人が消える部屋
Jさんは気が重いのだろうが、嫌そうに自分の体験した怪現象を語ってくれた。決して楽しい経験ではないのだが、私が謝礼を渡すといったら渋々ながら話してくれた。なんでもその体験で職場をクビになり、金に困っているので手段は選べないということだ。
「アレはなんだったのでしょうかねえ……ロクなものでないことだけは確かなんですがね」
なんでもJさんの職場には開かずの部屋があるらしい。何があったかは当時の人が退職してしまい分からないのだが、開けてはならないというだけのことがずっと伝わっているらしい。
「その部屋はなんでも社長に関係があるんだそうですが、真相を知っているのが社長一人でその社長も決して話そうとはしないんですよ。噂ではなんだか後ろ暗い事情で生まれた部屋だそうなんです」
ワンマン企業みたいですね。社長が何をしたのか分かる人はもう居ないんですか?
「ええ、残念ですが誰一人居ないんですよ。ただ、社長のプライベートにはあまり良い噂を聞きませんね。なんでも女性に金をちらつかせて関係を持ったり、バブル時代に地上げ屋に頼ったとか、どこまで本当か分からない噂まで立っています」
どうやら社長とやらは随分好き放題しているらしい。Jさんの勤めている会社は非上場なので不祥事が多少起きようと株主から怒られるような心配は無いそうだ。
「それで、最近その部屋を開けよとする新人が入ってきたんです。新人がそんなことをしようとした理由は『もう辞めるから気になることをしておく』だそうです。ウチってものすごく離職率が高いですからね、立つ鳥跡を濁さずなんて言葉がありますけど、彼にとってはどちらかと言えば旅の恥はかきすてなのでしょう。どちらの方針を掲げようが私は否定出来ませんがね」
辞めてしまうから好きに出来る。それでいいのだろうかと思うが、開けてはいけないというのが口伝でしか伝わっていないので知らなかったと言い張ることは出来る。どうせ辞めてしまうのだから少しくらいやらかしても問題無いだろうということか。
それで、新人さんはなにを見て辞めたんですか?
私がそう聞くと彼は非常に思い表情で答えた。
「分からないんです、何も言わずに辞めたと言えれば何の問題もないんですがね、その社員、辞職した日に帰り際、あの部屋を覗いていくと言っていました。止めるべきだったのだと思います、今さら言っても仕方ないのですがね」
新人さんは一体何を見たんですか?
「それが分からないんですよ。分かってしまえば安心出来るんですけどね……その新人は消えちゃったんです。退職したのだからその先の話は分からないんですが、問題はその社員を見送った人がいないんですよ。誰も会社から出て行く様子を確認していないんです。つまりソイツが未だに社内にいるかもしれないってことです。もちろん射るとしたらあの部屋なのでしょう。ただ、そんな話を聞いた上でその部屋に入りたくはないじゃないですか。だから結局全ては闇の中なんですよね」
そして、新人に何があったかは不明だが、天涯孤独の社員だったので仕事を飛んだと言うことになっている。真相を確かめるつもりは無いそうだ。