何も起きない事故物件
鳴子さんは以前事故物件に住んでいたそうだ。とりたてて怖かったわけではないが、謝礼が欲しいということで話をしたいと言われ、話を伺うことになった。
「いやー、大した話はないんすけどね、前に住んでたのが事故物件だったんですよ。そういえば妙に安いなーとか告知事項? だったかな? そういうものがあるとか聞いたんですがまるきり聞いていなかったんですよねー」
ものすごく軽い感じで彼女は言う。これでどうやって怖い話になるというのだろう、一応怪談をうかがうつもりでこうして話しているのだが……
「住んでる間も大したことはなかったんすよねー、怖いことはなかったんすけど、たまに夢の中で子供を見たことがありましたね、別に怖いってわけじゃないんですがね」
すこしだけ怪談の雰囲気を感じたのでそれを聞いた。
「大した話じゃないっすよ? 夢の中なんすけど、そのアパートのベランダにいるんですよ、そこにニコニコした赤ちゃんがいてそれを見ているとなんとなくなんすけどその赤ちゃんをベランダから投げ落としちゃう夢なんすよね。なんで投げ落とすのかとか、その赤ちゃんが誰なのかとかはさっぱり分かんないんすけどね」
なるほど、その赤子を投げ落とす夢を見るのに法則などはありましたか?
「いやー、無いっすね。あれじゃないっすかね、ストレスがたまっているときになんとなくものを壊したくなる事ってあるじゃないっすか? 多分その日イライラしてたんじゃないすかね? あんまりそういうの気にしたことが無いので知らないっすけど」
乱暴な話だとは思うが、それは怪談では無いのだろうか?
「困ることと言えばその夢を見た翌日にはトイレが詰まることくらいっすかね、まあ結構古いアパートなのでそういうこともあるでしょうし、水洗なだけマシッすよ。詰まるって言ってもラバーカップで数回押せば流れてくれますしね」
あっさり解決してしまう。何か謂れのようなものは無いのだろうか?
「告知事項の内容ッすか? 忘れちゃいましたね、ほら、家賃が安かったので細かいことはいいっすって言っちゃいまして、よく聞かなかったんですよね。ただまあ今にして思えばなんだか近所の付き合いが悪かったっすね。引っ越しの挨拶も全員受け取ってくれなかったっすし、町内会にも入らなかったんすよ。ゴミ置き場の清掃とかもあったはずなんすけど、町内会の人がやってるのに私がゴミを出して文句を言われたことも無かったっすね」
腫れ物扱いなのだろうか? なんだか聞けば聞くほど事故物件として何かあったとしか思えないのだが……
「特に困ったことは無かったんすけどね、出て行くときに少し揉めまして、『何かご不便がありますか?』って不動産業者に聞かれたんすよ。正直に『何も無いです』って言ったら更新料を要求されたんすよね。結構高かったのでそれが原因でそのアパートから出てったんすよ。とくに何も無かったんすけど、その後何度かアパートの前を通りがかったんすけど、前に住んでた部屋にカーテンが付いてたことはなかったすね。アレなら別に住ませてくれたっていいと思ったんすけどね。特に怖くはないっすよね?」
私は『そうですね』と答えて謝礼を渡して別れた。彼女は謝礼をうれしそうに受け取って風のように去って行った。
それから私は図書館に向かい、彼女が住んでいたという物件の情報を集めたところ、そこそこ昔になるが、とある女性が意図せず妊娠してしまい、産んだ子供を死なせてしまったという事件に行き当たった。詳細は伏せられていたが、おそらく彼女の話と無関係ではないのだろうと睨んでいる。