いじめと卒業アルバム
畑野さんは小学生の頃、いじめられていた子を助けたことがある。それから起きた事件がなんとも不気味だったらしい。
「安っぽい正義感でも役に立たないわけじゃないんですねえ……」
いきなりそんな話を始めた畑野さんは小学生の頃の思い出を語ってもらった。
「いやあ、あの頃は割といじめが社会問題になる前でさあ、一々教師も助けたりしてくれなかったんだよ。今じゃ問題になるんだけどね、そういう時代があったのはあんたも分かるだろう?」
私は頷いて続きを促した。
「あまり楽しい話じゃないんだがな……そうだな、名前を出したくないからSとしておこうか。とにかくソイツがクラスでいじめられていたんだ。教師は当然見て見ぬ振りだったよ。それで、俺はSの隣の席になったんだ。別にいやな奴ってわけでもないし、教科書を見せるくらいのことはしてやったのさ。え? ソイツの教科書か? いじめられてるやつの教科書なんてまともに読めなかったんだろう、頑なに教科書を出さなかったよ」
それはなんとも……
「いやいや、そんなことは話に効くくらいよくある話だったんだ。アイツがいじめられていたこと自体は珍しくないんだよ。大体ガキに詰め込み教育なんてやってストレスが溜まんないわけないだろ? そのはけ口だったんだよ。俺がやったのはせいぜい教科書を見せるのと体育で孤立しているときに組もうと誘ってくる奴がいなけりゃ組んでたくらいだよ。大したことはしてないな。ただ、アイツにとっては随分大したことだったらしい」
もうなかなかの事になっているような気がしますが?
「ははは、この程度どうってこたないさ。俺らの世代なんて当たり前の話だったよ。どの学年にも最低一人くらいはいたもんだ。ただSのやつが他と違ったのは学校を意地でも休まなかったことくらいだな。なんで毎日来てるのか分かんなかったなあ……いじめで転校とかが当たり前だった時代だぜ? 俺だったら間違いなく逃げてるね」
一応怖い話だと聞いたのですが……人が怖い話ですか?
「人が……か。そうだな、ある意味ではそうだ。アレは卒業アルバムが配られた日だったな。アイツはずっと登校を続けたんだ。ロクな思い出も無いだろうに、何故かアイツはうれしそうに卒業アルバムを受け取っていたよ……その翌日からだな、Sはついに残り少ない小学生の日々を休むようになったんだ。何でここまで登校してたのに最後の最後で休むのか分かんなかったよ。ただ、それからクラスの奴に怪我が増えたんだ。時代が時代だから怪我をすること自体は珍しくないんだ。なんて名前だったかな……あの回るジャングルジムみたいなものだって平気で遊具にされてたんだよ。だから怪我をする奴は珍しくないんだがなあ……俺の居たクラスに集中してたんだ」
それは偶然ですか?
「うーん、分からん。一つ一つは確かに偶然だと言えるんだがな、クラスの連中が次々に怪我をするのは分からんよ。偶然にしては集中しすぎなんだ。でさ、Sのいじめの中心になってた奴がついに死んだんだ。事故だったよ、階段で転んだそうだ、家の中のな。つまり家の中という安全地帯で何故か転んで打ち所が悪かったわけだが……偶然かなあ? 最後まで怪我をしなかったのは俺だけだったよ」
まさか、そのSという人が何かを……
「さあな、中学に上がって話を聞かなかったからアイツのことをそれとなく知っている奴に聞いたら引っ越したと聞いたそうだ。そうは言っても怪しいもんだよ、引っ越しだぜ? そんな人に知られないようにコソコソ逃げられるか? 気付くくらいはありそうなことだろ? だから俺はアイツは生きてないんじゃないかと思ってる。真相は全て闇の中だがな……ただ卒業アルバムをもらってうれしそうだった理由がなんとなく分かるんだよ。あの時代は卒業アルバムに住所までしっかり載っていて写真も全員分あるんだ……なあ、それだけの素材があれば誰かを呪えるとは思わないか? まあ全部俺が勝手に勘ぐっただけだと思いたいよ」
そう言って彼は手にした焼酎を一気に飲み干した。その様子は何かを忘れたいようだった。




