかない。せっかく助けてもらった命を散らしたくはない。


「本当だな?」

「はい」

 力強く頷いたアンドレア。リヒャルトとアンドレアが無言で見つめ合う。

「それで」

 そんなことはどうでもいいというようにマリーが口を挟んだ。その表情からはなにを考えているかまでは読めない。


「国王陛下の考えを知った上でもう一度聞くけど。アンドレア王太子殿下()どう考えているの?」


 例の件について聞かれているのだとすぐに気付いた。アンドレアは苦笑する。やはりマリーは優しい。一度言質を取ったのにもう一度確認を取ろうとしてくれている。いや、もしかしたらただアンドレアの反応を見ようとしているだけかもしれないが。


「以前話した通りです。僕が望むのは一つだけ」


 アンドレアの目をじっと見つめた後、マリーはリヒャルトに視線を向けた。マリーの意図を読み取ったリヒャルトが頷き返す。マリーは安心したように微笑を浮かべた。

「それじゃあ。つもる話もあるでしょうから後はお二人で。私たちはもう行くわね」

「お気遣いいただきありがとうございます」


 まだ療養が必要なアンドレアと所在なさげにしている騎士を残して、マリーはリヒャルトとともに部屋を出た。そして、二人でとある場所へと向かう。


「二人とも本当になにもしらないように感じたけど……リヒャルトは?」

「ああ。俺もそう感じた。教えてやらなくてよかったのか?」

「うん。知ったところで……でしょうし、万が一報告されでもしたら面倒でしょう?」

「確かにな」


 アンドレアの性格上、知っても喜びは絶対にしないだろう。騎士は上に報告する可能性が高いが、そうなった場合、彼女たちは都合のいい駒として扱われるはず。それはこちらとしても面白くないのだ。



 皇城の地下。そこに彼女たちは収監されている。地下の扉を抜けた先にある二つの扉。リヒャルトが合図を出せば、警備に立っている騎士が片方の扉を開けた。中は想像していたよりも奇麗だ。看守らしき人物がリヒャルトとマリーを見て頭を下げた。話はすでに通っているのだろう。誰に用があるのかを尋ねられることもなく目的の人物がいる牢へと通された。私はただリヒャルトの後をついて歩く。


 牢に閉じ込められていたのは一組の男女。女の方がリヒャルトを見て目を輝かせ、けれど後ろにマリーがいることに気づいて顔をしかめた。


「なぜおまえが」

 親の仇に向けるような声。初めて聞く声色だ。淑女の鑑と呼ばれていた気品はもう欠片もない。


「エレオノーラ様。お久しぶりですね」

「罪人に敬称をつける必要はないぞ」

 リヒャルトの指摘にエレオノーラと、エレオノーラを庇うように立っているマルクスが顔をしかめる。そんな二人をじっと見つめた。


 エレオノーラが偽の聖女だということはそのうちバレるだろうと思っていた。その後、転落人生を送るハメになるだろうとも。ただ、二人がこんな行動をとるとは予想していなかった。

 エレオノーラたちもまさかこんなに簡単に捕まるとは思っていなかったようだが……。身分を隠さずに検問を抜けたアンドレアとは違い、偽りの身分で検問を抜けようとした二人はその場で取り押さえられた。あらぬ疑いをかけられたエレオノーラはその場で自分の身分を明かしたらしい。その結果こうしてとらえられることになったのだ。


「わ、私たちをどうするつもり?」

 気丈にふるまっているつもりなのだろうが、体も声も震えている。


「それはエレオノーラ様の返答次第です」

「ど、どういう意味?」


 これからガルディーニ王国に対して行う予定の作戦をかいつまんで教える。エレオノーラはどうして自分たちにそんなことを話すのかと怪訝な顔をしているが……私は彼女たちがどんな反応をするのか見たかっただけだ。それを知ったエレオノーラたちがなにをしようと最終的な結果は変わらないのだから。変わるのはその過程だけ。


 けれど、なにを勘違いしたのかエレオノーラはハッと鼻で笑った。

「脅しても無駄よ。今の私に愛国心なんてないんだから」


 偽聖女だとバレてからよっぽどひどい目にあったのだろう。エレオノーラはなにかを思い出したように忌々しげな表情を浮かべている。なんとなく想像できた。その扱いをそれまでは私がされてきたのだから。そんな私の心の声が聞こえたのか、エレオノーラが私に視線を向ける。

「あんたの好きにしたらいいわ。本物の聖女として威張り散らそうが、あんたを虐げていた者たちに報復しようが、私にはもう関係ないから。あんな国、全部あんたにあげる」

「そう。それがあなたの答え……」


 敬称を取り払えばエレオノーラの片眉がピクリと動いた。マルクスが睨みつけてくるが、私の隣にいるリヒャルトに睨み返され視線を逸らす。

 私が聞きたかったことは全て確認できた。


「もう十分。リヒャルト、後は任せていい?」

「ああ」

「ちょ、ちょっとどこに行くのよ! 私たちを解放してくれるんじゃないの?! 本当に私たちはもうガルディーニ王国とはなんの関係もないのよ。ただ、他国に行くのにここを経由しないといけなかっただけで、なにかをたくらんでいたわけじゃないの。本当よ! あ、謝ればいいの?! それでここから出してくれるのならいくらでも謝るわ! だからここから出してちょうだいよ。ねえ!」


 必死に声を上げるエレオノーラ。足を止め振り向くと、エレオノーラはビクリと体を揺らした。別に睨みつけたわけでもないのだが。


「謝罪はいらないわ」

「ほ、報復のつもりなの? でもアレは結局失敗したし私なんかより」

「だから謝罪は必要ないって……そもそも私にはあなたたちを裁く権限がないんだから」

「は?」

 エレオノーラが目を見開き固まる。


 隣にいたリヒャルトが残酷な笑みを浮かべ、エレオノーラを見据えた。

「その権限を持っているのは俺だ。おまえの意見はよーく聞かせてもらった。どうするかは……ゆっくり考えさせてもらうことにする」


 死刑宣告をされたような顔で放心状態になるエレオノーラ。マルクスはなにか言おうと口を開いたが、リヒャルトから殺気を向けられ慌てて口を閉じた。

「刑を軽くしてもらいたいのだったら大人しくしておくことだな」

 それだけを言ってリヒャルトは地下牢がある部屋から出て行く。私もその後に続いた。



 暗いところから明るいところに出たせいで眩しい。目を細める。リヒャルトが振り向いた。

「本心ではあいつらをどうしたいと思っている?」

「え?」

 リヒャルトの顔が逆光のせいでよく見えない。

「あいつらにも言ったとおり決定権は俺にある。父上がおまえを口説く材料にしろとくれたからな。だから、正直にいえ。おまえののぞみどおりにしてやる」

「別に私は……っていうかちょっと待って?! く、口説くってどういうこと? リヒャルトの派閥に取り込むとかそういう」

「違う。ある意味似たようなものだが……本当に気づいていなかったのか?」

「な、なにを……」

「俺がおまえに惚れていることを。わかりやすく口説いてきたつもりだったんだが……」

「う、うそ」

「うそじゃない。気づいていないのはおまえだけだぞ。カールも、両親も、弟妹たちも、少なくともこの城にいる者たちは皆知っている」

「うえええええええええっ?!」


 奇声を上げてしまった。慌てて口を押さえる。

 呆れたような視線をリヒャルトから感じる。


「本来の俺ならテキトーに戦争をふっかけてガルディーニ王国などさっさと滅ぼしていたぞ。あんな国に作戦を立てるだけ時間の無駄だからな。そうしないのはおまえに遺恨を残したくないからだ。ガルディーニ王国の件が片付いた後は俺のことに集中してほしいから」

「え、う、え」

「理解しているか怪しいからはっきりと言っておくが、コレは告白で、求婚でもあるからな。俺はマリーを愛している。結婚してほしい。できればすぐにでも婚約したいと思っている」

「ぬぁあああああ」

「理解したか?」

「わ、わかっ……あ、いや、で、でも返事はちょっとまってほしいです!」

「わかった。だが……」


 不意にリヒャルトの手が頬に伸びてくる。思わず目を閉じた。が、いつまでたってもなにも頬に触れた感覚はない。目を開けると苦笑したリヒャルトと目があった。


「返事はできるだけ早く頼む。こんな顔のおまえに手を出さずにいるのはかなりつらい」

「ひゃ、ひゃい」


 顔が、全身が熱い。絶対、顔が赤くなっている。そんな私を愛おしそうに見つめるリヒャルト。その表情と色気にやられる。力を抜いたら足から崩れ落ちそうだ。それくらいの破壊力だった。


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