少女が呼ぶ
多田さんには昔、自分にしか見えない友達が居たという。
「いやあ……よくあんな子と遊んでましたよ。当時は分かってませんでしたが今にして思うと気もが冷えます」
そう言って思い出話を語ってくれた。
当時、まだ地元の川に堰ができていなかった頃の話です。あの頃はゲーム機なんてなかったですし、川の水が汚いだのといったことを気にしている人は居ませんでした。だから私も川で魚を捕ったりしていたんです。あの時代はアレで面白いと思っていたんです。そんな時にあの子に会ったんですよ。
「君はこの辺の子?」
少女は今まで近くに居なかったはずなのに、川遊びをしている私の近くに突然現れて話しかけてきたんです。間違いなくさっきまで近くに誰も居ませんでした。近寄るには絶対に気配を断つことが出来るような場所ではありません。川原を歩けば石の擦れる音がしますし、水に入れば絶対に水音がするはずなんです。なのにその子は突然私の視界の外に現れて話しかけてきたんです。
その……今さらなので言いますけど、結構可愛い子でしたね。おかっぱ……今はボブカットって言うんでしたか、艶のある黒髪と、半袖半ズボンで体の線が見えていました。
誓って言いますが知り合いではないですよ。可愛い子だなとは思いましたが、口には出しませんでした。そういう年って奴ですね。
それから時々川原で遊んでいるとその少女に出会うようになったんです。彼女は名乗ってはくれませんでした、本人が言うには『名前が古くさくて恥ずかしい』だそうです。当時はそういう名前を親がつけたのかなと思っていました。
決定的だったのは夏場にあった出来事です。当時は夏にインフルエンザにかかる人がいるなんてほとんど知られていませんでしたから、それにかかった私は随分と珍しがられたものです、まあ当の本人はうなされてそれどころではなかったわけで、ぼんやりと意識が揺蕩っていました。
そうして……多分意識がハッキリしていなかったからだと思うんですが、あの少女の声がしたような気がしたんです。あの川でしか会ったことのない女の子の声です。
その声のする方に無意識のうちに歩いていたそうです。雨の中川の方に歩いて行く私を見つけて祖父が止めたそうです。当時の祖父はまだ私よりずっと力があったはずなのですが、それでも私の力はかなり強かったそうです。よく悪ふざけをしてげんこつを食らっていた祖父相手に刃向かうとは思えないんですが……とにかく力強く歩いて行こうとする私を必死に止めて家に連れ帰って寝かせたそうです。私には記憶が無いんですがね。
起きてから聞いたのですが、その日は大雨で川が増水していたそうです。今のようにしっかり工事の行き届いた川ではないので濁流と言うほかない流れだったそうです。それ以来、私は川遊びを禁止されて彼女と会うことも無くなりました。そして真相は全て闇の中です。
ただ、祖母が亡くなり、それを追うように祖父も亡くなったのですが、その頃には私は一人暮らしをしていました。その時祖父の遺言で『私を葬儀に呼ぶな』と強く父に言ったそうです。ですから私は祖父の死を知ったのは随分と後でした。結局、今でも帰省はできるだけしないように親から言われています。
これはただの憶測なんですけど……祖父はあの女の子について何か知っていたような気がするんです。根拠と謂えば名前が古くさいと言っていたことくらいなんですけどね。ただ、時折あの少女に会いたくなるときがあるんです。信じて貰えないかもしれませんが、そう考えた日の夢には必ず祖父が出てきて私に一発げんこつを食らわせてうっすら消えていくんです。
確かに実家の墓参りもしないというのは薄情なのかもしれませんが……夢の中でよく会うのでいいかなと思っています。
そうして話を終えた。今でも少女のことを思い出した日には彼の夢には祖母が出てきて泣くか、祖父が出てきてげんこつを食らわせるかのどちらかが必ず起きているそうだ。