その土地にあったもの
小倉さんには腕に傷がある。その傷を負った経緯が納得のいかないものだったそうだ。
「この傷はね、化け物に付けられたんですよ」
そう言う彼の顔はいくらかの恐怖を感じられた。
当時はなかなか派手な生活をしていてね、まあ綺麗な仕事とは言い難いね。その事は言い訳しないよ。でもね、きちんと法律の範囲でやっていたし、きちんと法律で認められた会社で働いていたんだ。
彼は業種をハッキリとは言わなかったが、その頃はお金に困ることがなかったと自慢気に語る。合法的な仕事と言っても法律の穴を突いたものなどもあるのでいいことなのかは不明だが、とにかく一応は違法ではないそうだ。
それでもやはり阿漕な仕事だったからね、客を泣かせるのは日常だったよ。客も客でそうなるのは少し考えれば分かることなのにウチに来て、その結果に文句を付けるんだ、そういう客層を相手にしているとどうしても心が荒んでね、毎日酒を飲むことになったんだ。
とはいえ、正常な判断ができないと行けない仕事だったからね、酩酊したまま業務を始めることは無かったよ。きちんと早めにその日の晩酌をして、早く寝る。起きたら水をたくさん飲んで少し走る。これだけのことだけどなんとか生活はできていたよ。
そんな小倉さんの生活が変わったのはある客を相手にしたときらしい。
「その客はいかにも金がなさそうだったよ。普段なら門前払いにするんだけどね、受付担当が通したので仕方なく相手をしたのさ」
そのお客さんはあまりお金を持っていない様子だったが、金が必要になったので彼のところに来たそうだ。
なんでこんな客を通したんだと受付に文句を言いたいのを抑えてその客の相手をしたのさ。そうしたら何故この人がここまで通って来れたのか分かったよ。結構な立地の土地を持っていたんだ。当然だけど僕らとしてはその土地を巻き上げるのを前提にしていたんだ。だからその土地に見合わない金額を用立ててやったよ。もちろんその土地にしてはとんでもなく安い金額だったけどね。
それでさ、その客はあっという間に僕らからお金を受け取ってそれから二度と来なかったのさ。普通はぼったくりだの、土地を取り上げないでくれと泣きついてくるのがよくあるからね。そういったトラブルも警戒していたのだけど、トントン拍子にその土地の名義さえも何の支障もなく書き換えられたよ。おかしいだろ? どう考えてもまともな見積もりをしたわけじゃないんだ、まともな不動産業者に売ってしまえば倍は貰える金額しか渡してないんだよ? そんなにあっさり手放すなんて不思議だったね。
結局、その土地を僕の勤めている会社が手に入れたので確認をしてこいと言われたのさ。もしかしたらその土地がまともに使えないものかもしれないからね。
出張費用もきちんと経費で落ちることだし、僕はさっさと確認してこようと思ったんだ。新幹線に乗ってその土地に向かったんだよ。そうしたら驚いたね、土地は確かにあったんだけどさ、その土地が石で敷き詰められているのさ。
え? それがおかしいのかって? そうだね、石畳だったら気にもしなかっただろうね、そこに敷き詰められていたのは墓石だったのさ。不気味だったよ、ただしそこは墓地じゃないんだ。つまりあの客か、この土地に不法投棄したヤツか、誰かが墓石を大量に置いたんだろうね。
でもさ、不法投棄だとは思えなかったよ。敷き詰められていたからね。不法投棄なら適当にその辺にほっぽり出してこんな規則的に並べたりはしないからね。
とはいえ土地は土地だからね、値上がりし続けていたし、不気味だからなんて理由でそれを売らない理由にはならないんだ。
その土地の写真を撮って報告をまとめ、会社に帰ったんだ。そうして上司にその土地の様子を一通り説明したら『そうか』とだけ言って報告書を受け取って渋い顔をしたのさ。問題はその後でね、上司は僕に『会社都合にしてやるから退職しろ』と言ってきたんだ。しかも結構な金額の退職金の上積みもあったよ。当時は人不足だったのにね、何かミスをしたわけでもないのにクビにされるだなんて思わなかったよ。
でも求人には困らない時代だったし、解雇と言っても会社都合だったからね、次は普通に見つかると思っていたのさ。でもね、退職するときに上司から一枚の紙を渡されたんだ。転職する前にここに行っておけと言われてね。しばらく遊べる金額をもらったから試しに行ってみたんだよ。そうしたらそこは立派な神社でね、鳥居をくぐるとすぐに職員がやって来て僕を引っ張って言ったんだ。
なすがままにされて、神主らしき人の前に連れて行かれてお祓いを受けたのさ。その時に何故か妙に腕が痛んで腫れ上がったんだ。その時に付いた傷跡がこれってわけだよ。
「結局、あの土地がなんだったのかは分からないけどね、こういうものには次から関わらないようにしようと心に決めて転職したのさ。今度は機械工になったよ、少なくとも機械の幽霊なんてものは効いたことがないからね」
そう言って小倉さんは笑った。その傷跡もただ残っただけで痛みのようなものは一切無いそうだ。ただし、機械工になっても時々新規の工場を建てるときに地鎮祭をするという話を聞くと背中に冷たいものが流れるそうだ。